162.新たな事業と信頼
──翌日。
ノックの音がして、私は「どうぞ」と入室を促した。
入ってきたのは、予想どおりステラだった。
「ティアナ様、ミアちゃんのお母様をお連れしました」
そう言って、彼女は後ろに控えていたミアちゃんのお母さんに、部屋に入るよう促した。
……うん。表情は硬く、ひどく緊張しているのが伝わってくる。
それに対して──
「うわぁ、ここがお貴族さまのお屋敷かっ!」
「すごーい! 見たことないものがいっぱいある!」
「……これ、なんだろ?」
お母さんの後ろから現れたのは、ネロくん、ルトくん、そしてミアちゃん。
三人はまったく緊張した様子もなく、きょろきょろと周囲を見回していた。
するとエレーネさんが、ミアちゃんが見つけた魔術具を手に取り、言った。
「これはね、こうやって使うのよ」
次の瞬間、天井や壁に、キラキラと輝く夜空のような光が映し出された。
まるでプラネタリウムのように、星々を投影する魔術具だった。
「わぁ……っ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「こら、あなたたち……っ!」
騒ぎ始めた子どもたちに、お母さんが焦った様子で叱ろうとするが──
「大丈夫よ。さぁ、こちらに座って」
私はお母さんを椅子へと促した。
「でも……」と子どもたちを振り返る彼女に、エレーネさんが優しく声をかける。
「私が子どもたちを見ていますので、ご安心ください」
自分の胸をトンっと叩いて微笑むエレーネさんに子どもたちを託し、私たちは仕事の話を始めることにした。
「さて、さっそく仕事のことなんだけど……」
そう切り出したところで、お母さんの顔色が優れないことに気がついた。
両手を胸の前でぎゅっと組み、その手はかすかに震えている。
心配になり声をかけようとしたが、それより先に彼女が口を開いた。
「……あ、あの……昨日は勢いで『仕事を手伝いたい』なんて言ってしまいましたが、冷静になってみると……私、今まで実家の手伝い以外、まともに働いたこともなくて……。こんな私に、お貴族様のお仕事なんて、お手伝いできるかどうか……」
私はそっと微笑み、お母さんの手元を見つめた。
震える指先。その奥にある、戸惑いと恐れ。
……でも、勇気をだしてここまで来てくれたんだ。
(やっぱり、この人は信頼できそうだ)
「大丈夫よ。誰だって最初は不安なものよ」
私はそう言いながら、お母さんの手の上に自分の手を重ねた。
少しだけ、彼女の目が見開かれる。
「ありがとう。仕事のこと……真剣に考えてくれたのね」
「……そんな……っ! それは当たり前のこと……」
私は首を横に振った。
「ううん。その、当たり前のことができない人も結構いるのよ」
そう言うと、私の脳裏には昨日のコルパの姿が思い浮かんだ。
……いけない、いけない。もうゴルベーザとコルパのことは忘れよう。
顔の前で、手をパタパタ振ると不思議そうな顔で見られてしまった。
「なんでもないのよ」と、笑って誤魔化す。
「昨日も少し伝えたけど、これから色んなことをクリスディア領の事業としてやろうと思っているの。
だから、苦手なこともあるかもしれないけど、逆に貴女の能力を活かせることも、何かあると思うの」
握っているお母さんの手の震えが止まった。
そして少し表情を和らげ口を開いた。
「……ほんとうに? 私の能力を活かせることなんて、あるのかしら……?」
「もちろん! 昨日、言ってたよね?
『もし、仕事が見つからなければミアちゃんと素材採取する』って。
もし合う仕事がなければ、ネロくんやステラのようにダンさんの補助でもいいの。
でも、それ以上に適性があれば他のことをやってほしいの」
私がそう説明すると、ほっと息を吐き
「ダンさんの補助なら出来るわ」
と、やっと笑ってくれた。
そして、「色んな事業って何をするんですか?」と聞かれたので、その説明をすることにした。
「とりあえず、早々に新たにやろうと思っているのは米作りと塩作りよ!」
「こめ……? それに、塩を……作る!?」
最初、困惑の表情を浮かべ最終的には驚きの表情に変わった。
「ええ、そうよ」
「……すみません、こめって何でしょうか? それに塩を“作る”って……採掘するのではなく、本当に“作る”ってことですか!?」
ミアちゃんのお母さんが戸惑いを隠せない様子で問い返してくる。
無理もない。少なくともこの国では、米はないみたいだし、この世界にあるかもあやしい。
塩も、岩塩から精製されるもの。
米の存在も、塩が岩塩以外で採れることも、【料理人】であるダンさんが知らないのだから、おそらく私がやろうとしていることが特殊なんだろう。




