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ドラゴンさんを餌付け中  作者: しきみ彰


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8/10

ドラゴンさんと大粒の涙

 甲高い悲鳴のような音を聞き。

 アランの意識は闇の中から浮上した。


 意識が戻ると同時にやってきたのは、全身を覆うほどの痛みだ。しかしそれはものの数秒でおさまり、頭部に鈍痛を残すのみとなる。


 何が起きたんだったか……?


 アランは頭を抑(・・・)えながら(・・・・)、ゆっくりと起き上がった。

 そして気づく。


「……体が、人間に戻ってる?」


 よく分からない。分からないが、どうやらドラゴンの姿から、元の人間の姿に戻っているようだった。

 体を見たが、それはドラゴンになる前着ていた服で。何が何だか余計に分からなくなる。白昼夢でも見ていたと言われたほうが、まだしっくりきた。


 しかし周りの情景が、今まで起きたことが現実だと。そうアランに教えてくれる。


 アランは立ち上がり、愕然とした。


「なんだ、これは……」


 そこは、玉座の間だったはずだ。

 しかしその部屋はあちこちが傷つき、焼け焦げ、見るも無残な姿へと変貌を遂げている。

 捕まっていたはずの使用人や騎士たちもいないし、何やらおかしかった。


 そしてどこからともなく破壊音が聞こえてくる。

 アランは久方ぶりに使う人間の足の感覚に四苦八苦しながらも、音がするほう――庭園へと足を向けた。


 外に出ると同時に、愕然とする。


「トゥーリエ……?」


 目の前で恐ろしいほどの魔力を放出しながら、トゥーリエは第二王子と戦っていた。

 その表情は人形のように冷たく恐ろしい。天真爛漫を絵に描いたようなトゥーリエとは、真逆の表情だった。


 しかし、彼女はトゥーリエで間違いない。あの白銀の髪と、何色とも言いがたい不思議な色味をした瞳は、精霊使いであると言う何よりの証拠なのだ。


 トゥーリエは第二王子に向けて、日の槍や風の刃、氷の矢を幾度となくぶつけている。第二王子はそれを受け止めるだけで精一杯、といった様子だった。


 あの、実力だけはあるとされていた第二王子が、だ。

 いつも傲慢な態度を取っている彼が、惨めに後退しながら震えているのを見て、アランは眉をひそめる。


「どういうことだ……」


 そこでアランは、あることを思い出した。


 そうだ、確か精霊っていうのは……精霊使いの感情に呼応して、力を行使するんじゃなかったか?


 そう、そうだ。精霊使いと精霊は、密接なつながりを持っている。となると今のトゥーリエは、アランの死が衝撃的だったあまり暴走しているのだ。


 その予想は正しかったようで。アランの耳に、どこからともなく声が聞こえてくる。


 ――たすけて。

 ――トゥーリエをたすけて。

 ――助けられるのは、アランだけなんだ。

 ――アラン。お願い。僕らの親友をたすけて。


 それは、ドラゴンの姿でいた頃は明確に見えていたはずの、精霊の声だった。

 しかし現在は人間の姿であるせいか、声しか聞こえない。

 アランは困惑する。


 俺はさっき確か……第二王子に、殺されてなかったか?


 そう。確かに殺されたのだ。少なくともトゥーリエには、そう見えていたはずである。だから彼女はこうして暴走している。

 にもかかわらず死んでいない。

 となるとその理由は、思いつく限りではただひとつだった。


 トゥーリエに、龍玉を渡したからか……。


 そう。龍玉だ。手のひらサイズの、ルビーやガーネットのように美しい色味をした、丸い玉。トゥーリエはそれを宝石だと勘違いしていたが、あれはドラゴンにとってとても大事なものなのだ。


 龍玉とは、ドラゴンにとっての心臓のようなもの。アランはそれを以前、トゥーリエに渡している。それが壊れていないからこそ、アランは今こうして生きていられているのだ。


 彼はそれをなんとなく、感覚で理解していたものの、事実こうなるとなんとも言えない気持ちになってしまう。ただ、人間ではなくなったのだな、と改めて思い知らされた。そんな感じだ。


 ただ、人間に戻った理由はよく分からない。ドラゴンとしての体を維持できなくなったからだろうか。


 禁術の類いは使い手も少ない上に使用を禁止されているため、その内容や副作用が明らかにされていなかった。

 おそらくなんらかの要因で戻れたのだろう。アランはそれを、今回ばかりは感謝する。


 神様というものがいるのであれば、今だけは信じてやってもいいと思っていた。


 だって人間の姿じゃなかったら、トゥーリエに声をかけてやることも、気持ちを伝えてやることもできないからな。


 第二王子がどうなろうと、アランは一向に構わない。むしろアラン自身の手で殺してやりたいくらいだ。

 しかしそれを、トゥーリエがやらなくていいと思った。


 だって彼女は、トゥーリエなのだから。

 自身の手が血に汚れ、後で愕然とする姿など見たくなかった。


 アランは、ふらふらと頼りない体を根性で支えながら、トゥーリエのもとへと足を踏み出した。


 一歩。また一歩。


 トゥーリエも第二王子も、アランの存在には気づかない。そんなことに目を向けていられるほどの余裕がないのだ。


 そんなアランの背中を、風の精霊たちが押してくれる。導いてくれる。

 アランはおかげで、トゥーリエの背中から安全に近づくことができた。


 すると、声が聞こえてくる。トゥーリエの声だ。


「お前なんか、死んでしまえばいい……アランが味わった以上の痛みとともに、死んでしまえばいい!!」


 それは、呪詛だった。

 アランはそれを聞き、顔を歪める。

 まさか自分の死が、トゥーリエにここまでの影響を与えるとは思っていなかったのだ。ゆえに安易にあのようなことをした。否。死なないと感覚的に分かっていたからこそ、あんなことをしたというわけだ。


「前にドラゴンにされたときも、そして今回死にかけたときも。俺、お前のこと何にも考えてあげられてないんだな……お前に悲しい気持ちを抱かせてばっかりだ」


 そうつぶやきながら、アランはそれでも進む。

 今からでも間に合うと。そう、信じて。


 そうやってたどり着いたトゥーリエの背中は、驚くほど小さく華奢だった。

 アランはなんとなく緊張しながら、彼女を背中から抱き締める。トゥーリエは、何が来たのかわからず混乱し、がむしゃらに暴れた。

 そんなトゥーリエを離すまい、とアランは抱擁する力を強くする。


「トゥーリエ。トゥーリエ、戻ってこい。お前に、人殺しなんか似合わねえよ」

「……え? …………アラ、ン?」


 トゥーリエはそのセリフを聞き、ぴたりと暴れるのをやめた。しかしなおも、精霊たちによる攻撃は続いている。

 しかし、トゥーリエの意識が戻ってきていた。それを感じたアランは、さらに言葉を重ねる。


「そうだ、アランだ。俺はちゃんと、生きてるぞ」

「……う、そ、うそうそ……」

「生きてるに決まってんだろ? だって俺の心臓は、お前の首にかかってんだから」


 アランはそういうと、トゥーリエの首にかかっている袋をつまみあげた。

 瞬間、あれほどまでの攻撃が嘘のように止み、辺りの空気が柔らかくなる。

 第二王子はようやく止んだ攻撃に安堵したのか、そのまま失神してしまった。最後の最後はあっけないな、とアランはそう思う。


 すると、トゥーリエが後ろをゆっくりと振り返るのが分かった。


 トゥーリエと目が合った瞬間、彼女の虚ろな瞳に光が灯る。

 同時に瞳が潤み、そこから大粒の涙が溢れ出した。


「アラン、アランだ、アランだ……!!」


 トゥーリエは勢い良くアランに抱き着く。残念なことに、アランの足はへろへろだった。そのため後ろに倒れ込んでしまう。

 かっこ悪ぃなとアランは思ったが、トゥーリエは額をアランの胸に押しつけながら大声をあげて泣いていた。


「アランのばかぁっ!! わたしなんておいて逃げればよかったのに、なんで、なん、で……!!」

「トゥーリエがいないと意味ないだろ?」

「で、も、わ、たし……あんな、とこ、みたくなかっ……!」

「うん、それは悪かった。ほんとごめんな。助けに入ったのに、あんなへなちょこで」


 アランはぼろぼろと泣きながら不満をぶつけてくるトゥーリエをあやしながら、謝罪を続けた。

 そして、一番疑問に思っていたことを口にする。


「なあ、トゥーリエ。俺、ドラゴンになっちまったけど、まだお前の婚約者でいていいのか?」


 そう言えば、トゥーリエは真っ赤に泣き腫らした瞳でアランを睨んできた。

 そしてまたぼろぼろと泣きながら叫ぶ。


「いいに、決まってるでしょ……!? そんなこと言わせんな、バカぁぁ……ぁっ……!!」


 そんなふうに泣きながら言うトゥーリエを見て、アランは心の底から愛おしさを感じる。

 むしろ、これ以上に愛らしい生き物はいないのではないかと本気で思った。

 アランは衝動のままに、トゥーリエに口づけを落とす。

 そして、トゥーリエのことを抱き締めた。


 今度こそ決して離すまいと、強く。


 城の者たちがだんだんと集まってくる中、アランはトゥーリエが泣き止むまでずっとそうしていた。

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