164.土鍋ご飯を炊こう
みんなで厨房へ移動した。
それだけで、子どもたちは大興奮だ。
「わぁ、すごい! ダンおじさんの厨房よりも広いね!?」
「これが、噂の……! オーブンってやつか!?」
「お皿が、こんなにたくさん……!」
ルトくん、ネロくん、ミアちゃんが次々に声を上げる。
その様子に、ミアちゃんのお母さんはあわてて「こら、あなたたち……っ!」とたしなめた。
すると、エレーネさんが「ぱんっ」と手を叩き、子どもたちの視線を一瞬で引き寄せた。
「ここは料理をする場所だからねっ。火も使うし、包丁とか危ないものもあるから、勝手に触らないようにね?」
「はいっ!」
三人が元気よく返事をすると、エレーネさんはにこりと笑った。
その右手には、茶色の液体が入ったガラスポットがある。
「ここに、ティアナ様が作ってくれた甘くて美味しいアイスペシェルティーがあります。飲みたい人〜?」
「はいっ!」
「じゃあ、そこに座ってください」
「はいっ!」
……すごい、エレーネさんっ!
子どもたちはもう「はいっ!」しか言えず、素直に言うことを聞いている。まるで優秀な小学校の先生みたい……っ。
思わず感動して見つめていると、エレーネさんは「まかせて」とでも言うように、にこっと笑ってみせた。
よしっ。私も負けてられない!
お米とおにぎりの説明、がんばるぞ!
私はマジックバッグから必要なものを取り出した。
お米と土鍋。それから、お米作りの説明のために稲を一本、調理台の上に並べる。
「炊くのに時間がかかるから……とりあえず先にお米を炊いて、ご飯にするわね」
私はボウルにお米と水を入れると、手早くやさしく研ぎ始めた。
「まずは、お米を洗うところからね。こうして、水が白く濁るまで、やさしく手でなでるように研ぐの。
力を入れすぎると、お米が割れてしまうから注意して」
子どもたちをはじめ、大人たちも興味津々の様子で、私の手元を覗き込む。
「わあ……お水が白くなった!」
「ほんとだ。変な色になってきた……!」
「この水がにごってるのはね、“とぎ汁”なの。とぎ汁は野菜を洗ったり、畑にまいたりもできるのよ」
私は数回、丁寧に水を替えながらお米を研ぎ、水がうっすらお米が見えるくらいに透明になったところで土鍋に移した。
そして、決まった分量の水を注ぎ入れる。
「お水は、お米のだいたい倍くらいが基本よ。多すぎるとベチャッとなっちゃうし、少なすぎるとパサパサになるの。だから、ちょうどいい加減が大切なの。
よし、あとは火にかけて──」
私は土鍋をコンロに置き、ゆっくりと火を灯した。
「これからしばらく強火で加熱していくわ。吹きこぼれないように見ながらね……吹きこぼれそうになったら少し火を弱めるの」
その言葉に、ミアちゃんのお母さんが反応した。
「それが……“炊く”ってことですか?」
「そう、これが“炊く”という作業なの。ご飯は、ただ火にかければいいわけじゃなくて、火加減や蒸らし方にもコツがあるのよ」
私の言葉に、ミーナが反応する。
「ふーん……お米をご飯にするのも、難しいんだねぇ」
「ええ。慣れるまではちょっと難しいかもしれないわね。今日は時間がないからそのまま火にかけたけど、本当は炊く前に30分から1時間くらい水に浸けて、“浸水”させた方が美味しくなるの。透明だったお米が、少し白っぽくなるまでね。いろいろ試してみてね」
私の言葉に、【料理人】のミーナとアンナは静かに頷いた。
「さて。ご飯を炊いてる間に、“稲”の説明をするわね」
私は調理台の上に置いていた稲をそっと持ち上げ、みんなに見せるように掲げた。
「これは“稲”。お米は、この植物からとれるの」
「ええーっ! こんな草から!?」
ルトくんが、目をまんまるにして叫ぶ。
「そう。これは乾燥させた稲なんだけど、ここに小さな粒がついてるでしょう? これが“もみ”と呼ばれる部分よ」
子どもたち+ミーナは身を乗り出して、興味津々に稲を見つめる。
「この“もみ”の殻を剥くと、“玄米”になるの。そこからさらに、外側を削っていくと──」
私は横に置いていた白米をそっと手に取り、開いた手のひらに乗せて見せた。
「──こうして、ふっくらした白いごはんの“お米”になるってわけ」
「おおお……!」
「すっごーい! 何回も変身するんだね!」
子どもたちの素直な反応と、一緒になって驚くミーナに思わず、くすりと笑い、話を続けた。
「味は玄米より白米の方がおいしいんだけど、玄米の方が腹持ちが良くて、栄養価も高いの。でも消化の負担になるから、乳幼児とかにはおすすめできないわ」
そのとき──
「ティアナ様、お米の香りが……!」
アンナがそっと声をかけてきた。
土鍋を確認すると、ふんわりと立ち上る湯気とともに、ほんのり甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。
「──いい香りね。そろそろ炊き上がる頃かしら」
私は少し蓋を開け、中を確認した。
「うん。上手く炊けてるみたい。中の水分がなくなってれば大丈夫よ。ここからもう少しだけ火にかけて……」
ごく弱火にして数分。私は火を止めた。
「これで炊き上がり。でもね、ここで蓋を開けちゃダメ。
10分くらいそのまま置くことで、“蒸らし”ができて、お米が芯までふっくらと仕上がるのよ」
──炊き上がってから10分。
「じゃあ……開けるわよ?」
私は土鍋の蓋を開けた──。




