110.2年前の事件
渡したのは30万ペル。クリスディアの宿が1泊5000ペルくらいなので5000✕30日で15万ペル。生活費は家族4人で10万ペルあれば平均的な暮らしができるというので、余裕をもたせて15万ペルという計算だ。
「どうして······。なんで、こんな事をしてくださるのですか?」
当然の疑問だろう。私とリズは顔を見合せると、リズが言った。
「昨日の事を、ジルティアーナ様にご報告致しました」
2人の顔が青ざめる。ダンさんが「ネロの処罰は······」と小さく呟いたので、誤解させてしまった事に気付き私は慌てて補足する。
「ジルティアーナ様に報告したのはネロくんがした事じゃなく、ロベールさんの事です。
ダンさん達から聞いた話しを。脚を失ってしまった時の事や、今のロベールさん達家族の現状を伝えました」
反射的にロベールさんがダンさんを見た。ダンさんは頭を掻き少し気まずそうにした。
私は、昨日ダンさん達から聞いた事を回顧する──。
兵士の仕事中に魔獣に襲われ脚を失ったというロベールさん。だが詳細を聞くと驚くべき事が分かった。
2年程前──クリスディアの町の近くに魔獣が現れた。高ランクだった為、苦戦したもののロベールさんを中心に兵士達は連携し、魔獣を弱らせる事に成功した。後はトドメを指すだけだ。そう思われた時、ひとりの貴族が現れたという。
「よく頑張ってくれた! あとは私に任せてくれ」と。いや、もうほぼ終わりましたので来てくれなくて結構です。と現場にいたもの達は思ったが、中級貴族の息子であるそのお貴族様はお構い無しにズカズカと魔獣の近く迄やってきて「私の剣技をみせてやろう。みてろよ皆······」と魔獣から目を離し振り返ったその時、魔獣が最後の力を振り絞るかのように反撃をしてきた。
魔獣の口から放たれた炎ブレス。貴族にあわや直撃すると思われた時、ロベールさんが身を挺して庇い突き飛ばしたおかげで、その貴族は突き飛ばされた時の擦り傷だけの軽症ですんだ。
だが、ロベールさんは······右脚にブレスを受け、大火傷を負い切断を余儀無くされてしまったという。
その後──ロベールさんは傷も治りきっていない状態で、貴族の屋敷に呼び出されそこの使用人に言われたらしい。
『今回、公子様はお前に突き飛ばされた事で負傷されたが、特別に兵士の職を辞すだけで許してくださる事になった。寛大な処遇に感謝するように』
目の前に座る、そのバ······失礼。公子の腕は擦り傷だけだったはずなのに、痛々しい包帯が巻かれ肩から吊るされて居たという。
そこまで説明するとダンさんは、ガンッ!と壊れそう勢いでグラスをテーブルを叩きつけた。
「俺はそんな話しを聞いただけで、腸が煮えくり返る程悔しかったっ! 本当はマニュール家に乗り込んでやりたかったが······っ」
「そんな事をしたらお父さんだけでなく、私達も······。それに、せっかく命が助かったロベールおじさんだって改めて処罰される可能性が高いって、私が無理矢理止めたんです」
「ロベールが身を挺してまで庇ったのは、あの馬鹿息······じゃなくて公子様の為ではなく、自分の家族や仲間の兵士を守る為だったんだよ。もしあのまま公子様が死んでたら公子様の護衛は勿論のこと、兵士達が処罰されたはずだからね」
──そんな話しを聞かされたのだった。
「ジルティアーナ様は、ロベールさんが怪我をされた時の事。そして何よりもその後の対応にとても怒り、心を傷められてます」
「本当、ですか······?」
「ロベールさん。脚の事はもちろんですが、怪我をされた時の対応も、その後の生活についても······ロベールさんだけでなくネロくんとルトくんにも辛い思いをさせてしまい、申し訳ございません」
謝罪したところで、失ってしまった脚が治る訳じゃない。職も無くスラム街で過ごさせてしまった2年間を取り戻せるでもない。特にまだ子供のネロとルトへの影響は計り知れない。その事が口惜しく、私は手を強く握りしめた。
リズがロベールさんに、告げる。
「マニュール家の事については、どういった事があったのかこちらの方で改めて調べさせています」
──そう、ダンさん達の話しを聞いて驚いた事。とんでもない事をしてくれた貴族の馬鹿息子は、ジルティアーナの代わりに領主代行を務めるマニュール家の者だったのだ。
私たちは昨日、ダンさんの食堂から帰宅した後、マニュール家の前当主だった執事長のスティーブ・マニュールと話しをした。
スティーブには子供が居らず、マニュール家の現当主はスティーブの弟の息子······つまりは甥を養子にして跡継ぎにしていた。今回の事はその子供、スティーブにとっては又甥であり、義理の孫であるゴルベーザ・マニュールが起こした事件だったのだ。
「昨日の今日の事なので、2年前にあった事をまだ把握しきれてません。ただ、ダンさんたちが話してくれた事があった事は間違いないと分かりました。
金銭的補償などは、また改めてさせて頂きます。ちゃんとした家もご用意します。が、出来ればなるべく早く、新しい家が見つかるまでの間は宿に移ってほしいです。この家は、子供の住む環境じゃありません」
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