57話 泣き下手と彼らの後日談
――紅愛と白愛の誘拐事件から、1週間が経過した。
俺は駐車スペースに停めた車の中で、スマホ片手に電話を掛けている。
通話の相手は千波さんだ。
「千波さん。退院、おめでとうございます」
『ありがとう。本当はもっと早く退院できるはずだったんだがね。沙和子に『良い機会だから徹底的に身体を調べもらいなさい』と言われてしまったよ』
電話口から聞こえてくるため息に、俺は苦笑した。
『一番大変な時期に側に居なくて悪かったね、勝剛君』
「いえ……」
『君は眉をひそめるかもしれんが……彼らのことでいくつか報せておきたい』
彼ら――。
今回の事件の首謀者である乱場カイトと嵐馬陸駆のことだ。
俺は先に口を開く。
「乱場カイトは警察に逮捕されたと報道で見ました」
『うむ。ドラマも正式に降板が決定した。先方の事務所とは、賠償金について幻慈君が話をつけたそうだ。リスケジュールや方々への調整でひどく忙しそうだったよ。ワシもその苦労はわかる』
千波さんがしみじみと呟く。
さらに、沙和子さんからの話も教えてくれた。被害者側の関係者として、拘留されたカイトに彼女は接見したそうだ。
俺に牙を剥いた狂気のケモノは、今やすっかり牙を折られ大人しくしているらしい。
曲がりなりにも元プロ格闘家としての肉体は、見る影もなく痩せ細っていた。頬はこけ、瞳からは生きる気力そのものを失っていたという。
俺は眉一つ動かさず、その話を聞いていた。
同情はできない。
すべては自業自得――いや、因果応報であると固く信じている。
『ドラマの撮影日程が終了したら、改めてカイトの件は公表されるそうだ。もちろん、君たちのプライベートな情報には触れないことになっている。カイトには苛烈な社会的制裁が待っているだろう。沙和子は言っていたよ。精神的に終わった彼には、この先こそ耐えがたい地獄だろうと。ま、因果応報だがな』
「はい」
『それでも、しばらく君の周りも騒がしくなるだろう。何か力になれることがあれば、言ってくれ』
ありがとうございます、と俺は答える。
『さて、一方の嵐馬陸駆の方だが……勝剛君は、あの男について何か聞いているかね?』
「事件の後、白愛から少し』
『そうか。あの子も成長したな』
千波さんがスマホの向こうで沈黙する。言うべきかどうか、迷っているようだった。
しばらくして、千波さんが言葉を選びながら言う。
『勝剛君。今から話すことは、ここだけに留めて欲しい』
「……?」
『嵐馬陸駆は現在、生死不明だ』
「何ですって!?」
思わず座席で前のめりになる。
『嵐馬陸駆、逮捕』の報道はない。そのまま逃げおおせたのか。
いや――だとしたら、生死不明とはどういうことだろう。行方不明ではなく、生死が不明。
『嵐馬陸駆は警察に逮捕されていた。しかし、護送される途中で警察車両が事故に遭ったらしい。……海に沈んだそうだ』
「……え!?」
『車両は引き上げられたが、車内に遺体は確認されなかったそうだ。警察官も、嵐馬陸駆もな。これは現在、限られた人間しか知らない』
「なんて、ことだ」
『勝剛君。この情報は君の中だけに留めておくんだ。双子姉妹には知らせないように』
「……わかりました」
頷いた俺は、薄ら寒さを覚えた。あの事件の日、スマホの画面越しに見た陸駆の表情は、目に焼き付いている。カイトと同じ――いや、それ以上の狂気をはらんだ目だった。
ここで俺は、どうしても気になっていたことを千波さんにぶつけた。
「千波さん。どうして姉さんは――涼風恋は、あんな男たちと関係を持ったのでしょう?」
再び千波さんが口を閉ざす。さっきよりも長い沈黙の後、彼は言った。
『恋は、ワシから見ても自分自身に対する興味が薄かったように思う。それも含めて彼女の魅力ではあったが……もっと恋の無邪気さとそれが醸し出す危うさに目を向けるべきだったのかもしれん。勝剛君、紅愛と白愛は間違いなく恋の子。母のごとくならないよう、これからも側にいてやってくれ』
「はい」
短く、しかし決意を込めて頷く。
『それはそうと、勝剛君』
ふと、千波さんが話題を変えた。
『今回は天院君にも世話になった。機会があれば、また彼女のところへ顔を出してやってくれ。本人からもそう頼まれていてな』
「てんいん……?」
誰?と首を傾げる俺。千波さんが答える。
『ほれ。ブティックに勤めている女性だよ。事件の日も双子姉妹やArromAの皆と訪ねたそうじゃないか』
「店員さんってマジでテンインさんだったの!!?」
間の抜けた叫びを上げる俺。いやビビった。まさかあの店員さんが、千波さんと繋がりがあったとは……。
いや、あり得るか? 店員さんだもんな。
『白愛の救出にも一役買ってくれたのだ。ワシも菓子折のひとつでも持っていこうと思っているよ』
「もちろんお礼には伺いますが……訪ねたら最後、何をされるか」
『あっはっは! 彼女は気に入った相手にはどこまでも執着するからなあ! まあ、付きやってやれ』
冗談じゃないです。
今日初めて苦虫を噛みつぶした顔をする俺。
それから2、3言交わした後、電話を切る。ヘッドレストに頭を預ける。何だかドッと疲れた。
そのとき、コンコンと窓がノックされる。見ると、朝仲さんとはなが立っていた。
窓を開けると、朝仲さんが少し怒ったように言う。
「学校の敷地内で、いつまでこそこそしているんですか。勝剛さん」
「う……」
「あなたは主役なんですから、現場でどーんと構えていればよいのです。さあ、行きますよ」
車から引っ張り出される俺。
こそこそしてるつもりはなかったんだがなあ……。
内心でぼやきながら周囲を見る。
ここは星乃台高校の来賓用駐車場。今日はドラマの撮影のためにここを訪れていた。
以前訪れたときにあちこちから現れた野次馬生徒は、今日はいない。この日は休校日であった。
ドラマにおいて最も重要なシーンを今日、撮るという。
そして千波さんや沙和子さんが言っていた通り、俺はカイトに替わる『主役』として出演する。
決して、車内に逃げていたわけではない。
それにしても、まさか今日とは。
千波さんや朝仲さんたち、狙ってこの日を撮影日にしたんじゃないかと勘ぐってしまう。
朝仲さんが背中を押した。
「梅雨時期に珍しい快晴なのですから、ウダウダしている時間はありません」
「朝仲さん、楽しそうですね」
「そう見えますか?」
振り返ると、いつもは無表情の朝仲さんが少しだけ笑っていた。
「あなたや紅愛、白愛のフォローをするのが、ぼくの仕事ですから」
「それはウチも同じだよ」
すると、はなもそう言って同調した。
はなの表情はさらに明るい。
ここのところ暗い顔になることが多かった彼女だが、今は晴れやかな様子だ。まさに今日の天気のよう。
「ウチはこれからも双子姉妹ちゃんと勝くんを支える。それがお姉さんとしてのウチの役目だからな」
「お姉さん……?」
「だってウチの方が誕生日早いじゃん。頑張れ弟君!」
「またイジられる予感しかしないなあ……」
ぼやく俺。背中をバンバン叩くはな。
姉キャラを通すつもりなのか、「行くよー!」と率先して歩き出す。
小さくため息をつき、追いかける俺。その横に並んで、朝仲さんが呟いた。
「恋さんと嵐馬兄弟との関係は、ぼくもショックでした。勝剛さんはなおさらでしょう。十六夜さんは、彼女なりにショックを和らげようとしているのでしょうね」
「ええ。ありがたいことです」
俺は頷きながら言った。
「彼女ももう、俺にとっては家族ですから」
【57話あとがき】
相応の報いを受けた嵐馬兄弟と、事件を乗り越え前を向く勝剛たち――というお話。
悪役はやっぱり落ちぶれてもらわないとね、という感じですよね?
ドラマの主役として立つ勝剛に、双子姉妹が告げる言葉とは?
次回、ついに最終話!
ついにここまで来たかと思って頂けたら(頂けなくても)……
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