169.ようこそ、クリスディアへ
「皆さん、お疲れでしょうし、まずは中へお通ししましょう」
リズが私に向かって言うと、それより早くミランダさんが反応した。
「ああ、そうだったわね。ルークくんも寝てるし、先にお部屋に運んであげたほうがいいわ」
ミランダさんはふと振り返り、ルークくんを抱えたオリバーさんを手で促した。オリバーさんは遠慮がちに、それに従った。
そのとき、マイカちゃんがマリーの手を握ったまま尋ねた。
「ねぇ、お母さん。こんな立派なお屋敷に、マイカたちが入ってもいいの?」
その瞳はきらきらと輝いていて、先ほど厨房に入ってきた子どもたちの様子を彷彿とさせた。
「え、ええと……」
どう答えればいいか、と私に視線を向けるマリー。
私は二人に笑いかけて、答えた。
「もちろんよ。今ちょうど夕食の準備をしているところだから、一緒に食べましょ? あ、それから……」
私は屋敷の横にある建物を指さした。
「あのお家で夕飯を食べるの?」
「いいえ。今日の夕飯は、この屋敷の食堂で食べるわ。あのお家はね、マイカちゃんたち家族が住むお家よ」
「「えっ!」」
マイカちゃんとマリーが同時に声を上げる。
私は微笑みながら、さらに説明を続けた。
「中にはもう家具も揃えてあるから、今日から住めるわ。それでも足りないものがあったら、明日一緒に街へ買いに行きましょ。ついでに、街も案内するから」
マイカちゃんは目を丸くして建物を見つめたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「ほんとに? マイカたち、あんなステキなお家に住むの!?」
「ええ、そうよ」
そう答えると、マリーは何度か瞬きをして、そっと目を伏せた。
「ありがとう。でも、こんなにしてもらっていいのかしら……」
「何を言ってるの! 私たちがお願いして、オリバーさんたちにクリスディアへ来てもらったんだから。困ったことや不安なことがあったら、遠慮なく言ってね」
「……うん。ありがとう」
そんなやり取りをして、マリーと笑い合った。
「あなたたち、何してるの? 早く行きましょう。私、お腹が空いたわ」
ミランダさんが声をかけてきた。それにいち早く反応したのは、マイカちゃんだ。
「はーい、今行きます!」
笑顔で返事をし、マリーとつないでいた手とは反対の手で、私の手をぎゅっと握った。
「お母さん、ティアナお姉ちゃん、行こっ! マイカもお腹空いちゃった!」
マイカちゃんは嬉しそうに笑いながら、私たちの手を引いて屋敷の中へ駆け出した。
◆
屋敷の食堂は、やわらかな灯りに包まれていた。
長いテーブルには、ミーナとアンナが腕によりをかけて作った料理がずらりと並んでいる。
すっかり定番となったふわふわの白パンに、エビの濃厚なビスクスープ、色とりどりの野菜のグリル、フライドポテト、数種類のピザ、そしてローストポークならぬロースト……オーク? まで用意されていた。
「うわぁ……! すっごいおいしそうっ!」
マイカちゃんが思わず声を上げる。マリーも驚いたように目を見開いていた。
「こんなにすごい食事……お肉もあるし、きっと私たちじゃなくて、ミランダ様用のものよね?」
戸惑いながら私を見るマリー。
その言葉に、マイカちゃんは明らかにがっかりした顔を見せた。
「そんなわけないわよ。ティアナたちは、私が来ることなんて知らなかったんだから。これはあなたたち家族のための食事よ。……まあ、私もいただきますけど」
そう言いながら、アイリスさんが引いた椅子にいち早く腰かけた。
「……じゃあ、ほんとに、マイカたちのために?」
マイカちゃんが信じられないという顔で私を見上げる。その目は期待に輝いていた。
「ほんとよ。ようこそ、クリスディアへ。マイカちゃんたちが来るの、ずっと楽しみにしてたんだよ」
私はにっこり笑いかけた。
マイカちゃんは何度か瞬きをしてから、ふわっと笑った。
「うんっ! マイカもクリスディアに来るの、楽しみだったよ!」
そう言うと、椅子に飛びつくように座り、スープの香りをうれしそうに吸い込んだ。
「本当においしそう! お母さん、お父さん、早く食べよっ!」
オリバーさんはリズに促され、ルークくんをソファに寝かせようとしたが、そのときルークくんが目を覚ました。
ぱちりと目を開け、ぼんやりと天井を見つめるルークくん。
しばらくして、自分が見知らぬ場所にいることに気づいたのか、きょろきょろと周囲を見渡した。
「おはよう、ルークくん」
「あ……ティアナお姉ちゃんっ!」
私が声をかけると、一瞬きょとんとしたあと、ぱっと笑顔になった。
「今からごはんなんだけど……食べられそうかな?」
ルークくんはこくりと頷いた。
「おいしいにおいが……する」
その言葉に、みんなの顔が自然とほころんだ。
オリバーさんがルークくんを抱き直し、テーブルへと座らせた。
「わぁ……! おいしそう!」
そんなルークくんの反応に、私はほっと息を吐いた。
全員がテーブルを囲ったのを確認し、私は軽く手を合わせた。
「それじゃあ、みんなで……いただきます!」




