157.怒声と鎖
コルパの叫びが、静まり返った部屋に響いた。
その怒りと悲しみを含んだ声に、誰もすぐには口を開けなかった。
重い沈黙のなか、私はゆっくりと歩み寄り、テーブルの向こうで顔を伏せるコルパの前に立つ。
「……甘ったれてんじゃないわよ」
その言葉に、コルパの肩がわずかに震えた。
「そのポーションがどれほど大事なものか……副隊長のくせに、分かってないの?
あっ、ごめんなさい。分からなくて当然か。“名ばかりの副隊長”ですもんね」
「てめぇ、誰だ!? 何も知らねぇ小娘が、急に出てきて何なんだよ!!」
コルパが殴りかかってきそうな勢いで身を起こしたが、鎖に引き戻され、テーブルに倒れ込んだ。
私はそれを見て、ぷっと吹き出す。
「もう鎖のこと、忘れちゃったの? 本当に覚えが悪いのね」
「てめぇ! ふざけんなっ! こっちへ来やがれ!!」
「そう言われて近づくバカなんて、あんたくらいしかいないわよ」
「てめぇーーーー!!」
私とコルパが罵声を飛ばし合う横で、兵士マッチョが料理人マッチョにそっと尋ねた。
「……マジで、このお嬢さん、何者なんだ?」
「ああ……このお嬢さんは、今ミーナたちがお世話になってるヴィリスアーズ邸に仕える──お貴族様だよ」
「……お貴族様だぁ!?」
兵士マッチョの驚きの声が部屋に響いた。
その声に驚いたのか、じたばた暴れていたコルパの動きがピタリと止まり、マッチョコンビを見たあとに、ゆっくりと私へ視線を戻した。
「お前が……お貴族様?」
「ええ、そうよ」
私は笑顔で答える。
その答えに固まるコルパの頭を、ぐわしっと兵士マッチョが掴み、無理やり頭を下げさせた。
「お貴族様とはつゆ知らず、大変失礼いたしましたっ!」
「ベルっ! お前、何すんだよ!?」
「何すんだよじゃねぇよ! この方は貴族だって言うんだぞ? お前こそ、ふざけた態度とってたら……っ!」
(……なんか、見たことある光景だな)
そんなことを考えている私をよそに、兵士マッチョ──ベルさんは私が貴族だと知り、コルパの態度を改めさせようとしたようだが──
その手をパシンッと叩き、コルパは鼻で笑った。
「この小娘が貴族だからなんだってんだよ。
お前らも、俺にこんな扱いして……どうなるか分かってんのか?」
そう言ってコルパは、鎖で繋がれた左腕を持ち上げた。
“こんな扱い”というのは、拘束のことらしい。
「俺の後ろには──領主様のご子息、ゴルベーザ様がついてんだぞ?
ただの貴族なんて……ゴルベーザ様がどう出るかなぁ?」
ニヤリと、いやらしい笑みを浮かべる。
「コルパ、お前……っ」
ダンさんが何かを言いかけたが、それをリズがそっと制した。
クラース団長とベルさんが険しい表情を浮かべるなか、コルパはさらにニヤニヤと笑い、私に視線を向けた。
「ほら、お前も。謝るなら、今のうちだぞ?」
「あ? あんたこそ、誰に口きいてると思ってんのよ」
私はわざとらしく目を細め、鼻で笑った。
「……まあ、偉そうにしてるけどさ。
アンタ、“自分の力”で副隊長になったわけじゃないんでしょ?
誰かの影にすがって椅子に座ってるだけの、情けない腰かけ男じゃないの」
「──っ!」
コルパの顔が一気に赤くなる。怒りで、血管が浮き出そうなほどだ。
「てめぇ……今、なんつった……!?」
「聞こえなかった? もう一回言うわよ。
“情けない腰かけ男”って言ったの。副隊長の肩書きが泣いてるわ。……あ、違った。泣いてんの、あんたのプライドかしらね」
「てめぇぇぇぇええええっっ!!!」
怒鳴りながら鎖を引きちぎらん勢いで暴れ出すコルパ。
テーブルがガタガタと揺れ、椅子がひっくり返りそうになる。
「やめろコルパ! 落ち着け!」
ダンさんが慌てて止めに入るが、コルパは止まらない。
顔を真っ赤にし、荒い息を吐きながら、今にも鎖ごと引きちぎりそうな勢いだった。
私は一歩も引かず、その様子を見据えながら静かに言った。
「そんなに悔しいなら……自分の力で、信頼を勝ち取ってみなさいよ」
皮肉ではなく、まっすぐな声で。
コルパは、一瞬、動きを止めた。
しかし──
「うるせぇっ! てめぇに何が分かる!! 貴族のお嬢様がっ!!
てめぇなんて、自分自身じゃ何の力もねぇんだろ!? お前の地位も名誉も、お前のもんじゃねぇ! 全部、お前の親のもんなんだよ!!」
「それって、あんたのことじゃない?
自分に地位も能力もないくせに、ゴルベーザに媚びて偉そうにしてる……ただの腰ぎんちゃくでしょ?」
「……てめぇ……っ!」
また暴れ出しそうだったが、左手首を押さえて動きが鈍くなった。
どうやら鎖で引っ張られた拍子に、痛めたらしい。
その時だった──
遠くからバタバタと誰かが駆けてくる音が聞こえたかと思うと、部屋の扉が激しく叩かれた。
「団長! 失礼いたしますっ!」
クラース団長が入室を許すと、一人の兵士が息を切らしながら飛び込んできた。
「ご報告いたしますっ!
ただいまこちらに──領主様のご子息、ゴルベーザ・マニュール様がご到着されました!!」




