163.試食会をしよう
「まず、お米っていうのはね。水辺で育つ穀物で、炊いて食べるとふっくらして美味しいの。ある国では主食なのよ」
「炊く……?」
「そう。火で加熱して、水と一緒に蒸し上げるの。でも、説明がちょっと難しいわね。あとで試食してもらうのが早いかも」
私のその言葉に、真っ先に反応したのはエレーネさんだった。
「今っ! お米を試食するって言いました!?」
まるで“瞬足スキル”でも持ってるの? と聞きたくなるような速さで、エレーネさんが駆け寄ってきた。
ミアちゃんのお母さんも、子どもたちも驚いた顔をしている。
私が何も言わずにいると、エレーネさんはずいっと前に出て、もう一度強く言った。
「今、お米をっ! 試食するって言いましたよね? 私も食べたいです!!」
「エレーネ……あなたはもう食べたことがあるんだから、試食の必要はないでしょう?」
リズがこめかみを押さえながら言う。
けれど、エレーネさんは引き下がらず、反論した。
「だってっ! 貴重なお米を食べる、せっかくのチャンスを逃したくないんです!」
拳を握りしめて熱弁するその顔に、ふっと笑みが浮かぶ。
「そんなこと言いつつ……エリザベス様だって、食べたいんですよね? おにぎり」
「……っ!」
リズは黙ってしまった。──すると、
「おにぎりって……この前、お兄ちゃんが持って帰ってきてくれたやつですよね!?」
「父ちゃんも持って帰ってきてくれた! あれ、めっちゃ美味しかった!」
ステラとネロくんまでもが、キラキラとした目で私を見つめてくる。そんな様子につられて、ルトくんは「ぼくもまた食べたい」と言い出すし、ミアちゃんも「そんなに美味しいの……?」と同じ目になる。
私はそんなみんなの反応に、思わず笑ってしまった。
「ステラ。悪いんだけど、急いで厨房に行って、ミーナとアンナに『私たちの昼食は必要ない』って伝えてきてくれる? 今ならまだ、調理は始まってないと思うから」
「それじゃあ……!」
ステラの顔がぱっと明るくなった。
私はにっこり笑って言う。
「ええ。お昼はみんなで、おにぎりにしましょう」
◆
ステラが厨房へ行っている間に、さっきの続きを──塩の説明をすることにした。
「塩のほうは、海水を使うの。煮詰めて作るのよ。簡単に言えば、水から塩を“取り出す”ってことね」
「海の水から……塩を……! 本当にそんなことができるんですか……!?」
まるで魔法のようだ、という顔をするお母さんに、私は優しく微笑みかけた。
「最初は驚くことばかりだと思うけど、大丈夫。あなたのように素直に話を聞いてくれる人がいてくれると、とても心強いわ」
「……いえ、そんな……。でも、少しだけワクワクしてきました。海から貴重なお塩ができるなんてっ!」
お母さんの頬に、ようやく自然な笑みが戻った。 その変化が、私には何よりも嬉しかった。
──そこへ、ステラが戻ってきた。
「ただいま、戻りました」
その後ろには、にこにこ笑顔のミーナと、対照的に困り顔のアンナがいた。
「おかえりなさい、ご苦労さま……って、ミーナとアンナはどうしたの?」
「ステラから聞いたよ! “あんたたちの昼食はいらない”って!」
「うん、そうなの。急にごめんなさいね。私たちの昼食は、お米をミアちゃんのお母さんに試食してもらうついでに──」
「ティアナさまっ!」
私の説明は、ミーナの大きな声に遮られた。 その声に青ざめたのは、アンナだった。
「お母さんっ! まだティアナ様がお話中なのに、失礼でしょ!? ティアナ様、申し訳ございません!」
「だって……っ! ほら、“おこめ”を試食って……!」
ふたりの様子に、私はピンときた。
「ああ、なるほど……。ステラからお米の話を聞いて、ミーナも来ちゃったのね。いいわよ。ミーナとアンナも一緒に食べましょう」
私がそう笑顔で言うと、ミーナはぱあっと表情を輝かせた。
「さすがは神さま、ティアナさま! ありがとう!!」
やったー! と手を挙げて喜ぶミーナの隣で、アンナは何度も頭を下げた。
「本当にすみません。ティアナ様、ありがとうございます……っ!」
「アンナもお疲れさま。試食はもちろんだけど、炊くところも見ていってね。あなたたちには、そのうち……作ってもらうことになると思うから」
私の言葉に、アンナはぴしっと姿勢を正す。
「承知いたしました。上手にできるよう頑張りますっ!」
「そんなに気を張らなくて大丈夫よ。今日はとりあえず試食がメインだから、アンナも楽しんでね」
「……はいっ!」
明るい返事とともに、ようやくアンナも笑ってくれた。
なんだかんだで、アンナもお米を楽しみにしてくれているようで──私も、自然と笑顔になった。




