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ドラゴンさんを餌付け中  作者: しきみ彰


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2/10

ドラゴンさんはやっぱりお肉がお好き

 ドラゴン。

 この情報のみで、一体何を食べる生物だと思うだろうか。


 トゥーリエが思い浮かべたのは、肉だった。

 まぁ、無難な選択である。


 特に出会った当初は何が好きか分からず、とりあえず「お肉! 怪我もしているし、お肉食べて元気になってもらわなきゃ!」と息巻き、森へと足を踏み入れたものだ。そのとき仕留めたのは、うさぎだった。それからも、トゥーリエは良く肉料理を作る。


 トゥーリエは、精霊使いだ。

 精霊使いというと殺し合いをしない人種に見えるかもしれないが、森を荒らす動物などがいれば狩りなどを行う。それは、力を貸してもらっている精霊たちへの謝辞も兼ねてだ。


 そんなわけでトゥーリエは昔から、狩りをするのが得意であった。


 森で過ごすという選択肢を取ったのも、トゥーリエが精霊使いという立場だったからである。トゥーリエに対して好意を示している精霊たちは、彼女の存在を隠してくれるのだ。


 そんなトゥーリエは今、狩りをしていた。

 息をひそめ、手作りの弓を構える。


 狙うのは、草木を食む鹿。


 矢尻に弦を当ててから弦を引き、構える。

 当たるか当たらないかは、射手の腕次第だ。

 今日くるであろうドラゴンのためにも、美味しい料理を作らねばならない。


 トゥーリエは目を細めた。


(あれだけ大きな鹿なら、ステーキにもできるし煮込み料理もできる。絶対に美味しい。血抜きをしっかりすれば、臭みも残らないし……うん、あり。ありあり)


 トゥーリエの頭の中には、鹿料理がこれでもかと浮かんでいた。よだれが垂れそうだ。

 誕生日にもらった赤ワインがあるので、それを使って煮込み料理をしよう。山葡萄のジャムも作ってあるので、それをソースにしてステーキに。


 国王が時折転移術式を使って、砂糖や塩などの物資を送ってくれるのが、唯一の救いだ。トゥーリエのわがままを受け入れてくれたのも、国王である。「この国にいるのであれば、どこにいてもいい」などと言ってくれるなど。泣ける話だ。


 トゥーリエは煩悩を振り払い、集中する。

 そして、矢を放った。







「今日も良い食材が入った!!」


 トゥーリエはほくほくとした様子で、逆さに吊るした鹿を抱え我が家に帰ってきた。


 捕まえると同時に木に吊るされ、血抜きを終えた鹿は絶対に美味しいだろう。今からさばくのが楽しみだ。


(でも首都でこういうことすると、驚かれるんだよね。精霊使いにどういうイメージを持ってるんだろう、本当)


 トゥーリエは別のところから、この国に入ってきた精霊使いだ。それはトゥーリエの一族の掟に、十五になれば外に出て職に就かなければならないというものがあるからだ。一族の者が住んでいる場所は森の奥深くで、自給自足が普通だった。


 トゥーリエは外に出てはじめて、精霊使いの存在が貴重なことに気づかされたのだ。その上、神的万物に保護までされているらしい。無理矢理手に入れようとすれば神罰がくだるのだとか。事実かどうかは知らない。事実だったら怖いものだ。


 そんなことを知りながら旅をし、色々な場所を巡り今こうして定住しているわけなのだが。


(……まさかまた、森暮らしをすることになるとは)


 思わず苦笑いをしながら、トゥーリエは鹿をさばき始めた。この辺りはもう手馴れたものだ。

 こんなに量もあれば、ドラゴンも満足できるはずだ。そう意気込み、トゥーリエは鹿肉を変身させていく。


 一口大に切った鹿肉は、赤ワインや野菜と一緒に煮込みシチューに。

 塩で味付けしこんがりと焼いたステーキは、山葡萄で作ったソースをかけて。

 鹿肉を細かく刻んでひき肉状にしたものを、お団子サイズに丸めて野菜やハーブをたっぷりいれたスープに放り込めば、肉団子スープの出来上がりだ。


 トゥーリエは早速味見をしてみた。

 よく煮込んだシチューは、肉を噛めば肉汁がじゅわっと溢れ出し、旨味が口いっぱいに広がる。赤ワイン独特の風味が鼻に抜け、思わずうっとりしてしまった。

 ステーキも、本当に美味しい。噛めば噛むほど味が溢れ出すのだ。山葡萄のソースがすっぱいため、それがアクセントになってなおのこと美味しい。


 肉団子スープのほうは、シチューとステーキと違いさっぱりした味がした。味付けをシンプルにしたのが良かったようだ。これなら同じ材料を使っていても飽きないため、最後まで美味しくいただけるだろう。


 トマトなどが手に入ればトマト煮などもできるし、パイ生地が作れればパイ包みもできるのだが、ないものは仕方ない。


(それにしても、森にいたときとは比べ物にならないくらい凝ったものが作れるようになったなぁ……)


 トゥーリエはしみじみ思った。昔は焼いて塩だけで食べていたのだが。

 狩りなどができなくなった憂さを、料理で晴らしていたのが功を奏した。


「……本当に食べて欲しい相手が死んじゃったんだから、あんまり良くないのかもしれないけど」


 ふと胸に浮かんだ寂しさを、首を振って振り払う。

 トゥーリエは拳を握り、「よし!」と声をあげた。


「外にテーブル運ばないと!」


 誰に言うでもなくそうつぶやくと、トゥーリエはてきぱきと動き始めた。

 ドラゴンでも入れるような家でもあれば良いのだが、そんな家は作れそうにない。


 そのことを残念だなーと思いながら支度を終え、料理を運ぶと、精霊たちが騒ぎ出す声が聞こえた。


 空を指差し「きたよ! きたよ!」と言っているということは、つまり、そういうことなのだろう。

 トゥーリエはエプロンを外し、髪を整える。

 ドラゴンに対して気にすることもないと言われそうだが、トゥーリエはドラゴンに会う際ひどく緊張するのだ。


 それは食われるからとかいうものではなく、どちらかというと「好きな人には綺麗に見られたい!」という類いの感情である。

 ドラゴン相手におかしいと、そう言われると思う。しかしドラゴンを見るたびに胸がドキドキして、落ち着かなくなるのだ。


 婚約者がいた身分なのに、何をしているんだと自分でも思うのだが。どうしたら良いものか。


(これもそれも、ドラゴンの食べっぷりが彼に似てるから! わたしは浮気なんかしてないんだから!!)


 そんなふうに思っていると、ドラゴンが地上に降り立ったようだ。少しだけ地面が揺れるのを、トゥーリエは肌で感じ取る。


「おかえりなさい! 今日はなんと! 鹿肉を使ったフルコースでーす!」


 トゥーリエがそう叫ぶと、どうやら意味が分かったらしい。ドラゴンの瞳が爛々と輝くのが見えた。


(ふっふっふっ。さすがドラゴン。やっぱりお肉が好きなんだね)


 トゥーリエはしめしめと思いながら、その食事を観察する。

 ドラゴンはいつもと違い、がっつくようにして料理を食べ始めた。


 その気持ち良いまでの食べっぷりを見て、トゥーリエは楽しくなる。


(わたしはあんまり食べてないけど、見てるだけでお腹いっぱいになっちゃう食べっぷりって、こういうのをいうんだろうなぁ)


 そうこうしている間に、ドラゴンはぺろりと全部を食べ終えたようだ。満足げに空を仰いでいる。


「ドラゴンさん、今日の料理も美味しかった?」


 そう問えば、「グルルル」とうなってくれた。どうやら合格なようだ。

 しかし少しして、ドラゴンが目を剥く。

 そしてそのままばたりと倒れてしまった。


 トゥーリエは悲鳴をあげる。


「ドラゴンさんーーー!?」


 トゥーリエの叫び声を聞き。森中の精霊たちが笑い出したのは、また別の話だ。




 そしてトゥーリエはこの後、ドラゴンが満腹のあまり眠ってしまったのだということと、鹿肉の腹持ちがかなり良いことを知る。

 次鹿肉で料理を作るときは、量を少なめにしよう……とトゥーリエは自己反省するのだった。

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