ドラゴンさんは甘いものもお好き
前回の反省も兼ねて、トゥーリエは「今回はバランスの取れた食事を作ろう」と拳を握り締めた。
それと同時に、今回はお菓子作りをしようとも思っている。理由は小麦と砂糖、バターなどのお菓子に使える材料が手に入ったからだ。わがままに答えてくれた国王には感謝せねばなるまい。
ただ日持ちしないので、早々に使わねばならない。ゆえに、トゥーリエは早速菓子を作ろうと考えたのだ。
作るのはタルト。
時期が時期なため、今回はコケモモを使ったタルトを作ろうと考えていた。
とりあえずタルト生地を作る。それを風と水の精霊たちに寝かせた生地を冷やしてもらっている間に、コケモモを採りに行くことにした。
この森に何があるかはあらかた知っているため、迷わず進む。風精霊の援助もあり、体力もしっかりと温存したままコケモモの群生地についた。
ちょうどコケモモが熟れて赤くなっている時期なため、あちこちに赤い実が見える。匂いもしてくるし、これだけでお腹が空いてきた。
「あ、そうだ。精霊さんたちにも、コケモモを使ったクッキーを焼くわね。好きよね、確か」
そう問いかければ、連れてきていた精霊たちがいっせいに騒ぎ出す。その喜びようがあまりにも派手だったため、トゥーリエは思わず笑ってしまった。
ふたりほどは空高くのぼって、しばらく帰ってこなかったし、どうやらかなり喜んでもらえたようだ。
トゥーリエは精霊たちへのお礼も兼ねて、たくさん摘んで帰ろうと思った。
幸いなことに、この辺りは本当に人がいない森なので、採りすぎということにはならない。ただ、コケモモを食べにくる生き物たちもいるので、その点だけは気をつけようと思いつつ、トゥーリエはコケモモを摘み始めた。
持ってきたカゴがいっぱいになったところで、トゥーリエは家に帰ろうと風精霊に声をかける。
するとなぜか風の精霊たちが、トゥーリエを空へと持ち上げ始めたのだ。
「え!?」
カゴの中身だけは落とすまいと、しっかり腕に抱え込んだトゥーリエだったが、突発的な行動に混乱する。たまにこういったいたずらをすることはあるが、本当に稀だった。昔は言うことを聞かない、なんて言うことはざらにあったが、トゥーリエとて成人している。精霊使いとしては立派になれたはずなのだが。
(というか、怖い怖い怖い!! 飛んだことないから怖い!!)
地面を歩くことが一般的な人間という生物が、空という足場のない不安定な場所にいることほど、不安なものはない。かといって下を見れば余計に怖くなると分かっていたトゥーリエは、もうどうにでもなれときつく目をつむった。体を丸め、早く終われと願う。
トゥーリエが怯える中、体はぐんぐんと上がっていく。なぜそれが分かるのかというと、風が体を切る感覚があるからだ。
「というか、どこまで行くの!? もういい加減にして〜〜〜!!」
トゥーリエは耐え切れず、悲鳴をあげた。
すると、唐突にとすんと、足元に何かが当たった。
何かに座っている。
その感覚に、トゥーリエはおそるおそる目を開ける。
「……え?」
そして、思わずほうけた声を上げてしまった。
見ればそこは、空だ。空なのだが、トゥーリエは何かに乗って飛んでいる。
問題は、その何かだ。
トゥーリエはおそるおそる、声をかけた。
「……ドラゴンさん?」
そう問いかければ、ドラゴンは後ろを振り返ることなく「グルルルル」と喉を鳴らす。どうやら、返事をしてくれたようだ。
トゥーリエはそこでようやく、「ああ、ドラゴンがいたから、精霊たちはあんないたずらをしたのか」と納得した。
(いや、それにしたって急だったけどね!?)
驚きすぎて、腰が抜けてしまった。しばらく立てそうにない。
ただこうしてドラゴンの体に触れられるのは、なんとなく嬉しかった。つるつるとした鱗を撫でていると、ふと背中に大きな傷があることに気づく。
(これ、前怪我したときについたものじゃないよね? というより、ドラゴンの治癒力はかなり高いはずだし……痕が残ることなんて、そうないと思うんだけど)
そんな疑問が浮かんだ。
というより、この傷を見て思い出したのが、例の婚約者だったからである。
大型の魔物と戦った際に、背中に走った大きな引っかき傷。
それはあまりにも深く大きなものだったので、怪我が完治した後も残ってしまったのだ。
どくりと、心臓が大きく脈打つ。
彼ではないはずなのに、彼のような要素があまりにも多くて。
このドラゴンが本物の彼なのではないかと、勘違いしてしまいそうだった。
(……いけない。そんな勘違い。ドラゴンさんも迷惑だろうし)
こうして毎回通ってくれているのだから、好かれているに違いない。でも、トゥーリエは人間だ。ドラゴンの恋愛対象にはなれないだろう。それにドラゴンも、婚約者の代わりに愛されるなど嫌なはず。
トゥーリエは、夢物語のような考えを頭の中から消し去った。
そうこうしているうちに、ドラゴンは降下する。風の精霊たちが抵抗を少なくしてくれているのでさほど気にならないが、降りるときはやはり怖かった。
ただかなり緩やかに降りてくれたため、振動はほとんどなく。とても気を使って降りてくれたことがよく分かった。
トゥーリエはドラゴンから降りると、頭を下げる。
「ドラゴンさん、ありがとう。ごめんね、唐突に乗っちゃって。精霊さんたちには、後でちゃんと叱っておくから」
しかしどうやら、そういうわけではないらしい。
ドラゴンはトゥーリエの背中を頭で押すと、さっさと行けと促していた。
どういうことか分からないが、家に戻れと言いたいらしい。
トゥーリエは不思議に思いながらも、歩を進めた。
すると、ドラゴンもついてくる。
(……もしかして、今回早く来ちゃったとか?)
しかし残念なことに、まだ何もできていない。コケモモのジャムもこれから作らなければならないし、料理だってできていないのだ。
トゥーリエはおそるおそる口を開いた。
「……ねえ、ドラゴンさん。もしかしてあなたは、早めに来てくれたの?」
そう問えば、ドラゴンはこくりと頷く。
トゥーリエは申し訳なくなりながらも、説明をした。
「ご、ごめんなさい。まだ何もできてないの。コケモモのタルトを作ろうと思ってたところで……」
『グルルルル……?』
ドラゴンがそううなり首をかしげるのを見て、トゥーリエも首をかしげたくなった。
しかし家の前に着くと、ドラゴンは地面に寝そべり丸まってしまう。
どうやら、できるまで待ってくれるようだ。
トゥーリエはそれを見て、まずタルトを焼いてしまおうと思った。
つまり、午後のティータイムというやつだ。お菓子を食べるにはちょうど良かろう。幸い生地はできているのだから、あとは精霊たちに手伝ってもらえば出来るはず。
トゥーリエは摘んできたコケモモを水で洗うと鍋に移し入れ、大量の砂糖を入れて煮込み始めた。
風の精霊たちにジャムの管理を頼み、トゥーリエは冷やしていた生地を薄く伸ばし型にはめる。
それが終わると、卵と牛乳を使いカスタードクリームを作った。バニラビーンズは残念なことにないので、もどきだ。
カスタードクリームを精霊たちに冷やしてもらうと、トゥーリエは生地に入れる。
あとは、ジャムさえ出来れば焼くだけだ。
ジャムの様子を見に来ると、精霊たちがヘラを懸命にかき混ぜている姿が見えた。それが可愛くて、急いでいるはずなのになんとなく和む。
「ごめん! お疲れ様! かわるよ」
トゥーリエはヘラを持つと、ぐるぐると回した。
ジャムは意外と時間がかかるのである。
必死になってかき混ぜ続けていると、だんだんとろみが出てつやつやしてくる。
それを深めの皿に入れると、トゥーリエは頑張ってくれた精霊たちに「食べていいよ」と言った。
精霊たちは嬉々としてジャムを食べ始める。
一体どこに入っているのかなぁと思うが、それは聞かないのが道理だ。
トゥーリエは出来立てのジャムの半分を別の皿に移し、残った分を瓶に詰めた。煮沸は精霊たちにやってもらったので、問題なかろう。きちんと蓋を締めれば、ジャムの完成だ。
タルト用に分けたジャムは、風と水の精霊たちに必死になって冷やしてもらった。まさかここまで働かせることになるとは思うまい。あとで魔力とご褒美を多めにあげねば。
ジャムが冷えたらタルトに入れ、オーブンへ。
あとは焼きあがるのを待つだけだ。
トゥーリエは椅子に座り、そわそわとオーブンを見る。
外も気になったが、なんとなく覗きがたい。
焼き上がりを待つのがこんなにも長く感じるとは、思わなかった。好きな人をパーティーに呼んだのはいいものの、相手があまりにも早くきすぎて焦っている感じ、といえば分かりやすいかもしれない。
トゥーリエはかつかつと、テーブルを叩いた。
待つこと数十分。
ようやく、オーブンが音を立てる。
トゥーリエは急いで蓋を開け、中身を取り出した。
「わあ……!」
タルトを出すのと同時に、あまりの綺麗さに声が漏れてしまう。
コケモモのジャムはつやつや、タルト部分はしっかり焼き色が付いており、見るからにサクサクしている。
普段ならここで味見をしたいところなのだが、今回はすでにドラゴンを待たせているのだ。トゥーリエは冷却隊である精霊たちを急かすと、さっさと冷やしてもらった。
ほどほどに冷めたそれを切り皿に盛ると、トゥーリエは外へ飛び出す。
外で待っていたドラゴンが、驚いたように首を持ち上げた。
トゥーリエはそんなドラゴンのもとに駆け寄り、皿を見せる。
「ドラゴンさん! 今日はコケモモのタルトなの! 美味しいから食べて!!」
そう言うと、ドラゴンは瞳をらんらんと輝かせた。
ドラゴンは首を伸ばすと、舌を使いタルトをまるっとそのまま口に入れる。
いつもより、咀嚼する時間が長く感じた。
トゥーリエがそわそわしながらそれを待っていると、ドラゴンは嬉しそうに頬ずりをしてくる。
「ちょっ、くすぐったい!」
そう抗議したが、ドラゴンはなおもぐりぐりを続けた。
どうやら、かなり美味しかったようだ。
そんなドラゴンを見たせいか、トゥーリエもお腹が空いてくる。今日ぐらいは一緒に食べようかと思い、トゥーリエはドラゴンに声をかけた。
「ちょっと待ってて。お代わり持ってくるから」
トゥーリエはそう言い残しさっと家に戻ると、
タルトをふた切れ持ってドラゴンのもとに帰ってくる。
後々になってフォークを忘れたことに気づいたが、まあいいかと諦めた。
一皿をドラゴンの前に置き、もう一皿は自分で。
ドラゴンのすぐそばに腰を下ろすと、トゥーリエはタルトを手に持ち、がぶりと大口で頬張った。
「んん〜! 美味しい!!」
甘酸っぱいコケモモと、カスタードクリームのまろやかさ。そしてタルトのサクサク感がマッチしており、ほっぺたが落ちそうな美味さだ。
少し温かいのもまた美味しく、無言のまま食べ進めてしまう。
それはドラゴンも同じだったようで、神妙な顔つきをしてもぐもぐしていた。
「美味しいね〜ドラゴンさん」
そう問いかければ、ドラゴンはこっくりと頷いてくれる。トゥーリエはそれを見て、微笑んだ。
(一緒に食べたほうが、食べてるのを見るよりもっと美味しいかも)
そんなことを思ってしまう。しかし事実、とても美味しいのだ。新たな発見である。
――トゥーリエはこれを境に、ドラゴンと一緒にご飯を食べるようになった。




