第五話 ~織田信長~
<永禄3年(1560年)五月十九日 尾張国 知多郡 桶狭間>
『で、あるか』
この言葉! もしや!!
俺は思わず顔を上げた。
馬上の人物は……
太い眉に優美な口ひげ、そして炎を宿したような覇者の瞳! ま、間違いない!!
「の、信長様だ!!」
いたよ! 夢に出てきた姿そっくりだ!
しかし、それを聞いた供の一人が逆上した。
「!? こ、こ奴! 何と無礼なっ!!」
えっ? 俺、何か悪いこと言った?
「与四郎、よい。許す!」
「しかし! 上総介様!!」
あ、この時代って直接名前を言っちゃいけないんだっけ?
「儂が『よい』と申しておるッ!!」
ビクッ!
「も、も、申し訳ございませぬ!!」
与四郎と呼ばれたいい年をこいた武将を一喝した信長。髭のおっさんは子どものように平謝りした。やっぱりこの時代の主君というのは、皆から恐れられるくらいの覇気がないと務まらないのだな。
「はばらた、と申したな。お主、義元をどのようにして屠った?」
「あ、はい。かいしゃ、いや! 刀を取り上げて斬りました!」
「そこな我が軍の兵は?」
「あ、服部さんと毛利さんは、義元に斬られました!」
「……さん?」
「あ……」
信長の質問に、しどろもどろになって答える俺。切腹の介錯したとか言ったら、今川軍の者かと疑われるかもしれないし! 「さん」付けもまずかったかもしれない。織田家の人だったから敬称つけないといけないかと思ったけど、この時代にはないかもしれない。
信長は俺の答えにじっくりと耳を傾け、俺の姿、着ている物、俺の足元から髪の毛の先まで、そして離れた所で気絶している琴美ちゃんをじろじろと見た。どうしよう。明らかに変な人だよな、俺と琴美ちゃん。
「…… ふっ。まあ良い。」
「…… は?」
信長は一人で納得したようにうなずいた。何が「良い」なんだ?
「義元の首を斬った褒美をくれてやる。金子か? 領地か? 何が欲しい?」
何が欲しい。
考えてもみなかった。だが大将首を獲ったらかなりの殊勲賞だ。
俺は決めていた。大声で叫んだ!
「俺を! 羽原多喜二を、の、上総介様の家来にしてください!!」
「…… うむ。其方の願い、叶えよう。馬回り衆に任ずる!」
「ははっ! ありがとうございます!!」
やった。やったぞ! これで俺は信長の家臣だ!
俺はあふれでる喜びを隠せなかった。ん、でも馬回り衆って何だ?
「イヌ! おるか!」
「は、はい!」
呼ばれたのは俺と同じくらい大柄な男。そしてメチャメチャいい男だ。大きな槍を持っている。あれ? 『イヌ』ってたしか・・・?
「勝手に参陣しおって! 本来なら切腹ものだが、首を幾つか獲ったことで減免する! この『キジ』の世話をみよ! それがお主への処罰じゃ!!」
「はっ! ありがたき幸せ!!」
頭を下げたイケメン槍男。年は俺よりは幾分か年上だろうが、どこか幼さがかいまみえる。ヤンチャなんだろうな。
というか! この人!?
「『又左』と呼んでくれよ。よろしくな、『キジ』」
「前田利い! い、いや、又左様。よろしくお願いいたします!」
「あれ? 今、前田って? まあいいか」
不思議そうに首をかしげた俺の世話係。
てか、前田利家でしょ! 「加賀百万石」の礎を築いたという! 「イヌ」とか「槍の又左」って呼ばれてたあの!
俺が叫んだり騒いだり驚いたりしているのを、その場の皆が面白そうに笑っている。仕方ないよ。だって……
俺は信長に促されて、与四郎と呼ばれた男に義元の首を渡した。
「良し! 長居は無用じゃ! 勝どきをあげよ!」
「曵、曵、応っ!!」
俺も「えいえい、おー!」とそれっぽく叫んだ。
そして、ようやく気が付いたらしい琴美ちゃんのそばに駆け寄った。
「あれ…… 先輩。ここは?」
「『夢』みたいな『夢』じゃない所だよ。行こう!」
「あ、はい……」
俺に手を引かれるのを一瞬ためらった琴美ちゃん。でも、その後おずおずと俺の手を握った。
やるしかない。俺は信長の家臣となって、活躍して、そして『生きる』んだ!
……でも、あれ? 俺の名前、間違って呼ばれてない?
「はばらた きじ」って?
「羽原 多喜二」なんだけど……?
馬回り衆は、大将の馬の周囲(廻り)に付き添って護衛や伝令などの仕事をこなす、さらに護衛もするので武芸にも秀でたエリート集団、とされています。
「イヌ」「キジ」ときたら、あとは……
三人が中心となって暴れる予定です。




