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ドラゴンさんを餌付け中  作者: しきみ彰


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7/10

ドラゴンさんの真実

 粉塵の中から現れたドラゴンを見た瞬間、トゥーリエは目を見開き叫んだ。


「ドラゴンさん!? どうしてここに……!」


 それとほぼ同時に、第二王子が腹を抱えて笑い始める。


「あはははは!! おいおいおいおい嘘だろおい!! お前、まだ生きていたのかよっ!!」

「……それはどういう意味」


 まるで、ドラゴンのことを以前から知っていたような口ぶりだった。

 その発言が気にかかったトゥーリエは、第二王子に向けて胡乱げな眼差しを向ける。それを笑いながら受け止めた第二王子は、涙をぬぐいながら言った。


「トゥーリエ。お前も、あのドラゴンを知っているはずだぞ? むしろ一番知っていると思ったのだが。お前、見た目が変わっただけで婚約者にまで認知してもらえないのか。哀れなやつだなぁ!」


 第二王子の口から発せられた言葉に、トゥーリエの思考は停止した。


(え……待って? それってつまり……ドラゴンさんは……っ)


 今まで予感していたことが、事実であったことに気づきトゥーリエは目を見開く。それと同時に湧き上がってきたのは、溢れそうなほどの歓喜だった。


「アラン、なの……?」


 震えた声で婚約者の名前を呼べば、ドラゴンがぴくりと反応する。

 それを見たトゥーリエは、ドラゴンがアランであることを確信した。


 そのやり取りを見ていた第二王子は、けらけらと笑う。


「魔物討伐の際、うっかり間違ってドラゴンになる禁術にかかり、理性までドラゴンと化していたはずなのだがなぁ! あの怪我で逃げ出したからもう死んでいるかと思っていたが……お前、しぶといな。面白い。影に引きずり込めなかったのは、お前の体が大きすぎたからか……ちと影魔術を使いすぎたな」

『グルルルルルゥ……』


 第二王子はそう言い、上段から下りてくる。余裕の表情が浮かんでいた。しかし彼は事実、それを浮かべられるくらいには強いのだ。


 ドラゴンが何を言っているかは分からないが、ドラゴンの眼差しがかなり鋭くなっているのを見て、トゥーリエはドラゴンが戦闘態勢に入ったことを感じた。

 それと同時に自分も動こうと思ったのだが、影に囚われて拘束され玉座のある方に飛ばされてしまう。


「なっ!? 離しなさい!!」

「離すわけがないだろう。でもまぁちょうどいい。我が妻よ。そこで見ておけ。元婚約者が無残に散っていく様をな!!」


 第二王子はそう言うと、トゥーリエの口を影の縄で塞いだ。


 精霊使いが安定して精霊を使役するためには、魔術師同様言葉が必要になる。つまり第二王子は、馬鹿ではないと言うことだ。


(さっさとしかけておくべきだった……!)


 しかし、戦闘経験がからっきしないトゥーリエがそれを分かるはずもない。彼女は拘束から抜け出そうと足掻くくらいしかできなくなってしまった。


 そんな中、ドラゴンのアランと第二王子との戦いは始まってしまう。

 第二王子はにやりと笑い、自身の影に命じた。


「来たれ、闇の刃よ。鈍重なドラゴンを切り裂け!!」


 するととぷん、と影が揺れ、そこから剣の形をした影が五本現れる。

 それは矢のようにドラゴンの元へ飛んでいき、その鱗を引き裂いた。


 一方のドラゴンは、そんな刃などもろともせず突き進み、口から炎のブレスを吐く。

 それを見た第二王子は、口元をいやらしく歪めた。


「影よ、来い」


 すると、玉座の間の端で囚われていた使用人のひとりが、第二王子の前に引っ張り出された。

 それはまるで盾のようで。ドラゴンは怯み、ブレスを止める。

 第二王子はその隙に、ドラゴンに向かってさらなる刃を浴びせた。


「おいおいおいおいおい! お前、ドラゴンだろう!? にもかかわらず、人を盾にされてひるむとは……理性がなかった頃のお前のほうが、もっと強かったのになぁ!!」


 トゥーリエはそれを見て、内心で罵倒した。


(このクズ男……! お城の人たちを盾にするなんて、信じられない!!)


 それと同時に、ドラゴンの中にしっかりと理性というものが存在することを知り、トゥーリエは涙ぐんだ。


(良かった、アランだ。ドラゴンさんは、わたしが知っているアランそのまんまだ……っ!)


 アランは城の騎士団長だった。城の人たちとも仲良くしていたし、手など出せるわけがない。

 しかしその優しさが今、アランの命を脅かしているのも事実だった。


 トゥーリエは、周囲にいる精霊たちに目配せをする。


(どうにかできない?)


 すると精霊たちは、困ったような顔をして首を横に振った。

 それはそうだ。精霊たちが人間界に関与しすぎるのは、危ないことなのである。契約していたり口約束をし代わりに代償を渡すならともかく、彼らの善意のみでアランを救うことは無理だった。


 トゥーリエは謝る精霊たちをなだめ、歯を食いしばった。


(どうしてわたしは、いつも何もできないんだろう)


 アランがドラゴンにさせられて、殺されそうになっていたときも、そばにいてあげられなかった。

 ドラゴンになったアランがトゥーリエのもとに通ってきていたときも、アランだと気づいてあげられなかった。

 そして今もこうして、アランが殺されるのを黙って見ていることしかできない。


 それがもどかしく、みじめで、自分に苛立って仕方がない。


(どうしてわたしは、アランの力になってあげられないの? 力があるのに、どうして使い方を理解できてないの?)


 答えのない問いが、頭の中をぐるぐると回る。無意味だと分かっているのにそう思ってしまうのは、トゥーリエが無力だからだろう。


 彼女が自身の無力さを痛感していると、アランが悲鳴をあげるのを聞いた。


 トゥーリエは目を見開き、そちらを見る。


 ドラゴンは。

 アランは、ぼろぼろだった。


 立派な鱗は剥がれ落ち、あちこちから血が溢れ出している。それを見たトゥーリエは、第二王子の作り出した刃がどれほどまでに鋭いのかを悟った。

 しかしそれでも、アランは立っている。その佇まいを見て、トゥーリエの瞳からじわりと涙が滲み出す。


 そんなトゥーリエに気づいたのか、ドラゴンが一度彼女を見た。そしてまるで「大丈夫だ。これくらいで死ぬほどヤワじゃねーよ」とでも言うかのように、ふ、と口を開く。


(やめて。やめて……!)


 トゥーリエは必死になって、首を横に振る。今ならまだ間に合うから、どこかへ逃げて欲しかった。そう。トゥーリエを置いて、ここではないどこかへ逃げればいい。アランが生きているのであれば、トゥーリエは幸せなのだから。


 その一方で第二王子は、やれやれと首を振った。


「なんだ、この程度か。弱いな。しかし……害獣ごときでは俺に勝てないというのに、どうしてまだ立っていられているのか。そこだけが解せんな」


 第二王子は五本もの剣をくるくると宙で遊ばせながら、そんなことをつぶやいた。

 そしてトゥーリエを一瞥する。


「……なるほど。愛する女のためか。随分と殊勝な害獣だ。なら、その愛する女の前でみじめな亡骸に成り果てると良い」


 そう言い放つと、第二王子は腕を上空に持ち上げた。すると、剣が繋がり一本の大きな槍になる。

 その槍が向かう先にいるのは、ドラゴン。

 第二王子は今度こそ、アランの息の根を止めようとしている。


 トゥーリエは首を横に振った。ぱたりと、床に涙がこぼれ落ちる。


(やめて。逃げて。アランが死ぬところなんか、見たくない……!)


 死体がないから。だから大丈夫だと、何度も何度も想像しては消した最悪の情景が、今ここで現実になろうとしていた。やめて欲しいのに。止めたいのに。トゥーリエにはできない。


 そんなトゥーリエの反応を楽しみながら。王子は無慈悲にも、腕を振り下ろした。


 勢い良く放たれた槍が、アランの鱗を貫き体を串刺しにする。

 アランがゆっくりと倒れていくのを、トゥーリエはただ見つめていた。


(う、そ。うそ、うそ、嘘嘘嘘嘘)


 嘘。


 そうつぶやくや否や、ぱきんっとヒビが入るような音がした。


 ぱきり、ぱきりと。

 トゥーリエの中で何かが砕け落ちていく。


 一度入ってしまったヒビは、決して止まることなく。トゥーリエの心を壊していった。


 ぱきんっ。


 そして最後に響いた、そんな、呆気ない音とともに。

 トゥーリエの心は死んだ。


 瞬間、トゥーリエを拘束していた影が吹き飛ぶ。

 それを聞いた第二王子が、胡乱げな眼差しを向けた。


「なんだ?」


 そんな声になど目もくれず、トゥーリエはゆらりと立ち上がる。


「ぜんぶ……ぜんぶ、全部全部全部。壊れてしまえばいい」


 そうつぶやくと同時に。

 トゥーリエを中心に、凄まじい風が吹き始めた――

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