第七話 ~猿~
<永禄3年(1560年)五月二十日 尾張国 春日井郡 清州城 城下町>
「どうじゃ! 栄えておるじゃろ!」
「ええ。本当に」
米屋や酒屋、着物屋、木材問屋、炭屋などが立ち並び、市には野菜やら掘り出し物やらが並んでいる。人も多く言葉もそれ以上に多い。「城主様が、あの今川義元に勝った」という噂で持ち切りなのだろう。大盛況だ。
昨日着いたのは夜中だったため、町の中の様子は分からなかった。こんなに活気に満ちているんだなぁ、戦国の世の町は。
感心している俺に、手を振って否定した前田利家。
「いやいや、違うぞ。ほんの五年前に彦五郎(織田信友)様が治めていた頃は死人のような町じゃった。それを上総介様がここまで大きくしたのじゃ」
「! そうなんですね」
前から栄えていた訳じゃないのか。御家騒動があったのかな?
俺は行き交う人達の視線を浴びながら考えていた。
前田利家と並んだ俺は、周囲の人々からは頭1つ2つほど抜き出ている。男性の平均身長は150cmちょっとくらいだろうか。女性にいたっては145cmもないか。まるでガリバー旅行記だ。そんな大男が2人のしのしと歩いているのだ。好奇の視線はしかたない。
そんな時だった。
「いやっ! やめてください!!」
「へへっ、いいじゃねえか」
一人の武家の娘らしき女が浪人数名に絡まれている。お使いの途中だったのだろうか。
「ちょっと酒に付き合ってもらえばいいんだよ!」
「結構です!」
足早に立ち去ろうとする娘。それを片目が潰れた浪人の一人が腕をつかんで止めた!
「このアマっ! 優しくしてればつけあがりやがって!」
「おい、構わねえっ! 運んじまえっ!」
おいおい。白昼堂々と誘拐か。酷い時代だ。周りの者達は面倒に巻き込まれては大変と見て見ぬふりだ。警察がないとはいえ、さすがに見過ごせない。
「「おい、やめろ!!」」
俺が静止の声をかけた所に、誰かと声が被った。
ん? 誰だ?
どうやら俺より少し離れた所にいた男のようだ。
「ね、ねね様から手を離せ!」
くたびれた灰色の着物にしょぼくれた冴えない顔の男だった。背はまた非常に低い。140cmくらいか? その男は一人でならず者達の中に突っ込んでいった!
だが、
「何だ、この野郎!!」
ガスッ!!
ドシン
ならず者の拳を受けて、簡単にその小男はひっくり返ってしまった。
だが、男は諦めない。
「ねね様を! 離せっ!!」
何度も立ち上がる男。手を伸ばすが、頭を押さえつけられて手が届かない。何度殴られ蹴られ、しまいには地面にはいつくばってしまった。だが諦めない。悪漢の足首をつかんで離さない。
俺は悪漢に立ち向かうその男の心意気に惹かれた。
無法な乱暴は許せない! 助太刀するぞ!
「そこまでだ、ならず者共! それ以上は赤母衣衆が一人、羽原多喜二が容赦せんぞ!!」
「何!? 赤母衣衆!?」
悪漢四名がギロリと俺に目をむいた。戦を何度も経験したであろう迫力を感じる。だが俺は引かない!
「ハッタリだ! 俺達の邪魔をする奴は容赦しねえぞ!」
俺の肩書を嘘だと思った悪漢の主は、俺に向かってこようとした。いいぞ! 受けて立つぞ!
そんな中、男の一人が俺の隣に立つ巨漢の姿を見て声をあげた。
「お、親分。あのはばらたって奴の隣の男! 『槍の又左』ですぜ! ここは引きやしょう。」
「何!!? あの!?」
悪漢の一人が俺の上司、前田利家を知っていたようだ。
「ちっ! おぼえてやがれっ!!」
捨て台詞よろしく、男達は娘とボコボコになった小男から手を放しどこかへ行ってしまった。
娘は礼を言う為に俺の所へやってきた。
「ありがとうございましたっ! 私は弓衆浅野長勝の娘で『ねね』と申します。次からはきちんと供を付けます! 助かりましたっ!」
「いえいえ、俺は何も。礼はそちらで伸びている正義感の強い男へ」
俺はくたびれた雑巾のようになった小男を指さした。
「ああ、この人は…… 父の部下ですね。確か足軽組頭で、藤吉郎と言った……」
藤吉郎!?
確かに小柄、そして猿顔。これが後の天下人、豊臣秀吉だって!?
尾張国の織田家は戦国の世の習いの如く、大いに乱れていたようです。
1552年に織田信長の父、織田信秀が亡くなり織田弾正忠家を継いだ信長に、信長の叔父の清州城を本城とする清州織田信友が坂井大膳清州城は小守護代の坂井大善と共に対立しました。
その後信長は守護職斯波義銀を庇護し大義名分を得て、叔父の織田信光らと共に清洲織田家を倒します。那古野城から清洲城へ移り、それから十年に渡ってこの城を中心に尾張国の統治を進めます。
有力な舅斎藤道三の死と、弟信行との後継者争いもありました。かなり苦難の末に尾張を支配したのですね。
木下藤吉郎こと豊臣秀吉は、この頃足軽組頭。
ようやく働きを認められつつある頃でしょうか。




