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44話 泣き下手と玄関での空騒ぎ


 ――千波さんと沙和子さんを見送った俺は、いったん学校に戻った。

 借りていたバイクを帰さないといけない。

 生徒たちはあらかた帰宅した後のようで、日中のように取り囲まれることはなかった。

 紅愛や白愛、生徒会メンバーもすでに生徒会室を出たようだ。


 子どもたちに代わり、俺を(つか)まえたのは校長先生。礼を言いながらキーを返す俺に、なぜかやたらとバイクのことや紅愛たちのことを話しかけてくる。まるでイベントで意気投合した同志のようなノリだ。

 蓬莱さんは校長先生にいったい何を吹き込んだのだろうか……。


 その後も、イルミネイト・プロダクションの社長さんや朝仲さんに報告と相談をしているうちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。

 朝仲さんの話だと、はなも今日は蓬莱さんとともに自宅へ帰ったらしい。

 つまり、家には紅愛と白愛だけだ。


 先日のこともあって少々心配になった俺は、紅愛たちに電話をした。チャットメッセージでもよかったが、このときは声が聞きたくなったのだ。

 カイトとやり合ったせいで、俺自身、いつもと違う精神状態だったのかもしれない。


 いつものようにワンコールで電話が繋がり、少し胸をなで下ろす俺。


「紅愛か? すまん、色々あって遅くなった。もう少ししたら戻るよ。そっちは大丈夫か? 白愛は?」

「うん、大丈夫だよパパ。白愛もあたしと一緒にいるから。急なトラブルだったんでしょ? お疲れ様」

「ああ。ありがとう」


 何気ないやり取りをしながら、俺は内心で首を傾げた。

 声の調子がいつもと違う。

 ここのところ双子姉妹は懊悩している様子だったので、元気そうになったのはいいことだ。何か吹っ切るきっかけがあったのかもしれない。


 ただ――。

 いつも通りの元気さ、とはちょっと異なる気がした。

 どことなく落ち着いているというか、穏やかというか。


「パパが帰ってくるの、待ってる。あたしも、白愛も」


 ――甘えているというか、艶っぽいというか。

 これまでになかった大人びた雰囲気を感じたのだ。

 この短時間に、いったい何があったのだろう。

 微妙な沈黙を「俺が不安に思っている」と捉えたらしい。紅愛は努めて明るく言った。


「今日はね、家に友達を呼んでるんだ。だから寂しくしてないよ」

「家に友達? そうなのか?」


 俺は思わず聞き返してしまう。紅愛は「うん、そだよ」とあっさり頷く。

 ウチの家庭事情から、紅愛も白愛も友達を家に招くことはない。非常に珍しいことだった。


 電話を切った後、考える。


(もしかして生徒会の面々を呼んだのかな。今日の打ち上げ、あるいはこれから世話になることのお詫び……ありうるな。あれだけ親しくさせてもらっているんだ)


 せっかくだから夕食を振る舞おう。足りない材料を買い足ししなければ。

 それからタクシーを呼び、スーパーに寄り道。買い物をしてから自宅へ向かったので、予定よりも時間がかかってしまった。


「ただいま。すまん紅愛、白愛。すっかり遅くなっ――」

「……あ」

「――た……?」


 買い物袋を抱えた俺が玄関をくぐると、ひとりの少女とばったり出くわした。

 デジャヴ。生徒会室での一ノ瀬さんを思い出す。

 状況は、今の方がもう半歩ほど悪かった。


 どういうわけか、彼女はシャワー浴びたて。バスタオル一枚を身体に巻いただけのお姿。

 どういうわけなの。本当に。


 お互い視線を合わせたまま硬直。

 紅愛と似た体格、紅愛と違って柔らかそうな二の腕に、気の強さが表れた目――それでようやく気がつく。


「君はArromA(アロマ)の桜庭――」

「っぎゃああああああああああああっ!!!」

陽光(ひかり)ちゃん、ってそういう反応になるよなうん知ってた!」

 

 俺は慌てて後ろを向いた。

 しかし、まさかArromAのメンバーが来ていたとは。

 紅愛が言っていた「家に呼んだ友達」とはArromAのことだったのだ。

 ……それはそうと、何で彼女はウチでシャワーを浴びていたのだろうか?


 陽光は動揺が収まらないのか、廊下にしゃがんだまま動けないようだ。どうしたものかと思っていると、悲鳴を聞きつけて奥から足音が近づいてきた。

 ちらりと振り返ると、紅愛と白愛の双子姉妹である。


 彼女らは第一声でこう言った。


「パ――能登さん、だいじょうぶ!?」

「陽光氏に何かされませんでしたか、かっしー!?」

「ちょっとぉ!?」


 仲間よりも先に俺を心配したことに、陽光が抗議の声を上げる。彼女の気持ちはわかる。

 俺は買い物袋を掲げ、「何もない」とアピールした。


「ただいま、紅愛。白愛。遅くなって悪かった。陽光ちゃん、いらっしゃい。驚かせてすまなかった。風邪を引かないうちに、早く着替えておいで」

「う……そんな風に気遣われると。みっともなく悲鳴を上げた私がバカみたいじゃない」


 もごもごと呟く陽光。

 すると彼女の前に、紅愛と白愛が立ち塞がった。


「本当だよ、陽光ちゃん。ウチで何てことしてくれてるの?」

「え? でも裸見られたのは私……」

「他人のテリトリーで家主を誘惑するとは。しかもその悩殺ボディでシャワー上がりを晒すなんて、見下げ果てた所業です」

「あれ? これ私が悪いことになってる?」

「そうだね」

「そうですね」

「な、何よそれ。二人して私をいじめて……うへ……うへへ……」


 バスタオル姿を見た俺じゃなく、バスタオル姿を見せた陽光に詰め寄る双子姉妹。

 その理不尽に、何故か満更でもない表情を浮かべる現役アイドル。


 あ、これもう大丈夫なやつだ。

 そう思った俺は、気兼ねなくリビングへと向かった。




【44話あとがき】


『あの子たち』とはArromAのメンバーでした――というお話。

双子姉妹、仲間には容赦ないんかいって感じですよね?

ArromAを自宅に招いて何が起こる?

それは次のエピソードで。

陽光さんの変態ぶりは変わってないなあと思って頂けたら(頂けなくても)――


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