105.ネロの後悔
「うぅ······ッ······ごめ、ごめんなさいっ! オレが悪いんです。どうか、怒るならオレひとりにして下さい! 父ちゃんもルトもダンおじさんも関係ありません······っ」
さっきからずっと泣いてたネロくんだったが、我慢しきれなくなったようで大声を出して泣き出した。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。そんな顔を手と腕を使って拭いながら必死に謝り、大切な人を守ろうとしていた。
「だから、さっき言ったでしょ。貴方は大丈夫です。今回のことはジルティアーナ様からお預かりした大切なお金を失くしたエレーネの責任です。罰はエレーネに受けてもらいます」
「······っ! ダメです、オレのせいなんです! オレが盗んだから······。ごめんなさい、ごめんなさい! こんな大変な事になるなんて思わなかった。お姉さん、本当にごめんなさい······っ」
ずっとリズに弁解と謝罪を繰り返したネロくんが、最後にはエレーネさんに向かって頭を下げた。その後ろにはそんな様子をみていたアンナまで、静かに泣いてるのが見える。
おそらく私と同じことを思ったのであろうエレーネさんが私を見てきたので頷いた。それを確認したエレーネさんはネロくんの前にしゃがみ顔を覗いた。
「お金を盗んだりすると取られた人が困るだけじゃなくて、こんな風に大変な事になる事もあるの。今回は私も貴方も大丈夫だけど、それは運が良かっただけ。軽率な行動が自分だけでなく、家族をはじめとした大切な人を巻き込んでしまう事もありえるのよ」
涙を溜めた真剣な目でエレーネさんを見つめるネロくん。思いは伝わっただろう。「もうこんな事しちゃダメよ」とエレーネさんがハンカチでネロくんの顔を拭いてあげる。
そんな様子を見ていたアンナが視線を動かし私を捕らえたので微笑み伝える。
「大丈夫よ。処分はもちろん、エレーネをクビにしたりしないし、ダンさんとネロくんに鞭打ちもないから」
「本当に? よかったぁ······って、申し訳ございません!」
アンナは思わず出てしまったと思われる貴族対応ではない言葉遣いに慌てた様子で口を押さえた。それに対してエレーネさんが言う。
「アンナ、心配しないで大丈夫よ。ティアナ様はもちろん、エリザベス様が怒ってたのも全部演技だから」
「······え?」
意味が分からない。という顔でアンナがエレーネさんとリズを交互に見やる。
「ネロさんが自分がした事の重大さを理解してない事に腹が立って、ちょっと意地悪しちゃいました。アンナさんとダンさんまでを恐がらせるつもりは無かったのですが······ごめんなさいね」
てへぺろ。と聞こえそうな笑顔でリズが言うと、アンナはペタンとその場に座り込んでしまった。エレーネさんが駆け寄り手を差し伸べたところで、再び裏口のドアが開いた。出てきたのはミーナだ。後ろにはオレンジ頭の少年、ルトくんもいる。
「ミーナ! 店はどうしたんだ?」
「閉店して帰ってもらったさ! お客さんには悪いが営業なんてしてる場合じゃないだろ?」
ダンさんの問いに答えながらミーナはネロくんを見つけると眉を釣り上げた。
「 ネロ!! お姉さん達にちゃんと謝ったのかい!?」
ミーナの勢いにネロくんがコクコクと頷く。思わず私も「ちゃんと謝ってもらったよ」と伝えるべく、同じくコクコクと頷いた。
それを見たミーナは、頭痛を紛らわすように額に手をやると「はぁぁぁ」と大きく息を吐いたあと、私たちに教えてくれた。
「ティアナ様、エリザベス様。そしてエレーネさん。ネロが本当にごめん! 言い訳にしかならないけど、今日はルトの誕生日だから······ネロは兄貴としてかっこいいところを見せたくてこんな事をしたみたいなんだよ」
「おねえさんたち······ごめんなさい! 兄ちゃんは悪くないんだ。ぼくが、ダンおじさんの美味しいご飯をもっと色々食べてみたい。って言ったからそれを叶えてくれたの。そんな事を言ったぼくが悪いんだ」
ミーナの後ろから顔を出したルトくんが、頭をぺこんと下げて勢いよく言った。それを聞いたダンさんは泣きそうな顔で「なんだよそれ、それなら俺に言ってくれれば······」と呟いたが、私は解った気がする。たぶん······そうじゃないんだ。
「ネロくん」
私が呼ぶと、ネロくんがビクリッと身体を揺らしてこちらをみた。
「ルトくんにご飯をたくさん·····ダンおじさんの好意に頼るんじゃなくて、自分のお金でたくさんご飯を食べさせてあげたかったんだね」
「······っ、······うん」
良かった。ただの非行少年じゃなく、弟思いのお兄ちゃんだったんだ。······もちろんやった事は許されないけど。
でも弟の為に一生懸命だったことは、これからも大切にしてほしい。
そう思いながら「ネロくんは優しいね」と言うと、また涙が溢れ出してしまったネロくんの頭を撫でた。
エレーネがアンナに対してタメ口になっているのは、出会ってから1週間、厨房で毎日会ってた2人は仲良くなり、タメ口・呼び捨ての関係になりました。ちなみにミーナに、対してはだいぶ年上なので、エレーネは丁寧な口調で話してます。




