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ドラゴンさんを餌付け中  作者: しきみ彰


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6/10

ドラゴンさんはヒーロー

シリアス回入ります。

 そんな優しい日々が壊れるなど、誰が想像しただろう。

 幸福が揺らぐあまりにも唐突で呆気なかった。




 その日の空は、秋にしては天気の悪い色をしていた。

 どんよりとした灰色の雲がおおいかぶさっているのを見て、トゥーリエは顔を曇らせる。


「ドラゴンさん、来れるかな……」



 ドラゴンが飛ぶにはなんら問題ない天気だろうが、それでも気にかかった。どうしたものかと首を傾げていると、精霊たちがざわついているのが見える。


(天気が悪いから、精霊たちの気分もおかしくなっているのかな?)


 そう思っていると、風精霊のひとりがトゥーリエのもとに飛んできて声を張り上げた。


『トゥーリエ大変! 国王サマが倒れたって!!』

「……えっ!? 嘘でしょう!? あの方まだあんなにも元気だったじゃない!」

『分かんない。でも、王都にいた子たちはみんな、そう言ってる』


 そう言われ、トゥーリエは慌てた。

 持病があったのか、それとも毒でも盛られたのか。前者であっても後者であっても、トゥーリエとしては一大事である。


 国王と契約しているトゥーリエは、国王が死ねば自由のみとなる。しかし彼には多大なる恩があるのだ。にもかかわらず喜ぶなど、できるわけもない。

 精霊たちは他にもあると叫んだ。


『お城の様子もおかしいんだって! 他の子たちが何か言ってるけど、いろんな情報が混ざっててよく分からないの』

「嘘でしょう……王都だよ? お城の中だよ? 内通者でもいない限り、そんなことになるわけないのに……一度戻ったほうがいいね」


 トゥーリエはそう言うと、急いで城に戻る準備をした。

 同時に、精霊たちに向かってドラゴンへの言伝を頼む。


「ドラゴンさんに伝えて。緊急事態だから、お城に戻る! 今日はごはんを一緒に食べれそうにないって!」


 そう伝えると、任せろ! と言わんばかりに風精霊たちが飛び出していった。


 トゥーリエはひととおりの準備を終えてから、ぴたりと足を止める。


「……やっぱり、第二王子殿下がいるよね」


 はあ、とため息を漏らし、トゥーリエは唇を噛む。


(第二王子殿下には会いたくない。でも国王陛下のことは気になる……)


 トゥーリエは一瞬考えたが、すぐに頭を振り歩き出した。

 バカ王子よりも、国王のほうが大事だと思ったからだ。ここにいるまま死んでしまったという報告を受ければ、トゥーリエは確実に後悔するだろう。そのまま出て行けるほど、トゥーリエは薄情にはなれない。


 トゥーリエは国王が用意してくれた転移門を使い、城へと戻った。


 城の中で転移門があるのは二箇所。

 その中でも、トゥーリエが転移門をくぐって着いた場所は、城の端のほうにある寂れた古塔だった。


 ここは昔、王族が何かあった際脱出するために作った転移門らしい。そこからトゥーリエが住んでいた森に門を繋げてくれたのは、国王だった。本当に優しい人だと、トゥーリエは思う。


 トゥーリエは改めて国王の優しさに触れながら、古塔から飛び出した。


 その場にいた精霊たちに状況を説明して欲しいと言ったが、首を振って怯えるばかりで話にならない。

 しかし精霊たちがここまで怯えているのを見て、トゥーリエは困惑した。


「お城の中で一体何が起きてるの……」


 トゥーリエはそうつぶやき、一番の相棒である精霊に周囲を散策するように頼む。

 しかしその精霊は、顔を歪めて言った。


『トゥーリエ。血の匂いがする』

「……え?」

『風精霊はみんな不浄を嫌うから、あんまりここにいたくないみたい』


 トゥーリエは戦慄した。

 城でそんなことが起きるなど、想像していなかったからだ。

 しかしそうなると、契約を結んでいる風精霊以外は手を貸せないと言うことになる。


(分からないけど……でも、黙って帰るわけにもいかない)


 トゥーリエは、自身が契約している精霊たちを呼んだ。風、日、水、土、光、闇。それぞれの精霊たちが、トゥーリエの呼びかけに応え姿をあらわす。

 足音が極力鳴らないようにと気を配りながら、城の中へと入った。


 まず向かおうと思ったのは、国王の部屋だ。安否を確認したいと、そう思ったのである。

 しかし中に入った瞬間、トゥーリエは悲惨な光景を目の当たりにした。


「廊下に、血が……」


 あちこちに、血がにじんでいる。

 死体がないのは良かったが、立ち込めてくる血の匂いがこの場でとんでもないことが起きたと言うことを如実にあらわしていた。

 人の気配もまるでしないし、恐ろしい。


 トゥーリエが唇を噛むと、首にぶら下げた袋を握る。そうすれば、中の玉からじんわりと熱が伝わってくるような気がした。

 ドラゴンがすぐ近くにいてくれている。何かあっても大丈夫。そんな気がする。

 トゥーリエはその温度に背中を押されるように、ゆっくりと廊下を進み始めた。


 されど、足を踏み入れると同時にずぷりと足が沈む。


「え?」


 トゥーリエは思わず、そんな声をあげてしまった。

 助けを求めることもできないまま、彼女の体は闇に飲まれた。


(この魔術、どこかで……!!)


 影を使った、転移魔術だ。展開できる範囲はさほど広くないが、落とし穴のようなことができる。また、捕まえた相手を別の影から出すこともできた。


 こんな趣味の悪い魔術を巧みに使いこなす人物など、トゥーリエの記憶の中ではひとりしかいない。


(間違いない。これを使っているのは、第二王子殿下だ……!!)


 そう思うと同時に、トゥーリエの体は影を伝って浮き上がった。

 暗かった場所から明るい場所に引きずり出された彼女は、その明るさに目を細める。

 床に座り込んだまま目を慣らしていると、声が聞こえた。


「よくきたな。我が妻よ」


 トゥーリエはそれを聞き、目を見開く。

 だんだん慣れていく瞳が写したのは、玉座で足を組み座る第二王子・レックの姿だった。偉そうな態度に美しい見目は、間違いない。レックである。


 玉座があると言うことは、ここは王座の間だ。特別な行事などを除いて使うことはないが、トゥーリエは何度か見ていた。


 血の匂いが鼻につく。

 周囲を見回せば、そこには影に囚われた城の人々がいた。


(……でも、陛下も王太子殿下もいない。つまり、彼らが守ったんだ)


 トゥーリエはそれを確認し、第二王子が何をしたのかを理解する。


 第二王子は、魔術を使い城を制圧したのだ。


 トゥーリエはそれを見て、国王が彼を王太子に選ばなかった理由を悟る。むしろ国王は、第二王子のことをいつも危険視していた。


 第二王子の魔力は王太子よりも高く、魔術の腕もかなりのものだった。が、彼は魔力が高いことと王族であることを盾に横暴な態度を取り続けていたのだ。それはいくら教育しても直らず、むしろ悪化するばかり。されど王族な上に息子だ。その考えを直すように諭すくらいが、できることだろう。第二王子はそれが余計に気に入らなかったらしいが。


 そしてそれと同時に、それらのことを評価してくれない父親に対して苛立ちをつのらせていた。


 トゥーリエがなぜそんなことを知っているのかと言うと、精霊たちから聞いているからだ。第二王子は何かあると、必ず中庭の草花を荒らすらしい。やめてくれと言う苦情をトゥーリエは受け取っていた。


(陛下が危険視していた理由が分かった……)


 トゥーリエは床に座り込んだまま、ゆっくりと口を開いた。


「何をしたのかはだいたい分かったけど……そんなことをして、タダで済むと思っているの?」

「……相変わらず、俺のことを敬わないなお前。だが、それが良い。生意気な女を従わせるのは楽しいからな。そしてタダで済むかどうかなど、分かるだろう。父上は毒入りの紅茶を飲んだせいで死にかけ。兄上は俺の強さに尻尾を巻いて逃げたんだ。後継者は俺しかいない。つまり、この国の王は俺だ!! ここまですればお前も出てくるだろうと思って待っていたが、まさか本当に来るとは。お人好しだなぁ?」

「……陛下に毒をもったのも、あなたか」


 確認するまでもなく、そうだろう。

 バカが下手に力を持つとどうなるのか、よく分かる光景だ。


 しかしそんな存在のせいで、現に謀反が起きている。この男が国を統べるというのも、あり得ない話ではないのだ。

 トゥーリエはどうしようか考える。


(わたしにできることは少ない。でも、やれないことはない)


 第二王子の得意なのは、先ほどのような影を活用した魔術だ。あとは闇属性系の魔術である。この調子なら、禁術系にも手をつけていそうだが、どうなのだろうか。


 いつの間にか姿をあらわしていた精霊たちが、トゥーリエを守るように付いていてくれる。大丈夫だと、そう励ましてくれた。


 トゥーリエはそれを見て、ひとつ頷く。


(でも、タイミングはちゃんと見ないと)


 なんせ玉座の間には、他にも多くの人間がいるのだ。巻き込むのだけは避けたい。

 トゥーリエはどうしたものかと頭を悩ませる。

 彼女がそうしている間も、第二王子は語りかけてきた。


「まず、戴冠式をしなくてはならんな。その後は俺のお前の結婚式だ。忙しくなるぞ」

「……了承もしていないのに結婚式? 頭が弱いんじゃないの? 誰がお前となんか結婚するか」

「そう言っていられるのも今のうちだぞ? 今の俺は気分が良いからなぁ、大抵の暴言は許してやる。可愛い妻からの言葉だしなぁ」

「……ダメだ。言葉が通じない」


 トゥーリエはため息を漏らした。


 そんなときだ。どこか遠くから、物が壊れる音が聞こえてきたのは。

 すさまじい破壊音に、トゥーリエは思わず後ろを見た。


「なんだ? なにごとだ? しかも俺の影でも引きずりこめんとは……面倒臭いな」


 第二王子は立ち上がると、やれやれと首を振る。相変わらずのキザな態度だ。

 しかしトゥーリエは、そんな破壊音を聞きながらなぜか胸が痛むのを感じた。


(何が来るのか分からないけど……なんか大丈夫な気がする)


 トゥーリエは首に下げている玉を握り締める。

 それとほぼ同時に、背後の壁が根こそぎ壊された。


 砂埃の中から現れたのは、蛇のような体をしたドラゴン。


 そう。やってきたのは、トゥーリエが餌付けをしていたドラゴンさんだった。

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