108.裏路地へ
───翌日。
私は朝、厨房である事を済ませてからリズとレーヴェの2人を連れてまたクリスディアの街に来ていた。市場の外れで目的の人物を見つけ声をかけた。
「おはよう、ダンさん」
「ティアナ様、おはようございます。······昨日は酔っていたとはいえ失礼な事を色々言ってしまい申し訳ございませんでした!」
そう頭を下げられ、慌てて止める。
「せっかく仲良くなれたと思ったのに、そんな風に言われると寂しいんだけど。クリスディアの町へはお忍びできてるから、平民のつもりで普通に接して欲しいです」
「······。そう仰る······いや、そう言ってくれるならそうしよう。じゃあ行こうか、ティアナちゃん」
私の思いを分かってくれたようで、昨日のような気安い雰囲気に戻し、ダンさんは先導し歩き出した。
住宅街へ入ると昨日とは逆方向へどんどん進み、ある路地裏の小さな階段の前で足を止めた。
「ここからは、スラム街だ。治安が悪く何があるか分からないから気をつけてくれ。レーヴェ、ティアナちゃんを頼むぞ」
昨日ダンさんにお願いしたこと───ネロくん達が住んでるというスラム街に連れて来てもらったのだ。ダンさんが今も言ったように、危険を伴うから戦力にならない人は少ない方がいいと、今日はエレーネさんとステラは連れてこなかった。
私たちにとって一番地味な服装もスラム街では目立ち過ぎるとも言われたので、私たちは頭から全身を覆うマントを着用している。
「じゃ、行くぞ」
再び歩き始めたダンさんを追う。階段を下りると空気が変わった。
裏道の為ただでさえ狭い道に、物が乱雑に置かれていてゴミもそこら中に落ちている。建物が密集してて道には太陽も当たりずらそうなのに、上に洗濯物が干されているので生乾きのような嫌な臭いもする。道の端に座り込んでいる人が居たが、痩せ細り薄汚れていて目に光はなかった。
小さい子供もいた。まだ幼いのに、近くに親らしき人は居ない。······その子を見て昨日ミーナが『ネロ達はまだマシな方』と言った理由がよく分かった。
ネロくんたちは痩せてはいたが、健康には問題なさそうだった。服に継ぎはぎもあったが不衛生でもなかった。
でも今、目の前に居る子供は······手足は枝のように細いのに不自然にお腹だけがぽっこりしてる。服は継ぎはぎさえもされずに所々破れてるし、お風呂にも入っていないのか髪はボサボサだ。
そんな光景を横目に、舗装もされていない道に時々足を取られながらも暫く進むと、ダンさんが止まった。
「あれが、ネロ達の家だ」
そこには台風でもくれば吹き飛んでしまいそうな、家というより小屋のような建物があった。ダンさんを先頭に近寄ると揉める様な声が中から聞こえてきた。
その声に反応したのか、ダンさんが足早にドアに向かい勢いよく開けた。
「どうした!? なんかあったのか······って、うわ!!」
「うわぁ! ······て、ダン!」
中にいた人がちょうど外に出ようとしてたのか、ダンさんがドアを引いたせいで飛び出てきた。その人は倒れそうになったが、ダンさんが受け止めたので無事だったようだ。
「危ねぇな。ロベール、そんなに慌ててどうしたんだよ、何かあったのか?」
「ちょうど今、お前のところに行こうとしてたんだよ! 」
出てきたのはネロくん達のお父さんであるロベールさんだったらしい。ロベールさんはネロくんと同じ青髪だ。そして思わず見てしまった脚は······右脚だけ不自然に揺れていて、膝下辺りでスボンを結び邪魔にならないようにしている。左手には簡素な杖を持っていた。
「俺のところに? どうかしたのか?」
「さっきネロが昨日した事を聞いたんだよ。まさかネロがスリをするなんて······っ! しかも相手は貴族だって言うじゃねぇか。ルトはダン達が解決してくれたから大丈夫って言うけど、相手が貴族じゃそんな訳ないだろ?」
「······ああー、うん。それならまぁ、大丈夫だ」
「ハァ? お貴族様の物を盗んで大丈夫な訳がないだろ! ······殺されたって、文句は言えねぇ」
どうやら昨日の事が原因だったらしい。ロベールさんが外出する前に来れて良かったと思いながら、リズと共にダンさんの横から中を覗くとルトくんと目があった。
「あ! 昨日のお姉さんたち」
「こんにちは、ルトくん。今日はね、ルトくんにプレゼント持ってきたの。一日遅れだけど、改めて誕生日おめでとう」
私の言葉に合わせリズが出してくれたのは、ナポルケーキ。
以前ルセルの町で、マイカちゃんと一緒に作ったナポルケーキを今朝、焼いてきたのだ。
「これ、なぁに? すごいおいしそうな匂いがする」
「ナポルケーキだよ。私が作ったんだけど、食べてくれる?」
「ケーキ!? ティアナちゃんケーキまで作れるのか、スゲェな······」
そんな話しをしてると、ロベールさんが私に聞いてきた。
「えっと······どちらさま?」




