104.ネロがしたこと
とりあえず店先では営業妨害になる。とのことでミーナは食堂の仕事に戻り、青髪の少年とマッチョも含め、皆で店の裏口に移動した。それと同時に裏口のドアが開く。
現れたのはアンナだった。慌てた様子でこちらまで来ると勢いよく頭を下げた。
「大変申し訳ございません! 母からこの子······ネロがエレーネさんの財布を盗んだと聞きました。図々しいお願いだとは重々承知しておりますが······どうか、鞭打ち等でお許し頂けないでしょうか?」
アンナは頭を下げ続け、その身体は震えていた。そんなアンナをみて、青髪の少年───ネロくんが動揺した。
「アンナ姉ちゃん······何言ってんだよ。俺、鞭打ちなんて嫌だよ······」
「アンナ······? まさか、このお嬢さん達は······」
ネロくんの言葉を遮るようにマッチョが言ったが、それも途中で止まった。アンナは身体を折ったまま、少し顔をあげる。
「今、私とお母さんがお世話になってるヴィリスアーズ家のジルティアーナ様の······侍女様方です」
「んなっ!」
「じじょさま? じじょって何だ? ······もしかして、使用人ってこと? メイドや料理人ってことか??」
マッチョが驚きの声をあげ、ネロくんは侍女の意味が解ってないらしく不思議そうな顔をしていると、マッチョがガシリとネロくんの後頭部を鷲掴みにして頭を下げさせたと思うと、自分も勢いよく頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした!!」
「ダンおじさんっ! 何すんだよ。痛えよっ」
「バカヤロウ!! 侍女っていうのはな、雑用をするメイドよりも格上のご主人様達に直接お仕えする方だ。しかもヴィリスアーズ家は上級貴族。この方達も······お貴族様だ」
無理やり頭を下げさせられ文句を言ってたネロくんだったが、マッチョから貴族だと知らされ顔色を失くした。
「······お、オレそんなつもりじゃあ······ごめんなさいっ! 謝るから許して下さい!」
自ら頭を深く下げたと思うと、声を震わせる。
「オレ······あんた達が貴族様だとは知らなくて······」
うーん、貴族相手じゃなかったらスリして良い訳じゃ無いんだけど。何だかなぁと思っていると、リズが私の前に立った。
「大丈夫ですよ。貴方が財布を盗んだエレーネはジルティアーナ様ではなく、私の専属なので貴族でもなく平民です」
エレーネさんに目をやり、にこやかに言った。それを聞き、ぽかんとした後「じゃあ······っ」と嬉しそうな顔をしたが、リズは無視して続けた。
「エレーネが持ってたお金はジルティアーナ様からお預かりした物でした。それを盗まれてしまうなんて······見つかったとはいえとんでもない事だわ。お使いもまともに出来ないなんて、もうお前なんていらないわね」
エレーネさんに冷ややかな視線を送る。おおう、美人なリズがやると迫力があった。声を張り上げるわけでもなく淡々と話すのが逆に怖い。するとエレーネさんが「そんなぁぁぁ!」と大袈裟な声を上げてリズの前に回り込んだ。
「お願いします! 私には飲んだくれの父と病気の母とギャンブラーな兄がいるのです。どうかクビにはしないでくださいませぇ!! ぴえーん」
と、泣いてるような声を出しているがリズ越しに見えるエレーネさんの顔は全然泣いてなかった。······病気の母はいいけど、飲んだくれの父とギャンブラーな兄って必要?
リズの完璧な演技に対して、エレーネさんの大根っぷりが気になったが、ネロくんには効果はバツグンだ!
だったようで先程のように顔色を失くした。
「ジルティアーナ様にもこの事はご報告しなければならないわね。鞭打ちくらいでジルティアーナ様が許して下さればいいけど、もしかしたら······お前だけでなくその両親と兄も処分しなければならないかもしれないわね」
────っ!!
追い討ちをかけるように言われた事にハッとさせられた。そうだった、口答えをしたなんて私からしたら実にくだらない理由で殺されてしまったという······マリーのお父さん。
口答えだけで処刑されるのに盗みなんてしたら······ジルティアーナの記憶をみてみると、平民が貴族から盗みをした場合は、手を切り落とすのが一般的らしい。ちなみに詐欺師は舌を切られたりする。ひぇぇっ、どっかで聞いたような話だ。
だから、アンナが言った「鞭打ち」は軽い処罰。重い処罰ならば······本人が殺されるだけでは済まず家族まで殺される場合もあるのだと気付いた。
そして、それはネロくんも同じだったようだ。
「ごめんなさい······オレ······。オレ、どうすれば······っ!」
それ以上は泣き出し、言えなくなってしまった。するとマッチョがネロを庇うように前に出て、また頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。どうか寛大な処分にして頂けないでしょうか。鞭打ちになるなら······俺も、一緒に受けます。なので、どうか! お許しくださいっ」
やばいぞ。お貴族様に脅えて正常な判断が出来ていないのかエレーネさんの大根演技が、まさかのマッチョとアンナにも効果バツグンだったようだ。マッチョの自分が鞭打ち受ける発言にアンナは心配そうに「お父さん······っ!」と悲痛な声を上げた。
それにしても演技を信じてのマッチョのこの発言。やっぱりアンナのお父さんだったらしいマッチョ······もといダンさんに私は疑問をぶつけた。
「あの······ネロ達は、ダンさんのお子さんではないですよね? なのになんで鞭打ちを受けてまで庇おうとするんですか?」
急に聞かれダンさんは戸惑った様子だったが、隣のネロくんの頭にやさしく手を置くと、ゆっくり話し始めた。
「俺は、若い時は冒険者をしてました。ネロの父親のロベールはその時の仲間だったんです。パーティーを解散後にロベールはクリスディアの兵士になったのですが、2年程前にその仕事中に魔獣に襲われて脚を失ってしまいました」
脚を失うなんて誰でも大変な事だ。それがよりによって兵士が······。やり切れない気持ちになった。ダンさんも悔しそうに唇をかみしめたあと、続けた。
「当然、脚を失った奴に兵士の仕事なんて出来るわけがありません。しかもアイツの嫁さんは、ネロの弟······ルトを産んで死んじまった······ッ!
ロベールは言ってたんだよ。『俺が沢山稼いで、嫁がしたかった分までネロとルトを幸せにする』て、だから冒険者をやめて安定した兵士になったはずなのにっ! 嫁さんだけじゃなく、脚と仕事まで失っちまったんだ······っ」
それを横で聞いていたネロくんが嗚咽した。ダンさんは感情が高ぶったせいで、言葉が乱れたようだったようで、我に返ると「失礼な言葉を使ってすみません」と大きな身体を縮こませた。




