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ドラゴンさんを餌付け中  作者: しきみ彰


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1/10

ドラゴンさんは恩人

私が主催をする「ドラゴン愛企画」開催前の宣伝的な意味を込めた作品です。

他にもドラゴンを題材とした作品を書いていますので、宜しければ読んでくださいね!

 元・王宮精霊使いであるトゥーリエは、わけあって森で暮らしている。

 そんな彼女が七日に一度おこなっていることは――夕方前にやってくるドラゴンに餌付けをすることであった。









「……よし。今日もこれでよしっと」


 トゥーリエは庭に置いてあるテーブルのセッティングを確認し、満足げに頷いた。その上には作り立ての料理が乗った皿がこれでもかと置かれており、見るからに美味しそうだ。


 見ず知らずの他人からして見たら、大勢の人を招きパーティーでも開くのかと思われるかもしれない。しかしこれを食べるのはただひとり。――否。ただ一匹なのだ。


 結んであった白銀の髪を解き、エプロンを取る。軽く見た目を整えていると、地面が揺れるのを感じた。


 精霊たちが一様に騒ぎ出すのを見て、トゥーリエはパッと表情を綻ばせる。

 すると、拓けた場所から一匹のドラゴンが歩いてきた。

 ドラゴンは、鳥のような翼を器用にたたみのっしのっしと歩いてくる。体はどことなく蛇に近かった。違う点があるとすれば、前脚後脚があるところだろうか。

 他の人間ならば卒倒しかねない存在でもあるドラゴンだが、トゥーリエには可愛らしく見えた。


 それもそのはず。トゥーリエはそのドラゴンに餌付けをしているのだから。


「おかえりなさい! 今日も来てくれたんだね。すっごく嬉しい!!」


 行儀良くテーブルの前に座るドラゴンにそう語りかけながら、トゥーリエはにこにこ笑う。そんなふうに話しかけると、ドラゴンも笑っているように見えるから不思議だ。

 トゥーリエはそんなドラゴンの雰囲気を察し、さらに機嫌を良くする。


「ふふ。今日もたくさん作ったから、たーんと召し上がれ!」


 そういうと、ドラゴンは目をキラキラ輝かせテーブルを見入った。


(ふふふ。見てる見てる)


 トゥーリエはしめしめと思いながら、ドラゴンの様子を観察する。ドラゴンはまったく喋れないが、表情をころころ変えるため何を思っているのかすぐに分かった。それを見ていると、王宮にいた頃を思い出すから不思議だ。


 そんなふうに見られているなど知らず、ドラゴンはその強靭な手で、皿をそっと持った。そして皿を傾け、料理を口に流し込む。


 人間のようなその仕草は、何度見ても面白い。

 しかもこのドラゴン、餌付けし始めた頃はスプーンやフォーク、ナイフなどを使って食べようとしたのだ。しかしそれらの食器を折ってしまってからは、こうして皿を掴み食べ物を口に流す。


 にもかかわらず、食べたものは何度も咀嚼し味わうのだ。さらに汁などが残っていれば、舌で舐め取ってしまう。


 ドラゴンが料理を食べる姿は、人間らしくもあり犬のような生き物に見えた。

 どの料理も美味しく食べ、一滴たりとも残さない。それを見るたびに、胸がキュッと引きしぼられる。


『は? はしたない? 何言ってんだ。お前の作った美味しい飯だぞ。一滴たりとも残すかって!』


 そう。まるで、死んでしまった婚約者のようだった。

 必ず帰ってくると約束したくせに、骨すら戻ってこなかった婚約者。


 彼がにかりと笑いながら食事をするのが好きで、料理の練習をしたのに。

 帰ってきたら、楽しい結婚生活が送れると心の底から楽しみにしていたのに。

 何もかもが無駄になってしまった。


 トゥーリエはそんな現実から目を背けたくて、持っていたすべての地位を投げ打ってまで森に逃げてきたのだ。


(まあ、それだけじゃないけど)


 そんなことを思いながら、トゥーリエはドラゴンを見つめる。なんとなく、婚約者に似ているドラゴンを。

 そしてドラゴンが料理すべてを平らげるのを見て、満面の笑みを浮かべる。


「今日も一滴たりとも残さず食べてくれたんだ。嬉しい」


 そう言い、トゥーリエはドラゴンに抱き着く。鱗の部分は固くすべすべしているが、翼の部分はふかふかだ。不思議なドラゴンもいたものだと、くすりと笑みが浮かぶ。


 出会った当初は怪我をしていたこともあり警戒心を剥き出しにされたが、今となってはおとなしいものだった。むしろトゥーリエに懐いてくれたのか、長い首を曲げて顔をすり寄せてくる。

 それがくすぐったくて。トゥーリエは笑ってしまった。


 婚約者が死んでから本当の意味で笑えたのも、ドラゴンのおかげ。ドラゴンに出会えなければ、トゥーリエはここまで回復しなかった。


 ドラゴンが人間ではない存在なのも、理由のひとつだろう。


(慰めも同情もいらない。ましてや、別の婚約者を勧めてくる人なんて、論外だ)


 トゥーリエは放っておいて欲しいのに、周りはハエのようにたかってくる。それが、トゥーリエの心を余計に傷つけた。無神経にもほどがあると、本気で苛立ったことは今でも忘れられない。


 だからトゥーリエにとってドラゴンは、恩人なのだ。


 ドラゴンをひとしきり撫でた彼女は、一歩下がり手を振る。


「じゃあ、またね。ドラゴンさん」


 そう言えば、ドラゴンは頭を下げた。

 くるりと体の向きを変えのっしのっしと進んでいく中、その尻尾が揺れているのが分かる。それはまるで、手を振り返しているようだった。


 トゥーリエの家からわざわざ離れたところに降り、そしてまた飛び立っていく様も、紳士的で人間じみている。

 そんなことを思いくすくすと笑っていると、大きなドラゴンが橙色の空へと駆けていくのが見えた。


 鳥のような翼をはためかせ、ドラゴンはどこかへ行ってしまう。

 トゥーリエは、ドラゴンが見えなくなるまで外にいた。


 ドラゴンが見えなくなると、彼女はようやく片付けを始める。その頃には日もだいぶ暮れ、空は藍色に変わっていた。


「今日も終わりか〜……ドラゴンさんが来てから、一日が早く感じるようになったな」


 ぽつりとひとりごとをつぶやきながら、トゥーリエは空を見上げる。星々がキラキラと瞬いていた。精霊たちが楽しそうに踊っているのも見える。


 トゥーリエが楽しいと、精霊たちも楽しいようだ。なんせ婚約者が死んだという報告を受けたとき、トゥーリエは精霊たちのことを気にかけてやれないくらい深く落ち込んでいたのだから。それを思い出すと、なんだか申し訳なくなる。しかしそれ以上に楽しくもあった。


(今度は、何を作ろうかな。美味しそうに食べてくれたら嬉しいな……)


 そんなことを考えながら。

 トゥーリエはまたやってくるであろうドラゴンの存在を思い浮かべ、胸を弾ませた。

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