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第四十七話 少女と開戦

 ジストヘール荒原は細かい砂と小さな岩しかない寂しい世界だ。停滞魔力の濃度から生物が寄り付かない危険地帯。


 そんな荒原に今は兵隊達が隊列をなしてひしめき合っていた。セレシオン王国軍の約二万の兵達だ。



 遠目だと黒い帯状にしか見えなかったが、真上から見下ろすと、一人一人しっかり動いているのが分かった。



 日も完全に登りきり、開戦の時刻が迫っていたが、私は上空から動く気は無かった。

 セレシオン王国の陣形が昨日と変わっていたからだ。少しでも多くの情報を集め、対策を引き出さないといけない。



 開戦前日にキャンプする場合、部隊の配置をある程度済ませてからするものだ。これは当日になってからの不備をなくすためでもある。


 その陣形が変わっていると言うことは、昨日の間に大幅に作戦が変更されたことを意味する。

 それに、地上に描かれた魔法陣が無数に配置されていた。何か大きな作戦があるのは間違いない。

 それを見て私は下に降りるのを止めた。



 魔法陣は二種類展開されている。

 一つは常時発動型の防御魔法だ。軍全体をドーム状に覆うように展開されている。この地に定着する魔力を吸収して発動するタイプの魔法陣のようだ。

 昨日の会話がヒントになったのかもしれない。



 もう一つの魔法陣は大型の魔法弾のようだ。

 これも同じように周囲の魔力を取り込んで発動するタイプだ。

 ただし、空間伝達魔法の定義も施されているようで、普通の魔法弾ではない。恐らくは地上で操作できる誘導型だろう。



「考えましたねアレク将軍。地の利を活かした完璧な作戦です。私が大規模な魔法に集中すれば、その隙をついて魔法弾をぶつけることができる。かと言って、あの防御魔法に普通の魔法弾を降らしても全て阻止される」



 思わず舌を巻いて賞賛してしまった。



 正直、たった一日でここまで準備するとは思ってもみなかった。

 一見、普通の将軍のような感じがしたが、その中身はローチェ将軍並みの頭の切れと行動力を併せ持つ人だったと言うことだ。


 これで用意していた作戦の大半が使えなくなった。やられた。



 私がどの作戦で行こうか決めあぐねていると、地上より赤色の魔法弾が打ち上げられた。


 それは開戦の意思を示す時に使うもので、両軍が打ち上げ終わると進軍が始まる。ただし、この魔法弾が打ち上がってしばらく応答しない場合、相手の反応を待たずして進軍を開始できることになっている。



 私に考える時間を与えないため、アレク将軍はこの仕組みも利用してきた。地上では、すでに無数の魔法弾が準備されており、星空を写したように地上は無数の光で瞬いていた。



「……考え込む暇はないようですね。まずは正攻法で戦いましょう」



 相手の虚を突くにはあの魔法弾は邪魔でしかない。最初の戦闘では魔法弾を防ぎ、一つ一つ確実に潰していくのが無難だ。それに、防御魔法を破壊ができれば一気にこちらが有利になる。



 防御力の高いマジックアーマーを展開しながら赤い魔法弾を打ち出した。



 すると、すぐに魔法弾が次々と発射された。迫り来る魔法弾は全体のおよそ半分、残りは発射されていない。

 打ち上げている魔法弾がなくなれば、すぐに次の魔法弾を打ち上げられるように待機させているようだ。


 試しにセディオに魔力を通し、大量の魔法弾を降らせた。



 打ち上げられた魔法弾は予想通り軌道を変えて降り注ぐ魔法弾を回避しながら近づいて来た。ただ、全ての魔法弾が避けられる訳でもない。躱しきれなかった魔法弾は空中で爆発した。

 下を見ると、私の魔法弾はドーム型の防御魔法に阻まれていた。その下では、新たに魔法弾が打ち上がってきている。



「やはり、地上の魔法弾は補填用ですか」



 迫り来る魔法弾を縫うように避け、青雷で切り裂いていく。切られた魔法弾は制御を失い消失して行った。


 数は多いが各個撃破に専念すれば問題はない。ただ、四方八方を魔法弾に覆われていてはジリ貧なのは間違いない。この戦い、私の方が消耗は激しいのだ。



 この魔法弾はジストヘール荒原から吸い上げて構築しているため、セレシオン軍自体の消耗にはならない。操作する人間は疲れるだろうが、交代制にすれば最低限の消耗で長期戦ができる。


 対して、こちらは一人で戦っている。自前の魔力で防御も攻撃もしなければならない。

 例え星の雫により魔力消耗が少ないと言っても、体は疲労してしまう。孤軍の長期戦は無謀だ。


 三つ同時に飛んできた魔法弾を一つは切り裂き、もう二つはすれ違いざまに魔法弾をぶつけて吹き飛ばす。

 回避と攻撃を繰り返しながら空中を飛び回る。そして、最初の魔法弾を全て処理したあたりで一度静止した。


「回避しながらの構築は大変ですよ、アレク将軍」


 彼には聞こえない愚痴をこぼす。


 じり貧の戦いが目に見えている時は、それに逆らって一気に決着をつけるべきである。なので私はこの大量の魔法弾を処理する為に、空中に巨大な魔法陣を描いていたのだ。


 構築した魔法は情報伝達を阻害するものだ。厄介な魔法弾は情報伝達を介して地上で操作されているので、操作ができないようにすればいい。



 完成した魔法陣に魔力を流すと、周囲の魔法弾はその制御を失って次々に爆散していった。



 私はその爆風の勢いを借りて敵軍に急降下した。地上からは予備の魔法弾が打ち上がって来たが、その隙間を縫って地上に降り立った。思った通り、防御魔法は魔法攻撃を防ぐもので、生身の私は素通りできた。



「来たぞーーーー!!! 戦闘準備ーーーー!!!」


 前方から怒号のような号令が聞こえた。それと同時に青い魔法弾が打ち上がる。

 恐らく何らかの作戦指示なのだろう。地上にいて見えにくいが、私を取り囲むように前衛部隊が進撃を開始した。

 取り囲まれたら厄介だ。近接戦闘なる前に陣形を乱さなければならない。



 私はセディオを振るって魔法弾を連射した。

 民家よりも大きい魔法弾は、広がりつつあった敵軍の右翼と左翼に着弾した。



 土ごと巻き上げる爆発と共に敵兵も吹き飛んでいく。遠目で見るとまるで巻き上がった埃のようだ。


 今の攻撃で何百人、いや、何千と人が死んだだろう。怒声、悲鳴、嗚咽が戦場に充満し始める。



 だが敵兵の死に躊躇する暇は私にはなかった。


 次の攻撃に移ろうとした時には、すでにセレシオン軍の攻撃が始まっていたのだ。


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