168.再会と再会
海の向こうに太陽が沈みかけ、辺りを赤く染める頃、一台の大きな馬車が屋敷の前に止まった。
馬車到着の知らせを受けた私は、早足で駆け寄る。ちょうどその時、馬車から一人の人物が降りてきた。
「マイカちゃーんっ!」
「あっ! ティアナお姉ちゃん!」
マイカちゃんと手を取り合い、再会の喜びを分かち合う。すると、馬車の窓から別の顔が覗いた。
「マリー!」
「ティアナ! 待たせたわね。とうとう来たわよ、クリスディア! ……って、すごいお屋敷ね。前にオリバーがお世話になってた家より、ずっと大きいわ」
マリーは馬車から降り立つと、ヴィリスアーズ邸を見上げて感嘆の声を漏らした。
「──長旅、お疲れ様でした」
「リズさん!」
屋敷の中から現れたリズと、マリー、マイカちゃんは再会を喜ぶ。その時、馬車の中から声が響いた。
「おーい、ちょっと手伝ってくれ」
「あっ、ごめんね、オリバー!」
マリーが馬車の中に戻り、代わりにオリバーさんが姿を現す。
「オリバーさ──っと」
私は名前を呼びかけたが、口元を押さえて言葉を飲み込んだ。
なぜなら、彼の腕には眠っているルークくんの姿があったから。オリバーさんの後ろから再びマリーが顔を出し、小さな可愛らしい靴──おそらくルークくんのもの──を手にしていた。
「……寝ちゃったのね」
私はくすりと笑いながら、オリバーさんに抱かれたルークくんを覗き込む。ルークくんはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「……かわいい。とりあえず、中へ入りましょ。ルークくんを運ばないと」
そう言って皆を中へ促そうとした時、リズが馬車をじっと見つめてつぶやいた。
「……この馬車って」
「?」
何か気になるの? と尋ねようとしたその時、馬車の中からまた声が響いた。
「ジルティアーナの専属料理人を連れてきてあげたのよ。感謝しなさい、エリザベス」
そう言って顔を出したのは、まさかの人物だった。
「──ミランダさん!?」
私は思わず名前を叫ぶ。対するリズは、落ち着いた声で答えた。
「やはり、ミランダ様の──フェラール商会の馬車でしたか」
「えっ!? リズ、気づいてたの?」
「だって、馬車にフェラール商会の紋がついてますし」
そんな会話を交わしていると、中から見覚えのあるオレンジ色の髪の女性──アイリスさんに手を引かれ、ミランダさんが馬車から降りてきた。
「お久しぶりね、エリザベス……そして、“ティアナ”さん?」
リズに微笑みかけたあと、私に視線を移すと、意味ありげに目を細めて笑った。
どうして“ティアナ”の名を──!?
驚いていると、まるで心を読まれたように、彼女は答えた。
「ギルベルトからあなたの面白い話をいろいろ聞いてね。そろそろ会いに行こうかと思っていたのよ。そんな時、このご家族と偶然知り合って……そしたらびっくり。『ジルティアーナの専属料理人になったから、クリスディアに行きたい』って言うんだもの」
ミランダさんはころころと楽しげに笑った。
「さらに話を聞いたら、勧誘したのがジルティアーナの専属侍女であるエリザベスとティアナだと言うから。……ああ、なるほど、ってね」
それだけの情報で全てを把握した様子──おそろしいっ!
そんなことを考えていると、マリーに袖をつんつんと引っ張られた。
「なに?」
「ねぇ、ミランダさんとあなたたちって、どういう関係なの?」
──え? ミランダさんから聞いてないの?
「ミランダさんからは『ジルティアーナ様とその侍女たちは、商会の顧客』ってだけ聞いてて……でも、ただの取引相手ってわけじゃないんでしょ?」
「……う、うん」
どうしよう、なんて説明すればいいの? 正直に話すべき?
と、迷っていると、リズがあっさり言った。
「ミランダ様は、ジルティアーナ様のお義姉様です」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは……私。
マリーも驚いていたが、「なんでティアナが驚くのよ」と突っ込まれてしまった。
マリーは気を取り直して続ける。
「まさか……ミランダさん、いえ、ミランダ様がジルティアーナ様のお姉様だったなんて。そんなこととは知らず、ミランダ“さん”なんて呼んでしまって……大変失礼いたしました」
マリーは深々と頭を下げる。
ミランダさんはそんなマリーに手を差し出し、にっこりと笑って言った。
「構わないわ。私はジルティアーナの姉と言っても、親同士が再婚しただけで、血のつながりはないし、嫁いだから今は上級貴族でもないのよ」
「ですが……! 義理とはいえ、ジルティアーナ様のお姉様ということは、ミランダ様も……お貴族様なのですよね?」
ミランダさんは苦笑して、やや肩をすくめながら答えた。
「まあ、形式上は中級貴族だけど……フェラール家は商会ですからね。貴族の肩書きなんて、今さら気にするようなものでもないわ。 それに貴女はティアナの友達なんでしょ? ティアナは私の妹のようなものなの。だったら、私にとっても貴女はお友達のようなものだわ」
いや、“妹のようなもの”って……本当に妹なんですが?
「そんな、お友達なんて……っ」と、恐縮するマリー。それを笑顔で見守るミランダさん。そんなミランダさんをジト目で見る私。
ぽんっと肩を叩かれ振り返ると、無言で首を振るリズがいた。
……うん。ミランダさんには逆らわない方がいいですよね。




