154.ネロくんの疑問
「……俺さ、さっき鍋を取りに行った時、ダンおじさんと父ちゃんが話してるのをちょっと聞いちゃって……」
ネロくんが言葉を選ぶように、口ごもった。
私は小さく頷いて、続きを促した。
「その中で……『盗まれたポーションは、もう戻らないかもしれない』って、言ってたんだ」
「ポーションが、盗まれた……?」
ミアちゃんが小さな声でつぶやいた。
「うん。コルパおじさんが持ち出したんだって。
しかも、それって……ただの薬じゃなくて、ジルティアーナ様が用意してくれた貴重なやつ……だったんだよね?」
ミアちゃんのお母さんの表情が、さっと険しくなった。
「まさか……下級ではなく、中級や上級ポーション?」
「ええ。兵団に必要なだけのポーションが準備されてないと知り、とりあえず先に上級ポーションを10本渡したはずなんだけど……クラース団長は3本しか受け取っていなかったの」
私の言葉に、お母さんは顔色をなくす。
「そんな……っ」と、小さくつぶやいた彼女の肩が震える。事の重大さを悟ったのだろう。
それをミアちゃんとネロくんが心配そうに見つめる。
「お母さん……大丈夫?」
「お貴族様からお預かりした物を、ちゃんと管理できなかったなんて……とんでもないことだわ……っ!
まだ初級、中級なら……失くした分を買い直せばどうにかできるかもしれないけど……上級ポーションなんて……っ」
言葉が震えてしまい、それ以上は続けられなかった。
すると、ネロくんが真剣な表情で尋ねた。
「上級ポーションが盗まれた──そんなことが起きた場合……普通のお貴族様なら、コルパおじさんや兵団はどうなるの?」
重い空気の中、リズが視線を落とし答えた。
「実行犯であるコルパとその家族は当然死刑です。そして、管理ができなかった兵団ももちろん罰せられます。
団長は軽くて降格、通常なら解雇、最悪死刑……でしょうね」
その言葉に、ミアちゃんの肩がぴくりと震えた。
お母さんは、下唇を強く噛み、何かを堪えるようにうつむいた。
それに気がついた私はふたりに笑いかける。
「大丈夫よ。私たちはコルパ以外に責任を負わせるつもりはないから。クラース団長はもちろん、兵団に害が及ばないようにするわ」
親子は安心したように、ほっと息を吐いた。
ネロくんが、ぽつりとこぼした。
「コルパおじさんは……なんでこんなことしたんだろ? なんかモヤモヤすんだよなぁ」
「お金がほしかったからじゃないの? 上級ポーションって、とても高価なものなんでしょ?」
ミアちゃんの言葉に、ネロくんは頭を掻く。
「いや、そりゃそうなんだけどさっ! ただ金欲しさだけに盗んだならさ、何でさっさと家族を連れて、この街から逃げないんだ?」
そんな疑問に、今度はステラが答える。
「まだ、ポーションを盗んだことが発覚したとは思ってないからじゃないの? クラース団長には”3本買い取った。”って嘘の報告をして、実際には無償で手に入れた上級ポーション代金、300万ペルを獲たんでしょ?」
「それだっ!」
ネロくんが立ち上がり叫んだ。
『それだっ!』……って、それ、最初から分かってたんじゃ? と思ったけど、ネロくんはさらに続けた。
「俺のモヤモヤの原因っ!
金が欲しいだけならさ、全部クラースおじさんに売りつけて10本分、1000万ペルを得ればよかったじゃん。なんで3本だけなんだ?
1本100万って最低価格らしいから、もっと高く売れたのかもしれないけど……だったらやっぱり10本全部、その高く買い取ってくれるところに売るべきじゃねえ?」
……確かに、それもそうね。
と、考えていたその時──
「……ゴルベーザ・マニュール」
その声に視線をやると、顎に手を当て考えてる様子のエレーネさんだった。
なんでここで、ゴルベーザの名前が? と思っていると、彼女が続けた。
「この街には、ジルティアーナ様がくるまで、貴族はマニュール家の者しか居なかったんですよね?
そんな中、コルパは副隊長に推薦してもらえるほどゴルベーザ親しかった。というならば、もしもポーションのことが発覚しても、ゴルベーザが揉み消してくれると思っているんじゃないですか?」
「……確かに、その可能性はあるわね。ロベールさんたちもポーションを渡す時に『貴族から託された上級ポーションだ』なんて、わざわざ説明していないでしょうし」
すると、エレーネさんがふっと立ち上がった。
「お話の途中、失礼します。私、ちょっとロベールさんのところへ行ってまいりますね。何か、聞けるかもしれませんから」
そう言って、彼女は軽く頭を下げ、去っていった。




