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50話 泣き下手と狂気ふたたび


 微睡(まどろ)みの中、俺は愛する娘の姿を求めた。

 そして微かに、紅愛の声を認識する。

 瞬間、身体の方が反応していた。


「なっ!? こいつ、スタンガンを受けてもう目覚めやがった!」

「紅愛に触るな」


 俺の左手は、チンピラの腕を握っている。まさかこんなにも早く動けるようになるとは思っていなかったのだろう。若い男の顔が驚愕と恐怖で固まる。


 ――俺は後部座席の奥へ乱暴に押し込められていた。額が床に付きそうである。

 隣には怯えた紅愛の姿。


 そして、チンピラは今まさに紅愛に触れようとしていた。


「紅愛に、触るな!」

「ぐおっ!? い、()てて……()ぅ!」


 チンピラの二の腕を掴む手に、さらに力を込める。チンピラは悲鳴を上げ、反対側の窓際まで退避した。


「パパ!!」


 紅愛が抱きついてきた。俺は身体を起こし、愛娘を抱き留める。指一本触れさせないつもりで、体を入れ替えた。チンピラたちを遮る壁となる。


 座席から伝わってくる振動で、車はすでに動き出しているとわかった。

 車内の窓は特殊なシートで覆われており、外の様子がわからない。


 俺はゆっくりと車内を見回した。射殺すつもりの視線で、敵の様子を把握する。

 車内にいるのは俺と紅愛の他に5人。最後尾の座席に2人、俺たちがいる中央の座席にさっきのチンピラが1人、運転手が1人。

 そして最後、助手席に座る1人――。


「よお、数日ぶりだな。能登勝剛」

「乱場、カイト……!!」


 唸るように、『敵』の名を呟く俺。

 スタンガンにも怯まない俺の姿に他のチンピラたちは半ば怯えている。だが、助手席のカイトだけは泰然自若(たいぜんじじゃく)としていた。加熱式のタバコをゆったりと吸う余裕すら見せている。


 ――が。

 俺はむしろ強烈な違和感と警戒感を抱いた。

 リラックスしているなんて到底思えない。両目を限界まで見開き、真正面に視線を固定しながら機械的にタバコを口元に運ぶ男が、まともな精神状態とは思えない。


 俺は言った。


「今すぐ俺と紅愛を解放しろ」

「そう焦るなよ」

「こんなことをしても無駄だ、カイト。お前がセントヴィクトリーに殴り込みをかけてきたときから、こっちは相応の備えをしてきている」


 ポケットの中のスマホを取り出した。外部との連絡手段をまだ奪われていないところを見ると、気絶していたのは本当にごくわずかな時間だったようだ。


「すぐに俺たちの居場所は割れる。異変もとっくに伝わっているぞ。諦めるんだな、カイト」

「ら、乱場さん……これマジっすか」


 むしろチンピラたちの方が動揺した。

 カイトを見る。奴は口の端を引き上げていた。


 油断なくカイトを睨みながら、俺は紅愛を抱く腕に力を込めた。愛娘の身体から震えがゆっくりと消えていく。彼女は額を俺の胸元にこすりつけた。「頼もしい」と仕草で伝えるように。


 断固とした俺の態度。それでもカイトは動揺を見せなかった。相変わらずの薄ら笑いで、ポケットからスマホを取り出す。表示した画面を、運転手の男に見せた。


「ここに向かえ」

「え、こんな近くに!?」


 おそらく地図アプリだろう。画面を見せられた男が迂闊な一言を漏らす。それでも、カイトはゆったりとした口調を崩さなかった。「いいんだって」と気安く答える。

 だが、奴の目は一切笑っていない。


 男はやけくそになったようにアクセルを踏み込んだ。彼のぼやきを俺は聞き逃さなかった。


「マジか。マジかよ。()()()()おかしいって、絶対」

「そう思うなら、今すぐ俺たちを解放しろ。そして今すぐカイトから手を引くんだ」


 そう強い口調で言うと、チンピラたちは黙り込んだ。ただ、カイトを覗く全員の視線が俺に集中したのがわかる。

 彼らを(さと)すため、俺はもう一度、強く言った。


「あんたたちも薄々感じているだろう。俺は直接拳を突き合わせたからわかる。乱場カイト……この男はもう正常な精神状態じゃない。従えば破滅だぞ」

「破滅……」


 運転手の男が真っ青になりながら呟く。

 するとカイトが彼の肩を叩いた。気安く、軽い仕草。まるで冗談を言った友人を軽く小突くような。


「ほら、後ろばっかり気にしてると事故(じこ)るぞ。安全運転で頼むぜ」


 ……まるで動揺した様子がない。

 すでに追い詰められ、チンピラたちから疑念の目を向けられているのに、カイトの態度は変わらない。

 リラックスした口調と、血走って見開かれた目。


 怖ろしい推測に思い至る。

 ――もしかしてカイトは、この先どうなろうと知ったことではないと考えているのではないか。

 目の前の願いを叶えるためなら、崖下の地獄であろうと喜んで飛び降りてみせる、と。

『正常な精神状態じゃない』――この表現すら生温(なまぬる)かったのかもしれないと、俺は自分の判断を悔いた。


 どうする。

 チンピラたちは動揺している。このままカイトに従うべきか揺れている状態だ。

 なら、カイトさえ行動不能にすれば脱出のチャンスはある――。


「良い殺気だな、能登勝剛。だがまだ足りねえ。あんたにはとことん付き合ってもらわないと」

「なんだと」

「今ここで俺をどうにかしようなんて、つまんねえこと考えんなってことさ」


 カイトが振り返った。ぺろりと唇を舐める。


「大事な子どもたちの片割れ。そっちにも今頃、人が行ってるはずだぜ。ある意味、俺よりもヤベぇ奴がな。だから、あまり余計なことをしないほうがいい」


 スマホを見せびらかしながら、カイトは(うそぶ)いた。

 それは『白愛の身がどうなってもいいのか?』という、明らかな脅しだった。


「だからさ、しばらく俺の話に付き合ってくれや」






【50話あとがき】


乱場カイトとその手勢によって、勝剛と紅愛が誘拐される――というお話。

カイトの狂気がさらに際立っている感じですよね?

彼が語ろうとする内容とは?

それは次のエピソードで。

この状況でも強メンタルを保つ勝剛はさすが主人公だと思って頂けたら(頂けなくても)……


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