141.角が折れたジャッカロープ
一瞬、場の空気が静まり返る。
けれど、私の言葉はちゃんと届いていた──
「ほんとに? やったー!」
ぱっと表情が明るくなり、飛び跳ねるように声を上げる。
「俺、もっと食べたい!」
他の子どもたちも次々と声を上げ、おかわりの列が一気に賑わいを見せた。
リズとステラ、そしてレーヴェが、集まる子どもたちに手際よく対応してくれている。
泣いていた男の子は、涙をぬぐいながらパンをじっと見つめ、そっと口に運んだ。
さっきまで喧嘩していた二人の少年は、ぎこちなく目を合わせつつ、どこか気まずそうだ。
すると──
ふいにネロくんがふたりの首に腕を回し、勢いよく飛びついた。
「やったな! 午後もがんばればお土産もらえるってさ!?
父ちゃんとルトにもパン食わせてやりたいから、俺、がんばろっと!」
そう言って、高々と拳を突き上げる。
「俺だって負けねぇぞ! 午後は俺が一番アルカ草を見つけてやる!」
赤髪の少年が元気よく叫び、隣の緑髪の男の子に視線を向けた。
「ぼ、ぼくだって頑張るよ! 母さんたちにパンを持って帰るんだ!」
「……おう。じゃあ三人で、誰が一番見つけられるか競争だな」
「……うん!」
──よかった。ちゃんと仲直りできたみたい。
笑い合う少年たちを見て、ネロくんも嬉しそうに笑っていた。
「よし。午後も頑張るために、スープもパンもおかわりするぞー!」
そう言って、ネロくんは配膳しているリズたちのほうへ駆け出していった。
「あっ! ずるいぞネロ! 俺だってもっと食うからな!」
「僕もスープおかわりしたいっ!」
二人もネロくんを追いかけるように走り出す。
そして、追いついたところでネロくんは立ち止まり、私と目が合うと、にかっと笑い──またすぐに、ふたりの背を追って走っていった。
「ネロくん……いい男だわー」
ぽつりとつぶやくと、隣にいたダンさんが腕を組み、なぜか誇らしげに胸を張った。
「そりゃあ、自慢の息子だからな! ……俺の親友の、だけどな」
「ふふ、じゃあその素敵なところ、親友さんにもちゃんと伝えなきゃいけないわね」
そう言ってふたりで笑い合い、おかわりが殺到している様子を見て、私も手伝いに向かった。
「ほら、お前ら! 全員おかわりできるから、ちゃんと並べー!」
そんなダンさんの声が湖に響く。
その声に応えるように、優しい風が吹き抜け、蝶がひらりと舞った──。
おかわりを済ませた子どもたちは、それぞれの持ち場へと向かっていった。
私はというと──湖のほとりに残り、パンを袋に詰めていた。
「ごめんね。私が勢いで『パンをお土産あげる』なんて言っちゃったから……」
急に仕事を増やしてしまったことを謝ると、ステラがくすっと笑って言った。
「ティアナ様らしいです」
……ちょっと待って、それ、どういう意味?
誉められて……ないよね??
今、一緒にパンの袋詰めをしてくれてるのはリズとステラ。
袋詰め作業はレーヴェよりステラの方が向いてるだろうと役割を交代したのだ。
この場所は安全そうだし、リズと近くにはダンさんもいるしね。
そんな中、ステラがふと顔を上げて言った。
「──それにしても、ここは不思議な場所ですね。初めて来たはずなのに、なぜか懐かしい感じがします」
その言葉に、私は思わず驚く。
「……え、ステラも?」
そう言った瞬間、ひゅう、と風が吹いた。
春の風にしては少し冷たいけれど、どこか優しさを含んでいた。
風に舞う、小さな花びらのようなものが、私たちの間をふわりと通り抜けていく。
それが本当に花びらなのか、何か別の“気配”なのか──私は無意識に湖の方を振り返った。
そして、そのときだった。
「……あれ? うさぎ……?」
いつの間にか、湖畔に一匹のうさぎが現れていた。
けれど、その灰色の小さな体には、どこか普通のうさぎとは違う気配がある。
「あら、あれは──ジャッカロープみたいですね」
「……ジャッカロープ?」
「魔獣ですが、小型です。少し角が危険なのですが……あの子のは折れてしまっているようですね。
とても臆病な性格なので、人前に出てくるなんて、珍しいことです」
……角?
よく見ると、確かにジャッカロープの頭には、枝のような角が生えていた。
けれど、その角は根元からぽっきりと折れてしまっている。
それが、普通のうさぎと何か違うと感じた原因だったのかもしれない。
ステラが「……あの子」とつぶやき、そっと一歩踏み出した。
静かに手を差し出すと、ジャッカロープはその手に顔を近づけ、鼻をひくひくと動かす。
そして、おそるおそる──けれど確かな動きで、ステラの手に身を寄せた。
……かわいい~~!!
ジャッカロープももちろん可愛いけれど、うさ耳のステラが抱きしめてる姿は反則級に愛らしい!
ステラはそっとその子を抱き上げ、こちらへと戻ってきた。
「ティアナ様! この子、怪我してますっ」




