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36話 泣き下手とクルーザー


 ここで俺は思い出した。星乃台高校に来る前、イルミネイト・プロダクションの事務所で監督に言われたこと。


『乱場君の趣味がジム通いで、撮影中も近くに通えるところを確保したと言ってましてね。彼、身体を動かすことでストレス発散するタイプだから』

『急なキャスティングだったのにすでにそれっぽい空気をまとってんの。しばらく売れない時期が続いてたけど、それが逆に功を奏したのかね。目の色が違うっていうかさ』


「まさか」


 呟く俺に、常連客さんは続けた。


「ジム生の人が痛めつけられて、千波(ちなみ)社長も怪我したみたいで……ああ、どうしよう!?」


 かなり動揺が激しい。スマホの電話口から脈絡のない話が次々と漏れてくる。「スパーリングを吹っかけられた」「私は乱場カイトのファンだった」「最初は興奮したけど、様子がおかしくて」――等。

 俺は彼女に、落ち着くよう(さと)した。


「手が付けられない状況なら、警察へ連絡しましょう」

「そ、そうですよね……で、でもごめんなさい、能登さん。あたし、怖くて……!」

「千波さんは――いえ、わかりました。すぐにそちらに向かいます。無茶はしないで」


 いったん通話を切る。

 どうやら千波さんも今、落ち着いて話ができる状況ではなさそうだ。怪我をしているという話も本当だろう。

 ウチのジムの人たちに狼藉(ろうぜき)を働くなんて。許せない。


「勝剛さん。何かあったのですか?」


 いつまでも部屋から出てこない俺を、朝仲さんが呼びに来る。この部屋には今、俺たちしかいない。声を潜め、朝仲さんに事の次第を手短に話した。

 朝仲さんの表情がさっと変わる。ちらと生徒会室を振り返り、何食わぬ風を装って囁く。


「わかりました。こちらで警察を呼んでおきます。事務所への報告もぼくが」

「頼みます。俺はこれからすぐ、セントヴィクトリーに向かいます」

「待って下さい。危険ですよ。落ち着いてください」

「世話になった人がひどい目に遭っているのに、じっとしていられない!」


 思わず声を荒げそうになって、抑える。


「俺は千波さんからジムの治安維持を期待されているんです。それに、乱場カイトは俺にとって因縁の相手だ。一言、物申さないと気が済みません。俺は行きます」

「……なるほど。理解しました。では、代わりにこれを」


 そう言って朝仲さんが取り出したのは小型のカメラだった。


「レコーダーも兼ねています。今後のために、記録を取ることを忘れないように」

「ありがとうございます。お借りします」

「しかし、()せませんね。今回のこと」


 スマホを取り出しながら、朝仲さんが呟く。


「せっかくドラマへの出演が決まった矢先、こんなことをしても乱場氏にメリットはないのに。むしろ、厄介者として現場から追い出されかねない。彼はいったい、何を考えて――」


 そこで電話が繋がったらしく、朝仲さんは独り言を止める。

 俺は部屋を出る。生徒会室では紅愛たちが変わらず賑やかにしていた。


「どうしたのパ――能登さん。何かあった?」


 紅愛が真っ先に声をかけてきた。口調も表情もいつも通りだ。どうやら仲間たちと談笑して落ち着いたようである。

 白愛はじっと俺の顔を見てくる。様子がおかしいことを薄々察したのだろう。

 この子たちを巻き込むわけにはいかない。かといって、白愛の洞察力から完全に逃れるのは無理だ。俺は敢えて真剣な表情を崩さず言った。


「実はさっき、職場のジムから急ぎの連絡があってな。千波さんが仕事中に怪我をしたらしい」

「え!? そうなの、大丈夫?」

「ちょっとわからない。人手が少なくて混乱しているって、ヘルプの電話だったよ。悪いがふたりとも、俺はこれから急いでジムに向かう。最後まで付き合えなくて悪いな」

「いえ、とんでもありません。どうかお気を付けて。と――かっし――勝剛さん」

「あ、白愛ずるい。そこで下の名前をぶっ込むなんて」

「かっしーよりはマシでしょう、姉様」


 見慣れたやり取りだ。どうやら、白愛にもバレずに済んだらしい。

 ……それとも、実はまだ照れが残っていて本調子じゃないのだろうか。


 ここからジムまで車で向かおうと考えて、思い直す。

 星乃台高校までの足に使ったのは、イルミネイト・プロダクションの社用車だ。これから警察も来るであろう現場に、事務所の車で乗り付けるのは避けたい。


「今からタクシー捕まるかな」

「あら、能登さん。もし移動手段にお困りでしたら、こちらでご準備いたしますよ?」


 俺の呟きを聞いて、蓬莱さんが提案してくれる。正直、ありがたい。


「助かるよ、蓬莱さん」

「いえいえ。先ほどは良いモノを見せて頂きましたから、ささやかながらお礼です。ぐふふ」

「そ、そう。お迎えの車が来られるまで時間はどのくらい?」

「お待ちいただかなくても、すでにご準備はできていますわ。こちらへ」

 

 すでに準備できてる?

 首を傾げる俺を、蓬莱さんは校舎裏へと案内した。

 そこにあったのは、漆黒の大型アメリカンバイク。いわゆる「クルーザー」タイプだ。正面から見ると重厚感がすごい。好きな子は好きだろう、このフォルム。

 ……そもそも、こんなバイクで学校に乗り付けていいのか?


 蓬莱さんが「どうぞ」とキーを渡してくる。いやいや。


「このバイク、もしかして蓬莱さんの?」

「まさか。これは校長先生の愛車ですわ」

「いや待って」

「大丈夫。許可は取っております。我が校の校長先生は紅愛さま白愛さまの大ファンで、私の忠実な(しもべ)――じゃなくて、傀儡(かいらい)ですので」


 それ言い直す必要あった?

 そして校長先生、コレに乗って通勤してるの? そこそこモンスターマシンだと思うが。精神が若すぎない?

 いや、これ以上は何も言わないでおこう。こっちは急いでいる。校長先生、すみません。

 

 ヘルメットにシールドが付いていないタイプだったので、仕方なく朝仲さん支給のサングラスをセットで付ける。

 バイクにまたがり、エンジン始動。伝わってくる振動と荒々しい重低音がいかにもクルーザーらしい。大型二輪の免許は取得しているから運転は問題ない。


 ふと、双子姉妹の視線に気付いた。

 ふたりとも、まるで憧れのアイドルが目の前に現れたようなうっとりした表情になっていた。その視線に背中がこそばゆくなり、誤魔化すようにエンジンを吹かす。紅愛と白愛がますます陶酔した顔になった。逆効果であった。迂闊(うかつ)


 エンジン音を聞きつけた他の生徒たちが窓から顔を覗かせる。


「カチコミのアニキが校長センセのバイクに乗ってるぞ」

「やだ、似合う!」

「出陣だ出陣! おい皆、お見送りしろ!」


 ……早く出発しよう。


「勝剛さん、お気を付けて」

「はい。朝仲さん。それとはな。子どもたちを頼む」


 小さく告げて、俺は星乃台高校を発った。





【36話あとがき】


身内のピンチ、アメリカンスタイルでいざ出陣!――というお話。

この学校、急いでるときでも何かしらツッコませてくれますよね?

ついに邂逅する勝剛とカイト、一触即発の様子は如何に?

それは次のエピソードで。

校長先生のバイク、よくイタズラされなかったと思って頂けたら(頂けなくても)……


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