ジャック殿下の忙しさの理由
結局、生徒会の手伝いは断れなかった。ただし、放課後の1時間限定。
私は正規のメンバーでもなし、殿下以外の生徒会メンバーがスムーズに仕事を捌いていけるように、サポートの役割。生徒からの嘆願や内容を精査しなければならないものを確認し、至急、実現不可、長期で考えるべきもの、予算に組み込むもの…などなど、書類の分類や判断に必要な資料をピックアップしたりなどが仕事。
元々皆さんとても有能な人たちだから殿下の側近となり生徒会にも入ったわけで、仕事のコツさえ掴めば私の手伝いなどすぐいらなくなるのではないかな〜と思う。
の、だけど!
「ルーシー!あれ?他に誰もいねえの?」
グライト王国語がペラペラになっても少し荒い口調のリロイ殿下。なぜか殿下は私が生徒会室にいるとよくやってくるのだ。
「皆さん、調べ物や予算の交渉などで出払っていますよ」
「そうなんだ、何か手伝おうか?」
「いいえ、私もそろそろ帰ろうかと思っているところなので」
「そっか!なら一緒に帰ろうぜ!」
にこにこと人懐っこい笑みを浮かべるリロイ殿下。うーん、未だにこの成長後リロイ殿下に違和感……。
「殿下、私は婚約者が待ってますので……」
1時間と時間を限定したのもアルフ様が待ってくれているからだったりする。
まあそうでもしないとあっという間に「気がつけば生徒会正規メンバーになってた!」なんてことがありそうだったのももちろん理由の1つではあるけど。
「え〜!毎日待ってんの?やるなあ……ルーシー、あっという間に婚約しちゃったんだな。つまんねえの」
「つ、つまらない?ですか?」
「はは!嘘嘘!じゃあ今日はもう行くわ。今度また美味しい差し入れ持ってきてやるよ!」
うっ!……リロイ殿下はそうやってよく私の元に現れては美味しいお菓子やお茶を差し入れてくださるのだ……!
前に1度一緒にお茶したおかげか(例のカフェのことだけどね!)、殿下も私に食べ物を与えておけば割と大丈夫なのだと気付いてしまっているわ……。ちょっと解せない。
リロイ殿下が出て行った後、私も早くアルフ様のところへ行こうと急いで片付けていた。
ふと、後ろでドアが開く。
「あれ?リロイ殿下、戻ってきたんですか……」
そう言いながら振り向くと、そこにいたのはリロイ殿下ではなくジャック殿下だった。
「殿下!?驚きました、今日は来ていたんですね。最近あまり登校できていないとうかがいましたが……」
久しぶりに見た殿下は、目の下にくっきりとクマを作り、わかりやすく疲れているようだ。
そんなに忙しいのだろうか?何かあったの?
1度目にこんな風になった殿下は見たことがないと思うのだけど。
「ああ、そうか、君に生徒会の手伝いをしてもらっているんだったな……ありがとう」
言いながら、殿下は生徒会室に置かれた大きなソファに沈み込むように座った。
もう帰ろうと思ったところではあったけれど、さすがにこの殿下を残してそのまま帰るのは忍びない……ていうか、こんなに疲れてるのに何で来たの??
「お茶、淹れますね」
「ああ、ありがとう……今日は敬語なんだな」
「そろそろさすがにあまり気安く話してしまうのもどうかと思いまして」
「君と私とは友人なのに」
なぜか少しムッとしている殿下。いやいや。
「でもミリアさんも嫌がるでしょう」
やきもち焼きのワンちゃんみたいな、私の可愛い婚約者様のこともあるしね?
殿下とは距離をとっておくにこしたことはない。
彼女の名前を出した途端、殿下は表情をさらに曇らせた。
「最近、ミリアのことがよく分からない」
私は何も答えられない。
殿下が何度もミリアさんに注意している姿を目にしている。
あまり婚約者でもない男子生徒たちと親密にしすぎてはいけない、と。
その度に声を荒げ、時に泣きながら殿下を責めるミリアさんの姿もよく見る。
いつまでも正式な婚約者になれないことで追い詰められているのかもしれないけれど、それも言ってしまえばミリアさん自身の問題であるところが大きいのだ。
「それで、思い悩んでそこまでお疲れになっているんですか?」
「いや……そうだな、君には話しておこう」
「??」
殿下はソファから体を起こし、ちょうどお茶を淹れ終わった私に向き直る。
「最近、王都で原因不明の不審死が相次いでいる」
不審死……?
思わぬ言葉に背中に寒気が走る。
「初めての事態だ。これは1度目にも経験していない。ただ……どうしても何かが引っかかる」
私の淹れたお茶を少し口に含む。
そして、まるで安堵するかのように大きく息を吐いた。
「安心して温かいお茶を飲めるのも久しぶりだ」
その口ぶりに、私も思うところがあった。
「まさか……1度目にもあった、あの事件と関係が……?」
1度目の時に。
ある時から急に、王都で謎の症状が広まった。原因不明の体調不良が続く者、廃人のように精神に異常をきたす者、症状が多岐に渡ったことでなかなかその原因を突き止めることができなくて、随分被害が大きくなってしまった。
別の病気か疫病か、なんて色々な憶測が流れたけれど、あるたった1つの植物が原因だったと聞いている。
確か……その植物がどこで手に入れられているのか調べている途中で、殿下は星花を見つけられたのよね……。
「1度目と、ずいぶん時期が違うのではないですか?その、症状も。あれが始まったのはもっと早い時期、そして死に至るほど重症になる者が現れたのはもっと後だったはずでは」
そう、あの植物が引き起こす症状は、最初は少しの違和感、そしてじわじわと時間をかけて異常をきたしていくものだった。
「1度目と、何かが違うんだろう。随分と私たちの運命も変わった。何が違っていてもおかしくはない」
「でも、確証はないんですよね?また別の理由がある可能性は……?」
「正直分からない。ただ、どうしても無関係だと思えないんだ」
そして、殿下は真剣な顔で言った。
「君も、どうか気をつけてくれ。少しでも怪しいと感じるものは無闇に触れず、私に見せてもらえるだろうか。……私は1度目に現物を見ているから、恐らくあれならば見ればわかる」
殿下はもう1度私の淹れたお茶をゆっくり飲むと、大きなため息をついてまたソファに沈んだ。




