150.それぞれの意見
私は少し微笑んで、ミアちゃんにやさしく語りかけた。
「だからね、今度は──スラム街で。
スラム街で炊き出しをして、みんなで一緒に食べようか?」
「……えっ!」
「ほんとにっ!?」
ミアちゃんが目を見開いたのと同時に、もう一人、大きく反応した子がいた。
緑色の髪をした、あの男の子──以前、家族のためにパンを持ち帰ろうとしていた彼だ。
彼も、自分が我慢してでも、家族に食べさせてあげたいと思っている子の一人だ。
ここにいる子のほとんどが、毎日お腹いっぱい食べられない。
やっと手に入れたパンひとつを、家族と分け合いながら過ごしている。
そんな現実が、この子たちの日常なのだ。
それでも──
「お母さんといっしょに食べたいっ」
「弟たちにも、スープ食べさせてやるかぁ!」
「お父さんにも……食べてもらいたいな」
次々と、素直な声が上がっていく。
その空気は、たしかにあたたかかった。
けれど、その中に──ぽつりと、違う声が響く。
「なんで俺たちが頑張ったのに、働いてないスラム街のやつらに、ご褒美を分けなきゃいけないんだよっ!
俺は嫌だ! お菓子……俺だって食べたいんだ!」
叫んだのは、ひとりの少年。
彼には、帰る家がなかった。──そう、彼は孤児だった。
彼の言葉に、場の空気がピリリと張り詰める。
「そうだよな……俺たちが頑張ったんだ。だったら、ご褒美は俺たちだけがもらうべきだよ」
「家族が多いやつが得するなんて、不公平じゃね?」
「俺……お菓子、食べたことないもん。せっかくのチャンス、譲りたくない」
声を潜めるように、次々と不満が漏れはじめる。
ミアちゃんたち、炊き出しに賛成していた子たちの顔が曇っていく。
でも──それは、反対している子たちが意地悪なわけではないのだと、誰もが分かっていた。
誰だって、毎日を生き抜くのに必死なのだ。
人に優しくできるのは、自分に余裕があるときだけ。
でも、この子たちにとって“余裕”なんて、夢のまた夢だ。
だが、賛成している子たちだって、家族のことを思えば、簡単には引けなかった。
互いの気持ちがすれ違い始め、言葉がだんだんと尖っていく。
「じゃあ、スープは人数で割るべきじゃない?」
「なんで、俺たちの分まで取られるの!?」
「もういいよ! だったら、やめればいいじゃん!」
──そして、
ガンッ!!
突然、金属を打ち鳴らす鋭い音が、場に響き渡った。
みんながハッと息を呑み、私のほうへと一斉に視線を向ける。
私の手には、マジックバッグから取り出した大鍋とお玉。
大鍋の縁をお玉で思いきり叩いた。
きっと声を張っても、叫んでも届かない。
だからこそ、音で静けさを取り戻したのだ。
「──はい、そこまでにしよう」
ひと呼吸置いて、私は続ける。
「みんなの気持ちは、ちゃんと分かってるよ。
頑張ったみんなにも、お腹をすかせた家族にも、それぞれ理由がある。
どれも、間違ってなんかない」
沈黙の中、子どもたちはゆっくりと私の言葉に耳を傾けはじめていた。
少しだけ間を置いて、私はもう一度口を開く。
「誰の意見が正しいかを決めるために話してるんじゃないよ。
それぞれが、大切な人を思ってるだけ。──それだけなんだよね?」
返事はなかったけれど、何人かの子が小さく頷いた。
私は安心して、みんなの顔を順に見渡し──そして続きを話そうとしたそのとき。
「ステラちゃんっ!? だいじょうぶ!?」
突然の叫び声に、私はミアちゃんの方へ振り向いた。
彼女の視線の先には、長い耳を両手で押さえ、しゃがみ込んでいるステラの姿が。
「……あっ」
私は思わず声を漏らし、手に持っていた大鍋を見下ろす。
人間の私ですら耳を塞ぎたくなる音だった。
聴力が鋭い兎獣人のステラには……たまったものではなかったはずだ。
慌てて駆け寄る。
「ステラ……っ、ごめんね!? まさか、こんなことになるなんて……!」
焦りながら謝る私に、ステラは涙目のまま「だいじょうぶですぅ……」と答えてくれた。
でも──どう見ても、大丈夫そうじゃない。
私は深く頭を下げ、何度も謝った。
すると──
ぷっ……ふふふっ……!
吹き出したのは、ミアちゃんだった。
思わずぽかんとして彼女を見ると、彼女の目にはステラとは別の意味の涙が浮かんでいる。
「ごめんなさい……っ。
すごい真剣に謝ってるティアナさんが……おかしくて……」
肩を震わせながら、ミアちゃんは笑い続けた。
その笑いにつられるように、周りの子たちもくすくすと笑いはじめた。
「みんなを黙らせるために鍋使うとか、普通しないって……!」
「……ティアナさんって、本当に貴族令嬢なの~?」
「ステラちゃんかわいそう〜。ティアナさん、ひどーい」
……ごめんなさい。返す言葉もございません。
私はもう一度、ステラの前で頭を下げた。
「本当にごめんね、ステラ。以後、気をつけます……」
すると、しゃがんでいたステラが、ちらりと上目遣いで私を見て言った。
「だめです。許しません。まだ、耳の奥がじんじんします。なので──」
少しだけ意地悪そうに笑って、言葉を続ける。
「お詫びにクッキーを作ってください。私だけじゃなく、みんなに、です」
そう言って、ステラは立ち上がり、にっこりと──ほんとうに嬉しそうな笑顔を見せてくれた。




