138.森での採取
本日2回目の更新です。
あの日、みんなにおにぎりを披露してから、早くも一週間が経った。
私はレーヴェとリズと一緒に、クリスディアの町の外れにある森を訪れていた。
「──ステラ!」
「あ! ティアナ様」
私の呼びかけに気づいたステラが、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「採取はどう? 順調?」
「はい! たくさんのアルカ草を見つけました。セージも!子供たちもみんな一生懸命やってくれてます」
そう言いながらステラが後ろを見る。
その視線の先には、何人かの子供たちがいた。
みんな地面にしゃがみこみ、草を探している。
ひとりの男の子が立ち上がると、嬉しそうに声を上げた。
「あっ、あったー! これでアルカ草、4本目だぜ!」
「俺なんて、もう5本も見つけたぞ」
「えー! いいなぁ。わたしはまだ2本だよぅ」
私はそんな子供たちを目を細めて見る。
良かった。競い合いながら、楽しそうに採取してくれていた。
「ステラ、ダンさんはどこですか?」
「奥にある湖のそばにいると思います」
リズの問いに、ステラは答えながら奥へ続く小道を指差した。
(──湖? そんな場所がこの森にあるんだ)
「ダンさんのところに行きましょう」
私の言葉にリズとレーヴェが頷く。
レーヴェが「頑張れよ」と言ってステラの頭を優しく撫でると、私たちは森の奥へと足を進めた。
やがて、木々が作る緑のトンネルを抜けると──目の前に広がる景色に、息を呑んだ。
そこはまるで、絵本の中の世界のようだった。
梢の隙間から射し込む陽光が、金の糸のように湖面を照らしている。
水面は鏡のように滑らかで、光を受けて無数の星がきらめくように輝いていた。
湖の周囲には、色とりどりの花々が咲き誇り、やさしい風に揺れている。
その花の間を、淡い光を纏った蝶たちが舞い踊り、まるで小さな妖精のようだった。
「わぁ……」
思わず、感嘆の声がこぼれる。
それほどに、その場所は美しく──幻想に包まれていた。
私の声に、隣にいたリズも小さく息を呑んだ。
「こんな場所が……森の奥に隠れていたなんて」
レーヴェも、珍しく感嘆の色を浮かべている。
そのとき、湖のほとりに人影が見えた。
大きな背中、分厚い腕、そして手にした木の籠。ダンさんだった。
「ダンさん!」
私が声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返り、笑みを浮かべた。
「おう。ティアナちゃん! エリザベスさん、レーヴェも」
ちなみにダンさんはリズのことを「エリザベス様」と呼んでいたが、子供たちを緊張させないよう「さん」付けで呼んで貰うことにしたのだ。
「わざわざ来てくれたのか」
「うん、採取の様子を見に来たの。みんながどんな風に活動しているかも知りたくて」
「そうか。みんな、ちゃんとやってくれてるよ。ネロが真面目にやってくれそうな友達を選んで、声をかけてくれたみたいだ」
そう言って近くに居た子供たちに視線を投げる。先ほどステラと一緒にいた子たちと同じように、
草を探しながら楽しげに笑う何人かの姿があった。
「あ……っ」
小さな声が聞こえ、横を見るとレーヴェだった。彼の頭からぴょこんと生えた白い耳に、一匹の蝶が止まっている。
「あら、蝶が止まってますね。モテますね、レーヴェ」
「……少し、くすぐったいです」
そう言いつつも、振り払わない優しいレーヴェに、私を含めみんなが思わず笑みをこぼした。
「ここは不思議な場所ね。森の奥にこんな場所があるなんて……」
「ああ、ここはクリスディアの町の者にとって大切な場所だ。湖のほとりにある大樹には聖霊が宿ると言われていたんだ」
そう言われて湖のほとりに視線を移すと、そこには──かつて立派だったであろう大樹があった。
だがその大樹は、無惨にも根元から切られていた。
私はその姿に、胸がきゅっと締めつけられる。
「……どうして、切られてしまったの?」
私の問いに、ダンさんは気まずそうに視線を伏せる。
「──イザベル奥様のせいですね」
思いがけず聞いた懐かしい名前に、驚いて振り向くと、厳しい表情をしたリズがいた。 言われたダンさんは、悔しそうに顔をしかめ、黙って頷く。
木々に囲まれたこの湖──。 今は大樹がなくなったことで、その場所にひときわ強く光が降り注いでいた。
──まさに、それが原因らしい。
リズによれば、クリスティーナが亡くなった次の冬、イザベルが避寒のためにこの地へやって来たという。
……避寒のため? ジルティアーナの記憶では、もともと自分がいた場所とそんなに気候は変わらないはずなんだけど……というか、海に囲まれてる分、むしろクリスディアの方が寒いんじゃないの? と思って尋ねてみたら、まさにその通りだったらしい。
冬には国全体が寒さに包まれるフォレスタ王国。 そんな中で、何を勘違いしたのか、イザベルはこの地を避寒地だと思い込んで訪れた。
『こんな寒いなんて!』
勝手に勘違いしてやって来て、あまりの寒さに激怒。 しかも、クリスディアには海くらいしか娯楽がなく、寒がりのイザベルにとって楽しく過ごせるはずもなかった。
そんな時、彼女の側仕えがこう言ったらしい。
『この町の人々は、近くの森の湖を大切にしているようです。 なんでも、その湖には聖霊が住んでいるという噂で、とても幻想的で美しい場所だとか』
──と。
暇を持て余したイザベルは、その言葉を受けて湖へと向かった。 だが、陽もあまり届かないその場所で、またしても『寒い!』と激怒。 怒りの矛先は側仕えたちへ──そして困り果てた側仕えが、今度はこう言った。
『確かに素敵な場所ですが、この寒さはこの大樹が太陽を遮っているからです。 イザベル様が快適に過ごせるよう、こんな木は切ってしまいましょう』
──と。
「え、阿呆ですか?」
……あ、やば。心の声がポロッと口から出ちゃったかも。




