160.頭を垂れる者、裁く者
場所が移された。
先ほど取り調べをしていた部屋ではなく、普段は兵士たちが集められる大広間へ移動した。
そこへ、扉が開かれ入ってきたのは──
貫禄のある中年の男と、その隣に立つ白髪交じりの老紳士……スティーブだ。
スティーブとは、ロベールさんのことを伝えて以降、彼がマニュール家に戻ってからは顔を合わせていなかった。久しぶりに見るその姿は、以前より白髪が増えたように感じられた。
彼らは部屋に足を踏み入れると、まずゴルベーザを一瞥したあと、リズと私の前で立ち止まった。
そして──跪いた。
「この度は、我が孫・ゴルベーザ・マニュールが多大な無礼を働きましたこと、心よりお詫び申し上げます」
深く頭を垂れる。
隣に立つ、領主代理である息子もそれに倣って頭を下げた。
「エリザベス様。
このような形での再会となってしまい、大変、面目次第もございません」
その言葉を聞いた瞬間──
「……は?」
呆けた声が、ゴルベーザの口から漏れる。
「ま、待ってくれ……“様”? “再会”? なぜ、父上たちが……頭を……」
彼の視線が、私とリズの間を何度も往復する。
「な、なんだ……冗談だろう? 彼女たちはただの……補給係と……」
「黙れ、ゴルベーザ」
父親の低い一喝に、ゴルベーザはびくりと肩を震わせた。
「お前は……っ! 自らの非を認めぬどころか、相手の素性すら知らずに尊大に振る舞っていたのか……。
恥を知れ。……この方々のことも、知らされていなかったとはいえ──私の監督不行き届きだ」
「ですが、父上っ……この女たちは私に……ポーションを、私に献上すべきだと……!」
「お前に献上する価値など、どこにもない」
淡々としたその声に、ゴルベーザの顔が引きつる。
一方、スティーブは静かに立ち上がると、リズへと向き直る。
「エリザベス様……。
かつて我が家が受けたご恩、その一部も返せぬまま、孫がこのような狼藉を……。
どうか、裁きをお任せいたしたく……。もし、追放でも、爵位剥奪でも……お望みのままに」
リズはわずかに首を振った。そして、視線を私に向ける。
「……どういたしますか?」
「そうねぇ……」
スティーブも息子である領主代理も、すぐに私の前で再び跪いた。
「……ティアナ様。どうか、我が一族に、もう一度償いの機会をお与えいただけませんか?」
その瞬間──
ゴルベーザの中で、何かが音を立てて崩れ落ちていった。誇り、地位、自信。すべてが揺らいでいく。
自分より下だと思っていた相手に、父が、祖父が、頭を下げている。
しかも、それを当然のように受け止めている彼女たちは──本当に“ただの補給係”などではなかったのだと。
「そ……そんな……」
呆然と立ち尽くすゴルベーザの姿は、もはや先ほどまでの尊大さとは別人のようだった。
私は静かに言った。
「……ではまず、すべきことがあるわね。
ゴルベーザ、あなたが踏みにじった者へ、謝罪しなさい」
「……は?」
再び、間の抜けた声がゴルベーザから漏れる。
「誰に……?」
その瞬間、部屋の奥から一歩、男が進み出た。
背筋を伸ばし、まっすぐゴルベーザを見据える。
「……お前は?」
現れたのはロベールさんだった。
ゴルベーザはロベールさんの顔を覚えていないのか、不思議そうな表情を浮かべたが、虚しく揺れる右脚の空洞になったズボンに視線をやると、その目を見開く。
「お前は……まさか……」
「黙って聞け、ゴルベーザ」
スティーブが鋭い声で遮った。
「お前の横暴な振る舞いのせいで、彼は脚を失い、兵士としての職も追われた。
それも、根拠のない叱責と誤った命令の末のことだ。
──謝罪しろ。今ここで、本人に、皆の前で」
ゴルベーザの顔が引きつる。
「ば、馬鹿な……なんで私が──」
リズの冷たい声が落ちる。
「あなたが見下していた“その程度の兵士”の人生を、あなたは自覚もなく壊したのよ。……謝罪しなさい、ゴルベーザ」
ゴルベーザは歯を食いしばり、ギリ、と音がしそうなほど拳を握りしめた。
だが──周囲に並ぶ兵士たちの視線、父と祖父の沈黙の圧力、そして何よりティアナとリズの目を見て、ついに頭を下げる。
「……っ……す……まなかった」
「聞こえん」
スティーブが冷たく言う。
ゴルベーザは顔を上げ、ロベールを睨んだ。その目には未だに屈辱と怒りが渦巻いていた。
だが──もう逃れられないと悟ったのだろう。ぎこちなく、再び頭を下げる。
「……お前に……迷惑をかけた。脚のことも、職のことも……すまなかった。……俺の、責任だ」
しばしの沈黙の後、ロベールがぽつりと口を開く。
「……謝罪されたところで、俺の脚は元には戻りません。そして、子供たちの大切な時間をスラム街で過ごさせてしまったことも……」
その言葉が、ゴルベーザの胸に鋭く突き刺さった。
「だけど……今さらでも、謝ったことは受け取っておきます。俺のことより、今後、誰にも同じことをしないように……兵士たちが安心して働けるようにしてください。俺の望みは、それだけです」
ゴルベーザは俯いたまま、何も言えなかった。
その背中は、さっきまでの傲慢さが嘘のように、小さく見えた。




