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第四十五話 少女の朝

 朝が来た。窓を開けて外を見ると、地平線がうっすらと明るくなり始めている。


 今日は日の出よりも早かったが、目覚めはいつもより良かった。

 ただし、鼓動が早いのはこれから戦争に行くからだろう。昨日以上に強い鼓動を感じながら私は身支度を始めた。


 魔法剣士隊の制服に着替え、青雷と神杖セディオを腰に下げる。

 あとは、頭の中に詰め込んだ魔法陣を思い出す。数は少ないが、どれも大規模な魔法なので失敗は許されない。


 敵の将は油断ならない男だ。少しでも余所見すれば足元をすくわれてしまうかも知れない。



 そのアレク将軍はローチェ将軍より年若く、あらゆることに聡明な男性だった。いきなり挨拶に行っても柔軟に対応し、私の話にも耳を傾けてくれたくらいだ。


 短い時間ではあったが、彼の人の良さを知れたのは嬉かった。

 ただ、これから殺し合わなければならないのが残念で仕方なかった。彼ならエイン王女のような良い理解者になってくれただろう。



 しかし、私はこの戦いを引くわけにはいかない。シェリーの命がかかっているのだ。


 例え、何百、何千と殺そうとも、シェリーを助けるために躊躇はない。以前ジークが言っていた本当の覚悟。それは私が今抱いている感情のことなのだと実感していた。



「いよいよね。今日は激しい戦闘になるだろうから、髪はきっちりまとめておきましょうね」


 私の支度が済んだのを見計らって、エメリナ部屋に入って来て髪を結ってくれた。

 もしかしたらこれが最後になるかも知れない。エメリナの手つきはいつも以上に優しかったように感じた。



「エメリナさん、ありがとうございます。それじゃ、行って来ますね。シェリーのこと頼みます」


 言い終わると同時にふわっと柔らかいものに包み込まれた。エメリナの優しい香りが鼻腔を満たす。


 母やストニアと同じように、彼女は私のことを娘のように見てくれて、いつも安らぎを与えてくれる。

 私はしばらく彼女の腕の中で目を閉じた。魔法にかかったみたいに胸の動悸が治っていく。


 昂ぶっていた鼓動も落ち着いたあたりでエメリナは離れた。いつものようにふわっとした笑みを向けてくれている。



「私にはこのくらいしかできないけれど、必ず生きて帰ってくるのよ?」

「はい、行ってきます」



 笑顔で見送ってくれたエメリナを残して城の出口へと向かった。日が登って直ぐだからか、城内を歩く者はいない。静かな廊下に私の足音だけが響いた。




「リジー様、おはようございます」

「おはよう、ジーク」


 ジークは塔の入り口のところで私を待っていた。白服に身を包んだ彼はは深々と礼をした。


「私が留守の間はエイン王女の警護と補助をお願いします。動くのは戦争が終わってからにしましょう」


「承知いたしました。どうかお気を付けて」



 私が負ける事はない信じているのだろう。命令を受けたジークは迷うことなく礼をした。

 そんな彼を背にして私は進んだ。


 本当は彼にもついて来て欲しかったが、敵が城にいるかもしれない状況で、放置する訳にはいかない。散々悩んでジークには城を守ってもらうことにした。




 城の門に着くと、そこには既にキンレーン殿下とエイン王女が待っていた。二人とも戦闘服に身を包んでいる。

 殿下の目前で礼をしようとすると、彼は手を上げてそれを制した。


「礼は構わない。私と君は今は対等な立場だからね」


 朝日に入り込んだ殿下の顔は表情が伺えなかったが、いつも通りの口調で話しかけてきた。彼の言う対等は、取引のことだろう。



「私は逃げません。ですから、殿下は私との約束、守ってくださいね」


 殿下の横に並び立った時に念押しで確認した。殿下は軽く頷き、「約束は約束だからね。必ず守ろう」と言った。


 エイン王女はその様子を厳しい表情で見つめていた。


 この数日間、エイン王女はキンレーン殿下の周囲を見張っている。貴族会で糾弾できなかった為、監視対象にして彼の行動を制限する対策に乗り出したのだ。ジェットを含む数名の部下達と交代で見張りを続けている。



 エイン王女と目が合うが、首を小さく振って否定した。まだ何も動きがない。そう言っているような顔をしていた。


「さて、日も登り始めたな。そろそろ出立の時間だ」


 キンレーン殿下がそう言うと、後ろに控えていた隊が列を作って送り出しの礼をした。その前に立った殿下は仰々しく両手を広げた。


「神に選ばれし継承者よ、ストルク王国を代表して命ずる! 迫り来る敵を伝説の力で殲滅せよ!」

「「「おおおおおおーー!!」」」


 彼の号令に呼応するように近衛隊が手に持つやりを掲げて声を張り上げた。



 その声量は魔力で増幅されているかのように響き渡った。近くで寝ている人は叩き起こされたかもしれない。それほどの声量だった。



 私は彼らに力強く見送られながら空へと舞い上がった。今日はほとんど雲がないので朝日が体を包み込む。


 徐々に小さくなる城から目を離し、目的地であるジストヘール荒原の方を向いた。西の方にも陽の光が入り始めており、不気味な赤紫色の空模様になっていた。


「シェリー、貴女は私が必ず助けます。待っていてください」


 最後にもう一度城の方を振り向いて呟き、ジストヘール荒原へと飛んで行った。

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