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第六十九話 王女の追悼

 王都リールは見事な晴れ模様だった。雲一つない青空はどこまでも飛んで行けそうなくらい開かれていた。


 真上に登った太陽は王都を遍く照らし、人々に活力を与える。しかし、それでも今日は浮かない顏をしている人が多い。



 セレシオン王国との戦争に勝利した。

 その知らせに沸き立つのも束の間、王子が暗殺された知らせが広まった。


 容姿の良さもあるが、国民に真摯に向き合うその姿勢が民からの人気を集めていた。


 そんな彼の死に人々は悲しんだ。朝から始まった葬儀を一目見ようと、大通りには人が押しかけ、哀悼の言葉をかけてくれた。



 兄は、ここまで皆に慕われていたのか、と集まる民を見回して感じた。


 そう思うと胸の内が強く締め付けられる。


 これから先、私が同じ立場に就くことになる。

 妹のリズもまだ十三になったばかり。兄の分まで私が何とかしなくてはならない。


 国王である父上もまだ回復したわけでわないから尚更だ。



 兄は操られ、国を混乱に陥れた。


 それもあろうことか、私に仕えていたフィオが操っていたのだ。今まで怪しい素振りを見せたことのない彼女が敵だったことに一番動揺したのは私だ。


 彼女の正体を見抜けなかったこともそうだが、その彼女を殺さねばならない立場にいる。

 私自身どうしたらいいのか分からなくなっていた。葛藤に苦しんでいる間に、フィオたちの処刑が決まった。



 これから広場で処刑が始まるところだった。



「これより! 処刑を執り行う!」


 魔法で拡声された声が響く。


「咎人共は、王国に潜入し、キンレーン第一王子を暗殺した! 我が国の未来を一つ奪った、その罪は深い!」



 宣告が続く間にフィオとベルボイドと言う男が処刑台に固定されていく。


 フィオは俯いていて表情は見えなかった。それとは対照的にあの男、今から死ぬと言うのに不気味なほど落ち着いていていた。

 捕らえられた日から今日まで、余裕の笑みを見せていることに狂気を感じる。



 二人の足元には燃焼用の魔法陣が描かれた。この国の処刑方法は火刑だ。罪人は骨をも残してはならないと言う考えの元、高火力で焼き尽くすのだ。




「王族である貴女がそんな顔をしてはいけませんよ。気持ちは分かるわ。でも、これから上に立つのですから、凛としていなさい」


 横にいるエメリナに諭される。難しい顔をしていたのが見つかったようだ。


 眉間のシワを伸ばしながら彼女の方を見る。

 彼女もフィオのことは気に入っていたから辛いのだろう、目にはうっすらと涙を溜めていた。



「分かっているよ。これが現実なんだ。せめて、後で花だけでも手向けてやらないとな」


 そう言ってエメリナの横に視線を移す。

 そこには私より一回り小さい少女が立っている。今回の騒動を一人で鎮めた稀代の英雄、リジー・スクロウだ。


 何を考えているか分からないが、彼女は目を閉じてじっとしていた。


 肩まで伸ばした黒髪と燃えるような赤い瞳の少女。


 今回の動乱で彼女は名実ともに英雄となった。迫りくる戦争をたった一人で終結させ、戦争を企てた者まで捕らえたのだ。それを英雄と呼ばない人間はいない。



 王女である私ができないことを平然とやってのける。頼もしい存在である反面、歯痒さも覚える。

 結果として全てを任せる形になってしまったのが辛かったのだ。


 せめて、この少女の横に立って助けてやりたかった。一人戦いに身を投じるのは辛く厳しいものがある。これからも一人で進めば、遠からず壊れてしまうかもしれない。


 これから先、彼女の苦悩を少しでも和らげてやりたい。そう願わずにはいられなかった。




「執行部隊! 処刑を実行せよ! 国に仇なす者に速やかに死を与えよ!」



 執行人の叫びと共に処刑台の魔法陣が光り始める。

 高火力で放たれた炎は処刑台を丸呑みし、二人の姿が見えなくなるほどの火柱となった。


 木や肉の焼ける音が広場に広がる。


 そして、二人が炭になるまで燃えた炎は暫くすると小さくなって消えていった。


 処刑台の上には黒い煤だけが残り、罪人がさっきまでいたとは分からない程だった。



「終わったか……フィオ、お前はいい従者だったよ。安らかに眠れ」


 火刑台が片付けられていくのを見ていると、胸が急に苦しくなった。皆がいる前では泣くわけにはいかない。


「エメリナ、私は部屋へ戻るよ。リジーはどうす……?」


 少女に声をかけようとして固まった。リジーはまだ目を瞑っていたのだ。それも、火刑が始まる前からずっと同じ姿勢のままでいたのだ。


 私が見つめているのに気付いたのか、リジーは目を開けた。


「お二人のことを考えてました。組織から見限られても情報を吐かなかった。その姿勢は嫌いじゃないです」



 リジーは疲れた表情で賛辞を述べ、広場の方に目を向けた。彼女もフィオには世話になった口だ。敵であっても別れは辛いのだろう。



「私は城下を散歩してきます。こういう日は一人になりたいですから」


 リジーはそう言うと、広場を後にした。それを見届けた私は重い足を引きずって城へと向かった。


 明日もやることが多い。今日くらいは湿っぽくていいはずだ。


 だが、その時私はまだ知らなかった。少女が新たな戦いに身を投じようとしていたことに。

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