111.兵士の仕事
シン、と静まり返った部屋に薄い壁が風に煽られカタカタと鳴る音が妙に大きく聞こえた。リズがお茶をひと口飲み静かに言う。
「クリスディア領は元々、ジルティアーナ様のお祖母様である聖女・クリスティーナ様のもの。現在は我が主、ジルティアーナ様のものです。マニュール家はそのお二人の代理で領の管理してたに過ぎません」
「え、そうなのか?」
まさかの、知らなかったらしい。
でも仕方ない事なのかな。日本の知事みたいに選挙がある訳でもなく、テレビやネットがある訳でもないのだから。
直接領主に関わる事がまず無い平民にとっては王侯貴族が勝手に決めてる事で、領主が誰かなんてあまり関係ない事なのだろう。
「代理の······しかも領主代理ではなく、ただの息子の分際でクリスディア領を乱すことは許されません。
マニュール家の調査がはじまったばかりなので、どういった処分になるか解りません。ですが息子のゴルベーザと監督責任を怠った父親である領主代理には何かしら処罰が下されます。ロベールさんへの補償はもちろん、望まれるなら謝罪もさせます」
淡々と話すリズだが、うっかり『分際』なんて言っちゃってるように昨日からかなり怒っていた。
以前にもリズが教えてくれたようにクリスディアは元々30年程前までは貧しい村だったが、それをクリスティーナが救済し、自然豊かな街に発展したという。
そしてクリスティーナが亡くなる数年前、クリスティーナが自分で管理する事が難しくなってからは、跡継ぎであるジルティアーナがまだ幼かった為にクリスティーナの部下だったスティーブの養子となっていた現マニュール家当主が代理を勤める事になったのだ。
「クリスティーナ様から信頼されクリスディア
を任されたはずなのに、どうしてこんな事になっているのでしょうか?」
そうスティーブに詰め寄りマニュール家に乗り込む勢いだったが、そのまま突撃させたらとんでもない事になりそうだと私とエレーネさんで必死に止めた。
そんな中、改めて私は引っかかっていた事を聞いた。ロベールさんは町を守る為、兵士の仕事中に負傷した。それも脚を失うという、重度の後遺症が残ってしまった。
2年前の事件はゴルベーザが酷すぎる。賠償をマニュール家にさせるべきだと思う。リズ達も同じ意見だ。
でも、もしもゴルベーザの事がなく、普通に兵士が怪我をしてた場合は? もしも、魔獣に⋯⋯殺されてしまった場合でも恩給とかないの?
町を守ってくれる兵士に何も補償が無いなんて。元日本人である私には信じられないことだった。
冒険者はハイリスクハイリターンだ。
危険な仕事が多く、成果が無ければ金は貰えない。だがその分強い魔獣を討伐したり、貴重な素材を入手できれば一獲千金を狙える。
兵士の主な仕事は町内外の警備と魔獣の討伐。冒険者よりはマシだが危険を伴う為、平均よりは多めの給金が毎月貰える。
て、兵士のメリット少なくない? 命懸けで魔獣と戦うのに多め程度の給金なの?
と思ったが、この世界で雇われ労働者は雇い主の一存で突然クビになったり、雇用側の経営が苦しくなると給金が遅れたり貰えない事がよくあるので、毎月給金が出るだけでも凄いことのようだ。ちなみにそういった職場には、もちろん退職金も失業手当なんてない。なに、そのブラック企業! ⋯⋯企業ではないけれど。
なので戦闘スキルを持つ者は、腕に自信があり高ランクになれそうな者は冒険者に。低ランクのままで終わりそうな者や冒険者になる前の修行に兵士になる者が多く、ロベールさんのように高ランクだった冒険者が兵士になるのは、かなり稀なことだという。
⋯⋯うん、そりゃそうだよね。
ロベールさんも本当は稼ぎの多い冒険者を続けたかったが、奥さんを亡くした為に子供達の世話をひとりでしなければならず、やむを得ず冒険者を引退。その後もルトがある程度大きくなったので働く事にしたが、冒険者だと何日も家を空けないといけなくなるので、安定した兵士の仕事に就いたという。
兵士の仕事は危険ではあるが、ダンさんとロベールさんはBランク冒険者パーティーだったので、兵士の仕事くらいで大怪我をする事は無いだろうと思われていたが⋯⋯この結果である。
そして、そんな話をした事で私は不安要素に気付いた。
「今の町の警備とかって大丈夫なの? 優秀なロベールさんが大怪我をして辞めさせられたなんて、兵士達の士気を下げたと思うんだけど。何より助けてあげた町の権力者から、感謝されるどころか不当な扱いを受けるなんて⋯⋯。私が兵士の奥さんなら、もう貴族と関わる仕事はしないで。って、転職させるわ」
ブラック企業あるある。優秀な人がどんどん辞めていき、残った人に負担が増えて、更にブラックな職場と化す。
そんな事が、この町に起こってない?
私のそんな疑問にで青ざめたのはスティーブだ。
スティーブは2年前の事件の調査や、クリスディア領とマニュール家の現状を確認する為に急いでマニュール家へ戻り、その日は屋敷へ戻る事はなかった。




