156.認められたくて
ミアちゃんたちと別れたあと、私たちはロベールさんたちと合流し、昼間に訪れたのと同じメンバーで、まっすぐ兵士の詰所へ向かった。
午後の陽は海の向こうに沈み、通りを吹き抜ける風が、ほんのりと夏の気配を運んでくる。
「ミアの母親に仕事を頼んだのかっ!」
「うん。真面目そうな人だったし、安心して任せられると思って」
「彼女なら間違いないよ。……確か、実家は畑仕事をしてたって話を聞いたことがあるな」
「えっ、本当!? もしかしたら、お米のこと、頼めるかも……!」
思いがけない情報に期待に胸を膨らませながら、私たちは詰所に到着した。
入口にいた兵士がロベールさんを見つけ、すぐに挨拶してくる。
「ロベールさんっ! お疲れさまです!」
「お疲れさま。クラース団長はどこに?」
「はい、中におります。ロベールさんたちが来たら、すぐに通すよう言われてます!」
促されるまま詰所の中へ入ると、ひんやりとした空気に包まれ、わずかに緊張感が漂っていた。
ロベールさんを先頭に、私たちは奥へと進んでいく。
クラース団長は奥の書類机で何かを整理していたが、私たちに気づくと手を止め、顔を上げた。
「来たか……。お疲れさまですっ!」
私とリズに視線を向けて、彼は頭を深々と下げて挨拶をした。
「……貴族だってことは伝えてありますけど、スラム街の人たちにも気軽に接してもらいたいんです。だから、そんなに低姿勢で来られると困ります」
「……しかし」
「クラース。あんまり逆らうと、『ティアナちゃん』って呼ばないと返事してくれなくなるよ?」
「──分かりま……」
にこやかにプレッシャーをかけると、彼は一瞬固まって、しぶしぶ頷いた。
「…………分かった」
なんとか、私たちが貴族だと知る前と同じように接してもらえることで、クラース団長にも納得してもらった。
「で、コルパの件は? もう巡回から戻ってきたんだろ?」
「ああ。……今、取り調べ中だ」
子供たちにはそのまま別室で待っていてもらい、私たちはクラース団長に案内されて、詰所の一室へと向かった。
その部屋には三人の男がいた。
入口を守る兵士、取り調べ役のダンさんに負けない体格のマッチョな兵士──そして、その前に座る中肉中背の男。背を向けていて顔は見えないが、おそらく彼がコルパだろう。
「お疲れさまですっ!」
「おつかれ。君はもう戻っていいよ」
「はいっ、では失礼いたします!」
クラース団長と入口の兵士が短くやりとりを交わすと、兵士は敬礼し、部屋をあとにした。
「──コルパ」
ロベールさんが男に声をかけると、彼は勢いよく振り返った。
まさかロベールさんが来るとは思っていなかったのか、目を見開いたあと、気まずそうに視線を逸らす。
マッチョな兵士とコルパの間に置かれたテーブルの上には、見覚えのある小瓶が二つあった。
──リズが渡したと思われる、上級ポーション2本。
それを見たダンさんが、眉を吊り上げる。
「俺たちがお前に渡した上級ポーションだな? 二本しかねぇ。残りの五本はどこへ行った?」
コルパは沈黙を保ったまま、目を伏せていた。
「はあ……」
代わりに、マッチョな兵士がため息まじりに口を開く。
「……残りの五本は、ゴルベーザ様に渡したらしい」
「はぁっ!?」
怒気を含んだ声で、ダンさんがコルパを睨みつける。
だが、コルパはまるで何も聞こえていないかのように、ただ黙って視線を逸らしたままだった。
対照的に、ロベールさんは静かな声で問いかける。
「……コルパ。どうして、上級ポーションをゴルベーザ様に渡した? せっかく副隊長になれたのに、どうしてこんな──」
「お前がそれを言うのかっ!?」
ガタンッ、と大きな音を立てて、コルパは立ち上がろうとした。だが、手首とテーブルが鎖で繋がれていたため、体を引き戻され、テーブルに突っ伏す形になった。
あまりの勢いと、痛そうな様子に、私は思わず顔をしかめた。
コルパはゆっくりと口を開いた。
「……俺が副隊長になれたのは、実力じゃねぇ。お前が、副隊長を辞めざるを得なくなったおかげだ。だから誰も、俺のことを正式な副隊長だなんて思ってねぇよ。
兵団の連中にとって“副隊長”は、今も“ロベール副隊長”のままだ」
その言葉を聞いて、昼間、詰所を訪れたときに兵士たちがロベールさんを“副隊長”と呼んでいた光景が、頭に浮かんだ。
コルパは顔をテーブルに伏せたままだったが、拳がぎゅっと握っているのが見えた。
「そのくせ、現場に出れば責任だけ押しつけられるし、書類仕事も毎日山ほどある。
部下だって、頼りになりそうなやつからどんどん辞めてく。残ったのは、使えねぇのばっかだ!
……なんで俺ばっか、こんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ……っ!
俺はこんなに働いてるんだ……っ。上級ポーションの2本くらい、頂いたっていいだろ!?」




