128.おにぎりの魅力
おにぎりの美味しさに感動するエレーネさん。
その横で、リズは何やら複雑そうな顔をしていた。
「……そんなに美味しいんですか?」
「はい、とても!」
エレーネさんが力強く拳を握りながら答えた。
私は、その間に手を素早く動かした。
──シュッ!
「はい、どうぞ」
出てきたおにぎりを受け止め、リズにずずいと差し出した。
リズはじっとおにぎりを見つめた。
私とエレーネさんは、その様子を見守る。
少し警戒しているけれど、私たちの期待に押されるように、ゆっくりと手を伸ばした。
「……では、いただきます」
ひと口、かじる。
もぐもぐ……ごくん。
「…………」
リズの表情が変わった。
さっきまでの警戒心はどこへやら、目を大きく見開く。
「おいしい……っ」
エレーネさんと同じように、驚きと感動の声をあげた。
「最初は味が薄いように思いましたが、噛むほどほんのり甘みを感じますね。あ、これは……魚ですか?」
ふふふ、気付いたようだ。
リズがかじったおにぎりをまじまじと見つめる。それを見て、エレーネさんもおにぎりを覗く。
「なっ! なんですか、これ!? 何か中に入ってますけど!」
驚いて叫ぶエレーネさんの横で、リズは無言でもう一口食べる。
もぐもぐ……ごくんっ。
「中の魚は、脂がのっていてジューシーな味わいですね。少し味が濃いようですが、このおにぎりのお米? と一緒に食べると、とても美味しいですね!」
「でしょ? この白いのは、お米を炊いた、『ごはん』っていうの。ふっくらとしたごはんに魚……『鮭』っていう種類のお魚がよく合うでしょ?」
そう、リズに渡したおにぎりは、ただのおにぎりじゃない。おにぎり(鮭)だったのだ!
「ちょっと待って下さい! 鮭ってなんですか? 私のには入ってませんでした! エリザベス様だけズルいです!」
必死に訴えるエレーネさん。
まあ、そうなることは、予想済みよ。
「大丈夫、エレーネさんにもう一つあるわよ」
私はにっこり笑いながら、新たなおにぎりをエレーネさんに手渡した。
「えっ、本当ですか!? やったぁ!」
エレーネさんは目を輝かせながら、おにぎりを受け取る。そして、一口かじると──
「……!? こ、これ……さっきのと全然違います!」
「ふふ、それはおにぎり(ツナマヨ)よ。ツナっていう魚をほぐして、マヨネーズと和えたものが入ってるの」
「つなマヨ?」
エレーネさんは不思議そうに首を傾げながら、もう一口頬張った。
もぐもぐ……ごくんっ。
「うぅ~~っ! これ、すごく美味しいです!! さっきの塩むすびも美味しかったけど、こっちは……まろやかで、マヨネーズが濃厚で……!」
「でしょ? 魚の旨みとマヨネーズのコクが合わさって、クセになる味なのよ」
「すごい……っ! おにぎりって、色々な種類があるんですね……!」
エレーネさんは感動しながら、おにぎりをしっかりと両手で持ち、あっという間に完食した。
「ああ……美味しかったぁ」
満足げにお腹を撫でるエレーネさん。それにリズも同意するように頷いた。
「ええ、本当においしかったです。
ただ、手掴みで食べるスタイルが、貴族には馴染みがないかもしれませんが、平民には逆に便利でしょうね。カトラリーなしで食べられるのは、日帰りの冒険者にも向いてるかもしれません」
おお、なるほどー。
そのアイデアは、使えそう! と心の中でメモを取った。
「それにしても【錬金術】ってすごいんですね! 異世界の食べ物をぽんぽん出せるとは思いませんでした!」
「……【錬金術】では、こんなことできないわよ」
リズがじとーとした目で私を見てくる。
「普通は、ですけど。作ることはともかく……ティアナ様、さっきおにぎりをステータスから取り出していましたよね?」
思わず視線を逸らす。
でも、隠しても仕方ないので、今起きたことと気づいたことを説明した。
「げぇむ……ですか?」
やっぱり説明するのは難しく、エレーネさんは不思議そうな顔をしていた。一方、リズは真剣な表情だ。
「色々と検証すべきことはありそうですが、とりあえず、分かりました。ただ……」
リズの表情が曇る。
どうしたんだろう、と思っていると──
「おにぎりは無限に出せるわけではないですよね? あんなに食べたがっていたお米だったのに、私がいただいてしまって良かったのでしょうか?」
気まずそうに聞いてくるリズ。
エレーネさんも焦った様子で「私は2個も食べちゃいました……っ」と小さく呟いた。
私は笑顔で答える。
「そんなに気にしないで。まだ、おにぎりは300個くらいあるから」
「さんびゃっ……!?」
エレーネさんとリズが、揃って目を見開いた。
「それにね……」
私はアイテム一覧を開き、あるものを取り出してふたりの前に置く。
「……これは?」
「……草?」
やっぱり、知らないみたいね。
私は優しく微笑みながら、そっと教えた。
「これは“稲”よ。この穂の中に、お米が入ってるの。
これがあれば──お米が作れるわ」




