139.子供たちへ昼食を
「え、阿呆ですか?」
……あ、やば。心の声が思わず口に出ちゃったかも。
でも、それを言ったのは私じゃなかった。
驚いたように口を押さえたのは、レーヴェだ。
どうやら、レーヴェも私と同じことを考えていて、それがつい口に出てしまったようだ。
私が思わず彼を見つめると、レーヴェは気まずそうに視線を泳がせ、咳払いをして言い直した。
「イザベル様とそのお付きの方々は……少々、頭の回転が鈍い方たちなのでしょうか?」
ブハッ、と吹き出す音が聞こえた。リズだ。
珍しく彼女が肩を震わせて笑いを堪えようとしていたが、無駄な努力だったようだ。
レーヴェは思わず口から出てしまった失言をフォローしようと言い直したようだが、嫌味も効いててある意味『阿呆ですか?』より酷くなってる気がする。
とりあえず、『阿呆ですか?』も『頭の回転が鈍い』も、私は同意見だ。
「本当に、どうかしてるわ……そんな理由で、こんなにも大切な木を切るなんて……」
そう言って私はもう一度、切り株を見つめた。
そこには、確かに大きな命が──きっと素晴らしい大樹があったはずなのに。
今はただ、ぽっかりと空いた空間だけが残っている。
勘違いで、たいして暖かくもない場所に避寒に来て、しかもそこで、町の人たちが大切に守ってきた木を伐るなんて──
まるで、日本昔ばなしに出てくるような話。くだらなすぎる。
「木を伐ってから、湖の様子もどこか変わった気がしてな」
ダンさんが、湖を見ながらぽつりと呟く。
「昔はもっと静かで、でも温かみのある場所だった。今も美しいけれど、どこか寂しさがある……そんな気がしてならないんだ」
「……聖霊は、本当にいたんでしょうか?」
リズの問いに、ダンさんは首を振る。
「本当に聖霊が居たかは誰にも分からん。──ただ、この湖を守ろうとする不思議な気配を、大樹が切られてからは薄くなってしまったが……今も、
どこかに残っている気がするんだ。
子供たちが来ると、風が優しく吹いたり、蝶が集まったり……まるで歓迎しているようでな」
そう言われて私は、さっきのレーヴェの耳に止まった蝶を思い出す。
──たしかに、あの蝶も、ただの虫とは思えなかった。
「ティアナさん!」
その声に顔を上げると、ネロくんだった。
彼は笑顔でこちらに近寄ってくる。
「リズさんにレーヴェさんも来てくれたんだ! ……あれ? エレーネさんは?」
「エレーネは今日は別の仕事があって、連れてきませんでした」
「ネロくん、ありがとうね。ネロくんが連れてきてくれたお友達、みんな一生懸命採取してくれて助かるわ」
リズと話していたネロくんに私がお礼を言うと、照れくさそうに笑った。
「お礼を言うのは俺たちの方だよ。
仕事をくれるだけでもありがたいのに、採取のやり方を教えてくれたりして……みんなすごく喜んでるよ」
その時──
ぐぅぅぅぅ、とお腹が鳴る音が響いた。
「……あ」
ネロくんが顔を真っ赤に染める。
その様子に思わずクスッと笑い、私は言った。
「ありがとう。お腹が鳴るくらい頑張ってくれたんだね。お昼ご飯にしようか?」
「えっ! ティアナさん、ご飯持ってきてくれたの!?」
「うん。みんなの分もあるよ。みんなを呼んできてくれる?」
私の言葉に、目を輝かせ満面の笑みを浮かべた。
「わかった!」
ネロくんは元気よく返事をして、ぱたぱたと駆けていった。
その背中を見送りながら、私は小さく息をついた。
「さぁ、お昼ご飯の準備をしましょう!」
◆
ザワザワ……と、今、私たちの周りには子供たちの元気な声が響いている。
「なんか、すっごくいい匂いがする……」
「えっ! お金ももらえて、ご飯まで貰えるの!?」
そんな声があちこちから聞こえてきて、私は笑顔で応えた。
「みんなが採取を頑張ってくれたからね! いっぱい食べて、午後もがんばろう!」
わいわいと賑やかな声に包まれながら、私とリズ
、それにステラとネロくんも手伝ってくれて、お昼ご飯の準備を進めた。
今日の献立は、野菜たっぷりのあったかスープに、ふわふわの白パン。それに、デザート代わりの果物も少し。
外で食べるにはちょうどいい、あたたかくて優しい食事だ。
「わー! これ、パンにスープつけて食べていいの!?」
「てか、このパンなに!? こんな白くてふわふわなパン、見たことないんだけど!?」
ふふん。よくぞ気づいてくれたわね、少年!
そう。今日用意したのは硬いパンではなく、ふわふわのパン!
私のチートスキル、『錬金術師になろう』特製の【錬金術】スキルを使った、力作だ!
ふわふわなパンを作るのに必要な天然酵母はもちろん、ドライイースト、ベーキングパウダー、片栗粉にグラニュー糖まで……あらゆる素材を、私のスキルで簡単に作れるようになったのだ。
そしてこの1週間、ミーナたちと試行錯誤して、ようやく完成したのがこのふわふわパンなのだ!
マジで、『錬金術師になろう』様々だ。
料理に異常なこだわりを持ってくれた制作陣の皆さま、ありがとうございます──と、心の中で感謝の祈りを捧げた。
「おいしい……! あったかい……!」
「スープ、すごく美味しいね! 野菜たくさん入ってるし、ソーセージまであるよ!?」
「こんな、美味しいご飯、はじめて……っ」
口々に感想を漏らす子供たちの顔が、どれも幸せそうで。その笑顔に私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。




