愛するものを幸せにしたい、それがミリアの欲望
「なんでなのよ……!」
デビュタントの会場で、最高潮に達した不満が零させた言葉だった。
ミリアの頭を占める感情はまさにその一言に尽きる。
まるで物語の主人公にでもなった気分だった。自分は皆に愛される!世界は自分中心に回っている!根拠のない万能感、全てが思い通りになるんじゃないかという錯覚。それが今、跡形もなく消え去ってしまった。
「なんで!」「どうして!」「こんなはずじゃない!」
彼女は心の中でずっと叫び続けている。
ブルーミス男爵家の1人娘として小さな頃から甘やかされて生きてきたミリア。
家は裕福。パパはなんでも願いを叶えてくれる。ママは私を叱ることもあったけど、パパに泣きつけばそんなママを逆に叱り飛ばしてくれた。欲しいモノはなんでも手に入った幼少期。顔も可愛くて甘え上手。私がにっこり笑えば皆私の味方になる。
それがミリアにとっての世界の『当たり前』。
しかし、10歳の時に耳に飛び込んできたニュースに驚いた。
(王子様が、婚約した……?)
1番に思ったのは「どうしてその相手が自分ではないのか」ということ。
王子様がいることすらあまり意識したことはなかったのに、その婚約の話を聞いたときに「王子様と結婚するのは普通、お姫様である自分ではないのか?」と本気でそう思った。どんな性格で、どんな見た目で、どんな生活をしているかも知らないのに。そんなこと、ミリアには関係ないのだ。
(だって、誰よりもかわいくて誰よりも愛される私がお姫様でしょう?)
自分が欲しいと思ったものは自分の物になるべきであり、自分がいいなと思ったものは自分の物になるべきである。
あまりにも傲慢なこの考えこそが、ミリアを形作る全てだった。
けれど、男爵家という貴族としては高くない地位が自分の世界を少し歪める。
(本当はもっと高貴で、もっと愛されて、もっと何もかもが手に入るべきなのに)
そんなミリアに父親は囁いた。
「ミリアは可愛いからね!どんな男でも手に入るさ。爵位の高い男を捕まえて、今よりうんと贅沢な暮らしをする。お前に相応しい場所を手に入れるんだ」
なんだ、そうか。すぐに納得した。最初から与えてくれても良かったのにとは思ったけれど。
母親がそんな2人を物言いたげに見つめていることは全く気にならなかった。
「じゃあ――……」
にこにこと笑顔を浮かべたミリアの言葉に父親はいつものようにすぐ頷いた。
最初にその気持ちが湧きあがった瞬間が具体的にいつだったかは覚えていない。
『ずるい。全部ほしい』
ルーシー・レイスター公爵令嬢はミリアにとって憧れであり、世界の異物だった。
高い身分、自分とはタイプの違う美貌、王子の婚約者という立場、いつでも羨望の眼差しを一身に受け、堂々と立ち振る舞い、人に囲まれ、笑顔を振りまく。
特に気に喰わないのが、人に囲まれてもてはやされていること。
『ずるい』
(私が持っているべきものばかりだわ)
ミリアは考えた。「あれを自分の物にするにはどうしたらいいか?」
家格はどうしようもない。で、あれば……ポイントは「王子の婚約者であること」だ!
ミリアは単純だ。物事を深く考えることはない。ポンと導き出した答えが全てだと思い、自分が間違っているかもしれないと立ち止まることもしない。いつでもあるのは溢れてやまない欲望だけ。
さっそく近づいた王子様はすぐにミリアを好きになった。
(当然よね、だってそれが『当たり前』だもん!それにしてもジャック様って、王子様で、優しくて、かっこよくって、すごく素敵……!)
ミリアもすぐにジャックを愛するようになった。
本物の王子様で、誰もが羨み、自分をお姫様にしてくれる1番の人。
(アルフレッド様が1番素敵だと思ってたけど……『普通』じゃない人は私でもさすがに愛し続けられないわ?)
自分が側にいるという幸運を大事にせず、他の女に熱い視線を送る男などどうかしている。ミリアの世界でその事実を受け入れることなど到底できることではないのだ。
――どうしてなのよ……!
厳しい教育。いつまでたっても『候補』の立場。教育係も使用人も自分をちやほや褒めそやすことをしない。前は自分にあれだけベッタリだったはずの人達もなぜか自分に寄ってこないし、ジャックに自分のかわいそうな現状を嘆いてみても困ったように諭されるだけ。
(意味わかんない!ルーシー様に私をいかに愛しているか言って聞かせたように、皆に言ってよ!私がどれだけ大事か!皆が私を愛するように言ってよ!)
王妃も会う度ミリアを見定めるかのような視線を向けてくる上に、王には会うこともできない。
おまけに……
(なんで!なんであなたは前よりもずっとたくさん持ってるの――!)
ミリアは衝撃を受けた。
前よりずっと幸せそうな笑顔。前よりずっと人に囲まれていて。前よりずっと楽しそうで。おまけに、自分が終ぞ見ることがなかったアルフレッドの笑顔が彼女に惜しみなく向けられている。
羨望の眼差し。うっとりしたため息。向けられる嫉妬。
ルーシーは以前とは比べ物にならないくらい美しく、輝いていた。
(ルーシー様がズルして持ってたものは、私がジャック様の婚約者になれば全部手に入ると思ってたのに……!)
なのにどうして自分は前より失くし、彼女は前より持っているのか。
ルーシーと自分の違いはたった1つ。どんなに考えてもそれしか思い当たらなかった。
(婚約者だったルーシー様、婚約者候補でしかない私……)
全ては自分が婚約者になれないことが問題なのだ。
ミリアは単純だ。物事を深く考えることはない。ポンと導き出した答えが全てだと思い、自分が間違っているかもしれないと立ち止まることもしない。
ジャックがどれだけ困った顔をしていようが気付かない。
なぜか?答えは単純だ。ミリアには欲望しかない。自分がどう思われるかなど考えたこともない。自分がどう思うかが彼女の世界の全てなのだから。
彼女は自分でも気づかない。『当たり前』のことだから。
ミリアが本当に愛するのはたった1人だけ。――自分だけである。
いつもご感想ありがとうございます!
お返事遅れてますがいつもありがたく読ませてもらってます(*^▽^*)
ミリアの心は自分至上主義かつある意味シンプル…。
でも性格悪いのに自分に迷いがなくて自信があるとなぜか一見魅力的に見えたりしますよね。
深く付き合うとすぐボロ出るけど。今回はほぼ心情のみ。ミリア視点またいずれ…




