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誰も真実を知らない、都合のいい物語

 


 その日は月明かりの綺麗な夜だった。



「あら?ミミリン、どうしたの?今日はここで私と一緒に寝るの?」


 ルーシーの部屋にするりと入り込み。寝支度を整えたルーシーのベッドの上にぴょんと飛び乗る。そうするといつものように優しく体を撫でてもらえることを知っている。



 ミミリンはルーシーの体に寄り添うように自分の体を近づけ、そのままくるんと丸くなった。大きな窓から入りこむ外の月明かりはベッドの方まで届いている。


「ふふふ、ミミリン、今日は甘えん坊さんなの?なんだかこうして一緒に寝るのも久しぶりね……」


 ルーシーの声は心なしか少し寂しそうである。当然だ。悲しいことがあったのだから。



 ミミリンはそっと上目遣いで、窓の外に浮かぶ明るい月を見上げた。



 ずっとずっと遠くの方で、涙が零れる音が聞こえた。






 ―――――――――― 




「もう全然何ともないのに、皆心配性よね。……でも、それだけ心配かけてしまったということよね」


 部屋に誰もいない時間、ルーシーの話し相手は専らミミリンである。


 誘拐騒動から数日経っても、「少しはゆっくりしていなさい」という家族の言いつけでルーシーはベッドからほとんど起き上がれない療養生活を送っていた。


 体が平気でも、ふと自分でも気づいていない精神的ダメージに襲われる瞬間があるかもしれないという、ルーシーを愛する面々の配慮だ。



 ある日、毎日のように見舞いに会いに来るアルフレッドが1冊の本を持ってきた。

 彼はルーシーが暇で退屈しないようにと、何冊かこうして本を見繕っては差し入れてきていた。


「ルーシー、この本は子供向けのすごく古い物なんだけど、多分時戻りのお話だよ」

「まあ、そうなの?時戻りって古くから伝わる伝説の割には、あまり本だとかで残っていないのよね。どこで見つけたの?」


 ルーシーの驚いた声を聞きながら、いつものようにアルフレッドの足元に体を擦り寄らせるミミリン。何度も体を往復させながらいそいそと親愛のマーキングに励んでいると、ひょいと体を抱き上げられた。



 アルフレッドは慣れた手つきでミミリンを膝に抱くと、ルーシーの横に置いた椅子に座り、自分の持ってきた本を一緒に覗き込む。


 耳をピコピコと動かしながらミミリンも首を伸ばして覗き込もうとした。


 ルーシーはそんな愛らしい姿に笑いながら本を大きく傾けてくれた。ミミリンにも見えるように。



 3人で、一緒に本を覗き込む。それは大きな挿絵のたくさんついたものだった。


 そこに描かれていた女神様の絵を、じーっとみつめるミミリン。



 じっと、見つめた。

 とっても見覚えがある気がしたから。







 ―――――――――― 



 時戻りの伝説には、色々な伝え方がされたものがある。

 100年に1度、それも毎回行われるわけではない王家の秘術。どんどん内容が曖昧になり、正しく知る者がいなくなっていったことが原因だ。



 けれど、どの話にもほとんどきちんと書かれている内容は4つ。


 1つ目。王家に代々伝わる『時戻りの杯』を使うこと。

 2つ目。100年に1度咲くという『星花』から抽出したエキスをレシピ通り調合して飲むこと。

 3つ目。星花は時戻りをしようがしまいがきっかり100年に1度しか咲かないこと。

 4つ目。秘薬を口にした者は全員戻る前の記憶を保持したままでいられること。



 その他の重要な事柄は、本によって書いてあったり書いていなかったりする。書かれていることが全部本当ではないことも多い。それほど時戻りはいまや夢物語のような物なのだ。


 ジャックが戻るタイミングについて多少の誤解をしていたのもこのせいだった。


 それから、誰も知らなかったことがアルフレッドの持ってきた本には書かれていた。




 時戻りは女神の力によってなされ、願いの成就を見届けるために女神に使わされた眷属が、3回だけ手助けすることが許されていること。


 ほんの、ささやかな手助けだけ。願いをかけ、実現したいと思うのは時戻りをした本人なのだから、大きな影響を与えることは許されない。


 女神は時戻りという大きなチャンスを人間に与えるけれど、それ以上の贔屓はしないのだ。



 女神の眷属は世界中にいるとされている。

 しかし普段は眷属としての力を持たない。ただ静かに、与えられた命を全うするだけ。そうして何度も生まれ変わり生を繰り返し、良く生きた者がいつか女神の側で天使に還る。


 3回の手助けは、いわば女神のサービスだ。願いを叶えるために1番相応しい眷属を選び、女神が力を与える。直接干渉する程の力ではない。願いが絶たれる危険を察知するだけのもの。



 時戻りの伝説は、いまやただの伝説である。どこまで本当で、どこまで嘘かは分からない。「世界はこうして出来ました」と同じくらい誰も真実を知らない、都合のいい物語。





『あなたの愛する者がたくさん関わっているわね。今回はあなたにするわ。立派にあの子たちを助けてあげなさい。ただし、最終的に願いが叶わなかったとしても、それはあなたの責任ではありません。願いを叶えるのは人間よ。それを忘れないように』




 ルーシーとアルフレッドと一緒に覗き込んだ本のあるページには、女神の周りにたくさんの動物たちの姿が描かれていた。




 優しい声が、頭の奥にまだ残っている。



 ミミリンは月明かりから目をそらし、ルーシーの温もりを感じながらそっと体の力を抜いた。





実は本編はあと2話程度で終わります…!(多分)

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、つまりミミリンの正体は……。 だから、一回目の時にはミミリンの存在がなかったのですね。
[良い点] ミミリンかわいい! [気になる点] ミミリンはただの猫じゃなかった? [一言] お猫さまはモフモフで素晴らしい。ミミリンは可愛いお猫さま。ミミリンの幸せで終わるといいな。
[一言] ミミリンは女神の眷属で、一種のお助けキャラでしたか。女神が今回選んだのがミミリンだったのは、女神がジャック or/and ミリアよりもルーシーに肩入れしていたからだと私は思いたい (^^;。…
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