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『信長の懐刀』 ~名武将は高校生~  作者: たらい舟
下天
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夢の跡

<天正十年(1582年)六月二日 山城国 京 本能寺>



 ウワアアアアッアアアッ!


 夜明けを迎える直前の寝静まった京の都。本能寺に突如大きな叫び声が響いた。

 歴史を知る者が止めようと努力の甲斐もなく、その日は繰り返されてしまった。


「蘭丸!! どの軍勢かっ!?」

「桔梗の紋! 恐らく明智光秀の手の者かと!!」

「ぬぅ! 『(きじ)』の言う通りになったと言うか!?」

「……」


 憤怒の形相を見せた主君の怒気に、寵愛を受ける小姓は顔を(そむ)けた。


_____________


 『天下人』正二位織田左大臣(さだいじん)信長は半年前、『雉』と呼び自らの『懐刀(ふところがたな)』として重用してきた勇将羽原(はばら)多喜二(たきじ)に『蟄居(ちっきょ)』を命じた。天下取りがもう目の前といった中でのその行動に多くの者は首を(ひね)らせた。「二心あり」と疑われたか、「毛利と通じている」と噂された為か、など憶測が飛び交った。


 真の理由は、織田軍の中枢を取り仕切る明智光秀による「信長への謀反の可能性」を何度となく進言した為であった。


 信長は最初のうちは「何を馬鹿なことを」と笑った。だが、多喜二からのその忠告の回数が増すごとに、更に日を重ねる度に強い口調となるその態度を(うと)ましく思い始めた。「しつこく讒言(ざんげん)する者」「明智殿の地位を狙っている者」と多喜二を揶揄する者も出始めた。

 

 「最後の言葉」と信長に直訴を願い出た羽原多喜二。だが門前払いを喰らったが為に信長の元を去り、預かっていた越前金ヶ﨑城を辞し、立身出世の始まりの地であった清州の町へと引きこもってしまっていたのだ。


__________________



「『雉』の言う通りであったか…… まさかあの光秀が謀反とは……」

「恐らく……」

「だが、是非も無し!」


 気迫を(みな)らせた信長は眉間に皺を寄せた。


「蘭丸! 弓を持てィッ! 一人でも多くあの世への道連れとしてくれるわッ!!」

「ははっ!」


 龍の叫びの如き語気に近習が多く立ち竦む中、小姓の蘭丸は奥の間から信長に(うやうや)しく名匠作である飾り強弓を差し出した。


「うむ! ゆくぞッ!!! …… ん?」


 弓を引こうとした信長。だが弓に細工が施されているのが目に入った。持ち手の一部に小さな「雉の絵が描いてある文」が結わえられていたのだ。


「この弓、『雉』の奴からの贈り物であったな。…… 何じゃ? この文は……」


 (いぶか)しんだ信長は急ぎその文を解き読み始めた。


「…… はは」

「殿!?」

左府(さふ)様?!!」

「ふふふ…… ハハハッ ……」


 ワッハッハ!


 逃げ場のない絶体絶命の中、主君が大笑いするのを皆が凝視した。

 

「まさかまさか、か。ここまで読めているとはな。『雉』の奴め」


 にやりと笑った信長は一矢も撃たずに弓を落とした。そして踵を返し奥の間へと歩みを進めたのだった……

 

____________


<天正十年(1582年)六月 尾張国 春日井郡 清洲 村>

 


「…… その後、信長様は矢尽き刀折れ、『敦盛(あつもり)』を踊って自刃する……」

「『人間五十年、下天のうちに……』ってやつね。でも、そうはならないんでしょ? 先輩?」

「はは、その言い方懐かしいな。琴美」

「今日は何だか、そう呼びたくて」


 粗末な家屋の書斎で、妻である琴美の顔を見て羽原多喜二は微笑んだ。

 既に多喜二は蟄居を命じられる前に、「懐刀」としてやるべきことは全てやり終えていた。


「先輩の思った通りになるかな?」

「弓に文を括りつける細工。密かに本能寺の奥の間から抜け道となる『地下道』を掘る工事。出口に忍びを潜ませて信長様を逃がす策。他の人への文…… どうだろうな。()()()()かな」

「半分半分?」

「そう」


 羽原多喜二は目を閉じ静かに頷いた。


「信長様が俺の策を受け入れて、逃げる道が一つ。もう一つの道は」

「もう一つは?」

「…… 『宿命(さだめ)』として死を受け入れて『敦盛』を踊ること。『雉の手は借りん!』とか言いそうじゃない?」

「あー、そうですね。信長様ならそう言うかも」


 互いに四十を越える齢を重ねた二人。十数年前に夫婦となり二男二女と子宝に恵まれていた。

 墨俣の一夜城、姉川の戦い、前世の知識を生かして功を為し、城を任されるまで出世した多喜二であったが、この世に未練はなかった。


「今川義元様に『生きよ』と言われて進んできた道。どうだったろう?」

「…… 頑張ったんじゃないですか? これで終わりかもしれないですけど」

「そうだね。信長様が討たれて、家臣だった俺を討ちにくる者がいるかもしれない。もしくは『猿』が前世通り活躍して『山崎の戦い』に駆り出されるかもしれない。『小牧・長久手の戦い』へと天下を決める戦いが続くかもしれない……」

「あの徳川家康…… 『狸』に手を貸すのはまっぴらですね。先輩なら『犬』さんと『猿』さんと手を結んで戦うんじゃないですか? だって『雉』なんでしょ?」

「…… もう俺を『雉』と呼ぶ方は生きていないかもなあ」


 憶測が憶測を呼ぶ。多喜二の頭の中には「畑仕事を頑張るか」「もういっそ佐渡などに渡って静かに暮らすか」「海を渡って別の国で生きようか」、など思いが錯綜していた。


「ととさまー、かかさまー」

「何か、人がきたよー」


 そう言うと多喜二と琴美の愛娘と愛息子がトトトと二人に駆け寄ってきた。


「さて、行こうかな。琴美ちゃん」

「はい。先輩」

 

 手をギュッと固く結び合った二人は見つめ合い幸せそうに微笑むと、共に静かに立ち上がった。


 

宙ぶらりんで終わってしまっていた作品。もう少し中心となる内容を膨らませる予定でしたが力が足りず、ご期待に添えず申し訳ありません。


しっかりと終わらせようと終末だけを描かせて頂きました。

その後は…… 


お読み頂きありがとうございました<(_ _)>

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