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55話 泣き下手姉妹ともうひとつの因縁 2


「勝くん!? 紅愛ちゃん!? ふたりとも大丈夫か!?」

『ああ、こっちは大丈夫。何とかケリが付いたよ。そっちはどういう状況なんだ? 誰かそこにいるんだろ?』

「まあな。そうか……勝くんたちを襲ったのも、あんたの連れか。嵐馬陸駆」


 はなが陸駆を睨みながら声を上げる。スマホから「嵐馬……陸駆……」と声が漏れる。

 首魁(しゅかい)の名前はこれで伝わったはずだと、はなは考えた。

 向こうには乱場カイト。こっちには嵐馬陸駆。

 名前の響きといい、とても無関係な間柄とは思えない。

 ただ、すでに状況はこちらに有利へ傾いている。


「残念だったな、嵐馬陸駆。向こうはもう決着がついたらしいわ。こっちも残るはあんたたちのみ。こんな大事(おおごと)をしでかしたわりに、お粗末な幕切れだな!」


 はなは怒りを込めて啖呵(たんか)を切った。動揺を誘う挑発である。

 これで少しでも隙が生まれれば、陸駆の手をかいくぐって離脱できる。 


 しかし――。

 あろうことか、陸駆は軽やかな鼻歌をやめなかった。不利な状況のはずなのに、どこか恍惚とした表情さえ浮かべている。

 はなは背筋が凍るような恐怖を抱いた。この男、まともじゃない。


「確かに、もう十分いいものを見させてもらいました」


 そう言いつつ、何故かスマホを覗き込む陸駆。まるで画面の向こうにいる勝剛たちを見て、愉しんでいるような仕草だ。


「いい姿ですよ、カイト。絶望の、さらに下に突き落とされた、実に汚く惨めな顔だ。狂気に身を任せた君が最高に美しかったからこそ、今の姿も格別に美しい」

「……嵐馬陸駆。あんた、何を言っているの?」

「こちらのことですよ。さて、私もメインディッシュを頂くとしましょうか」


 スマホを構えたまま、一歩二歩と近づいてくる陸駆。身構えるはなと白愛。

 陸駆は口元を引き上げた。


「実はね、私もあなたたちと同じ関係者なんですよ。あの稀代の名女優、涼風恋のね」

「……は?」

私も(・・)彼女との間に子をもうけましてね」


 ――瞬間、場の空気が凍り付いた。時間の流れが止まったように感じる。

 はなは思う。この男は、いったい何を言っているのか。

 スマホの向こうにいる勝剛たちも同様である。絶句し、固まっている。


「少し、昔話をしましょうか」


 はなや白愛の反応を満足そうに見つめながら、陸駆は語り出した。


「私、当時から海外では少々名の知れたドキュメンタリー作家でしてね。あいにく日本では無名ですが。18年ほど前、彼女――涼風恋と出会ったのは私が日本に一時帰国していたときのことでした。『ただのカメラ好きな若者』と見たのでしょうね。たまたま出会った彼女にせがまれて、何の気なしにポートレートを撮影してあげたことがきっかけでした」


 昔を懐かしむように――はなからすれば(おぞ)ましい顔で――陸駆は遠くを見つめる。


「出来上がった写真を彼女とともに見たとき、私は衝撃を受けました。『魅入られる』とはこのことかと。それまで何百枚と写真を撮ってきましたが、そこに映っているのは『人であって人でない、けれどどこか安心するモノ』でした。初めてでしたよ、自分の作品にそんな感想を抱いたのは。そして……涼風恋も同じ衝撃と感情を抱いていました。『私はこんなにも怖ろしかったのか』と。笑いながらね。それが彼女との馴れ初めです」

「まさか、そのとき……」

「ええ。ただ、彼女とはそれっきりでした。あっけないものですが、私にとってはそれでよかったのだと思っています。なぜなら、その日を堺に彼女はどこかつまらない女性になってしまいましたから。絶妙なバランスで混ざり合っていた狂気が、一気に普通になった。私の目にはそのように映りました」


 虚空を見つめていた陸駆の目が、白愛に向けられる。


「あなたはどうですか? 涼風白愛さん」

「……!」

「私にはわかります。あなたは涼風恋、そして私の子だ。ふふ。作家の眼力を侮らないで欲しい。私は洞察力には少々(・・・・・・・)自信がありましてね(・・・・・・・・・)


 心の裏側まで見通すような視線、そして言葉。

 それらに晒された瞬間、白愛は雷に打たれたように動けなくなった。息も、鼓動すらも止まったように感じた。


 かつて世話をしていた子の姿を目の当たりにしたはな。洞察力の鋭さは遺伝だと言うつもりか、と思った。陸駆を睨む。ただ――声を大にして遺伝を否定できずにいた。

 双子姉妹の実父はまさか、この男――?


「『異父過妊娠(いふかにんしん)』。この言葉をご存じですか?」


 ふと陸駆が言った。


「月経周期に女性の体内で排卵が2回起こり、それぞれの卵子が別々に受精することで起こる現象です。とてもレアでしてね。これによって何が生まれるか。――父親の異なる二卵性双生児です」

「父親が違う……双子!? まさか」

「ええ。十六夜はなさん、あなたも疑問に思いませんでしたか? 母親と比べ、明らかに過剰な特徴をこの双子は持っていると。喜ばしいものですね。私の生業(なりわい)を支えた洞察力を、我が娘がしっかりと継承していたと知るのは」


 はなは息を呑んだ。

 白愛の洞察力が陸駆の遺伝であれば……。

 紅愛の腕力は、まさか。


「……嵐馬陸駆。教えなさい。あなたと乱場カイトは、どういう関係なの?」

「兄弟ですよ。双子のね。彼の本名は嵐馬海翔(かいと)。もっとも、カイトの方は私の存在を認知していなかったようですが。兄弟が感動の再会を果たしたのも、ついこの間のことでして」


 照れくさそうに頭を掻く陸駆。その表情には抑えられない愉悦が浮かんでいた。


「まあ、私がずっと機会を伺っていたせいですが。愛しの弟と、愛しの娘たちが最も美しく狂う(・・・・・・・)、そのタイミングを」


 直後、白愛がその場にしゃがみ込んだ。頭を抱え、うずくまる。

 はなは知っている。純粋無垢な子ども時代、彼女たち姉妹が唯一憎んだもの。それが実父の存在だった。

 その実父から、(おぞ)ましい悪意を叩き付けられた。

 耐えられないのも無理はない。


 理不尽への怒りで目尻に涙をため、はなは白愛に抱きつく。


 そういえば、かつて涼風恋は双子姉妹の父親について語りたがらなかった。

 代わりに彼女はこう言っていたのだ。


『私は人として不完全だから何にでもなれた。ただ、母にはなりきれなかった』――と。


(恋さん……あなたは何という重い枷を、この子たちに……!)


 唇を噛みしめるはな。

 このままでは白愛が壊れる。

 恋のように、人の手が届かないところにいってしまう。

 だが、はなにはどうすることもできない。かける言葉も見つからない。ただこうして抱きしめることしかできない。

 悔しかった。ひたすらに悔しい。


 陸駆は恍惚とした表情で立ち尽くしている。じっと白愛を見つめている。

 まるで――大切に育てた花が開花する瞬間を待ちわびるように。


「綺麗なモノが汚れ、穢され、壊れる瞬間こそが最も美しい。私はずっと、ずっとずっとそれが見たかった。17年間、それに費やしても構わないと思えるほどに。さあ白愛、受け取っておくれ。これが父と母からの少し早い誕生日プレゼント――大人の狂気だよ!!」


 両目をカッと見開き、腹の底から声を吐き出す陸駆。図らずも実弟、乱場カイトと瓜二つの狂気に染まった顔だった。


 ――次の瞬間である。


『白愛!!!』


 ――声が、響いた。


『しっかりして!! あたしたちは、『家族』だよっ!!!』




【55話あとがき】


綺麗なものが壊れる瞬間こそが美しい、それを見たいが故のさらなる狂気――というお話。

陸駆とカイト、この兄弟の思考はもはや理解不能レベルですよね?

カイトを拒絶した紅愛からの励まし。白愛はどう応える?

それは次のエピソードで。

実は一番悪いのは恋なんじゃないか?と思って頂けたら(頂けなくても)……


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