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33話 泣き下手と衝動のアンサー


 何が「仕方ない」のだろうか?

 俺は朝仲さんの発言が理解しきれず、間の抜けた表情を晒す。すると朝仲さんはしれっと告げた。


「余計なオーディエンスは退場しましたから、良いタイミングです」

「田中君のことか……」

「最愛の男性が近づいたときの紅愛と白愛の表情が見たいんですよぼくは」

「個人的な嗜好!?」

「それに、ここにいるスポンサー様に『グイグイ行く双子姉妹』の良さを知って頂く必要がありますので。解釈違いと言わせません」

「むしろ私怨か?」

「まあとにかく、そういうことですので。お願いします。はなさんをあのまま泣かせるつもりですか。はいゴー」


 雑なこと極まりないゴーサインが出た。バンジージャンプを躊躇(ためら)う人に「つべこべ言わずに飛べ」と足蹴にする理不尽さを感じる。


 結局、押し切られた。

 はな、朝仲さん、蓬莱さんの見ている前で、俺ははなの演技を再現することになる。


「紅愛、白愛。お手柔らかにな」

「う、うん」

「こ、こちらこそです。とうさ――かっしー」


 どこかぎこちないふたりに、「無理もないよな」と俺は思う。

 俺だって、自分の親に交際を迫る演技なんて気まずい。

「肩の力を抜いていこう」――と伝えようとして、口を閉ざす。


 紅愛と白愛の表情が、触れれば火傷しそうなほど真剣だったからだ。

 この顔を、俺は片手で数えるほどしか見たことがない。直近で記憶があるのは、そう――ふたりがイルミネイト・プロダクションの扉を叩いたときだ。偉大な母と同じ舞台に立つ。その決意をしたときの彼女たちが、今と同じ表情をしていた。


 それほど、このシーンにかける想いが強いのか。

 それほど、この俺に大きな存在になれというのか。


「勝くん、これ。脚本」

「ありがとう、はな。借りる」


 はなから差し出された脚本素案を受け取り、中身を確認する。

 そこでまた、瞠目(どうもく)する。


『ちゃんと私を見てくれるだろうか』

『真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに将来を考えている。けど、それはきっと私と重なっていない』

『もっとその視線を浴びたい』


 紅愛と白愛の字で、細かく文字が刻まれていたのだ。

 どれも、はなのセリフの部分に書き込まれている。

 まるで登場人物の気持ちを(おもんぱか)り、不安を覚えているような言葉ばかり。

 いや――実際に不安なのだろう。

 文字の書きぶりからわかる。紅愛も白愛も心の迷いを抱いているときの字だ。


 俺はそこに、双子姉妹の葛藤を感じ取った。心の迷いを抑えるべきか、それとも解放するべきか。その葛藤を。

 おそらく、はなも脚本のメモ書きを見て同じように感じたのだろう。だからこそ、全力で受け止めようとした。だからあの演技になった。途中で挫折してしまったが……。


 俺は改めて紅愛と白愛を見た。

 真剣な、それでいてどこか不安そうな顔に見えた。


 俺はひとつ深呼吸をする。

 気まずさを腹の底に押し込んだ。


 ふと思う。

 もしここに姉さんがいたら、どんな風に振る舞うだろうと。愛しの我が子に、どんな言葉をかけるだろうと。


「パパ?」

「父様?」


 紅愛と白愛が、小声で呼びかける。俺が黙り込んでしまったので、さらに不安を覚えたようだ。


 ――悩みを抱える娘たちにこんな顔をさせるのは、父親失格だな。


 表情を緩め、言う。


「始めようか。はなより下手でも笑わないでくれよ。その代わり――真剣にやるから」


 集中。

 脚本にもう一度目を通す。

 頭のスイッチを切り替える。


 姉さんならどうしたか。

 姉さんなら、どんな風に振る舞うか。

 

 きっとこうアドバイスするだろう。


 湧き上がる衝動に任せろ――と。


「おいで、ふたりとも」


 演技を始める。

 脚本はもう見ない。セリフと流れは頭に入った。姉さんや白愛のスキルには及ぶべくもないが、演技はこの目で見たのだ。あとは頭の中で結びつけるだけ。


 紅愛と白愛も、俺の演技に応える。

 はな相手のときには感じなかったぎこちなさが、双子から垣間見える。俺は内心で苦笑した。お前たちの力はこんなもんじゃない。もし、迷って葛藤して、その力が出せないのなら――。


「私が、君たちを夢の先へと連れていこう」


 自然と言葉が口をついて出た。

 脚本にはないアドリブのセリフ。

 しかし、それは紅愛と白愛が脚本に書き連ねた不安への、俺なりのアンサーであった。


 紅愛と白愛を抱きしめるため、両手を広げる。

 一歩前に進んだとき、紅愛が俯いた。「ちょっとストップ!」と声を床に吐く。


「少し、深呼吸させて。……セリフ飛んじゃって」

「ああ。わかった」


 そう答えた俺は、背後で朝仲さんたちがざわついているのに気付いた。さっきまで全然耳に入っていなかった。自分で思っていたより、役に入り込んでいたのかもしれない。


 蓬莱さんが感心したように言った。


「能登さんは紅愛さま白愛さまの保護者と伺いましたが、意外にも演技ができる方だったのですね。素直に驚きましたわ」

「……まあ、ある程度はね」


 誤魔化すように答えると、朝仲さんが近づいてくる。

 演技で少し皺が寄った俺の服を、軽く整えてくれる。


「ぼくも驚きました。やはりきょうだいなのですね」


 囁くように呟いた言葉に、俺は天井を仰ぐ。

 服を整え終えた朝仲さんが、双子姉妹に視線を向ける。


「負けていられないよ、ふたりとも。しっかり、ぶつかっていきなさい。本当に良い機会なんだから」





【33話あとがき】


双子姉妹は真剣だけど不安もあって――というお話でした。

それにしても勝剛は、顔は似てなくても大女優の弟って感じですよね?

再度チャンスを与えられた双子はどこまでいくのか?

それは次のエピソードで。

意外と勝剛も俳優いけるんじゃね?と思って頂けたら(頂けなくても)……

  

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