恋する男の心配は尽きない
「ルーシー嬢、おはようございます」
婚約者として毎朝愛する人を迎えに上がれる幸せを、アルフレッドは心の底から噛みしめていた。
(ああ、今日も可愛い、可愛い……)
エスコートする度に心がときめく。何度繰り返してもその喜びは色あせない。こんなに幸せでいいのだろうかとも思う。
アルフレッドが毎朝ルーシーを迎えに行くこと。
毎朝彼女に会えること、少しでも一緒にいる時間が取れるようにということが1番の理由であるが、その理由の中には「とりあえず牽制しておきたい」というものも入る。
(ルーシー嬢は可愛すぎるんだ。おまけに無自覚!どれだけ心配しても足りない……)
デビュタントで、学園に入学してからの毎日で、どれだけ自分たちの仲が良好であるかはきっと周知されている。それでも油断できない。
アルフレッドはいつだって心配している。
(今だって……)
馬車を降りると男子生徒の視線が一斉にルーシーに注がれる。彼女は自分とこうして過ごすようになって一層美しくなったように思う。
男どもがルーシーを褒めたたえ、焦がれている声もアルフレッドの耳には届いていた。恋のパワーは聴覚をも成長させる。これぞ地獄耳。ただしルーシーに関係のある事限定である。
(最初から飛び切りの天使だけど!より一層だ。女性は恋をすると美しくなるという。俺を……す、好きだからどんどん美しくなっているんだと思うと……ふふふ!)
恋するお花畑アルフレッドは今日も絶好調だ。
それに、アルフレッドの心配はもう1つ。
アルフレッドは鈍感ではない。ルーシーに向ける男子生徒の視線だけじゃなく、自分に向けられる女子生徒からの圧も十分に感じている。
そもそもアルフレッドは女性に人気がある。これはルーシーと出会う前からだ。遠慮のない好意の視線や、自信満々で媚を売るように自分を見る令嬢にうんざりしていたのは何もジャックだけではない。だから分かるのだ。自分にそういうつもりで向けられる視線には随分敏感になった。
しかしアルフレッドは学べる男だ。
「ミリアさんのことは、もういいんですか?」
とんでもない勘違いをしていたからだとはいえ、不安そうにそう問うたルーシーの目は絶対に忘れられない。
(俺がどう思っているかは問題じゃない)
なぜならアルフレッドは永遠の恋の奴隷になってしまっているのだから。ルーシー以外が目に入ることはきっと命尽きるまでないだろう。と、自信を持っている!
ルーシー至上主義の彼は思う。
(問題は、少しでもルーシー嬢を不安にさせてしまったことだ……!)
もう2度とあのような失態はするまいと心に決めている恋する男、アルフレッド。
ミリアを好きだと勘違いされていたことは彼にとって本当に信じられない出来事だった。それはそうだろう。疑念を抱かせるきっかけになった1度目のことなど欠片も知らないのだから。
しかしそうとは知らない恋の奴隷は細心の注意を払うようになっていた。
そうでなくとも、他の女子生徒と付き合いを持ちたいとも思わない上に、その必要もない。学園ではルーシーや彼女を含めたいつもの5人でいるか、そうでなければ同じクラスになったダイアンと行動を共にすることがほとんどである。
他の女子生徒と交流を持つ暇があるならルーシーに会う時間にあてたい。
いつだってぶれないアルフレッド。
しかし、どれだけルーシーとの仲を見せつけようと、自分に声を掛けようとする女子生徒は存在する。
特に警戒しているのが……
「あっ!アルフレッド様――」
アルフレッドはその声が聞こえた瞬間身を隠す。「あっ!」の時点で瞬時に対応できる。出来るだけ自然に、さも聞こえていないかのように。決して咄嗟に反応してしまわないように。
声の主――ミリア・ブルーミスは最近隙あらばこうして声を掛けてこようとする。全くなんだというのだ、忌々しい。しかし、そう思っているのはどうやら自分だけではないらしい。
「彼女、色んな男に声を掛けているようだね……私も話しかけられたよ」
「ダイアンも?」
「ああ、すぐにその場を立ち去ったから何の話をするつもりだったのかも分からないけどね。何がしたいんだろうね?」
――アルフレッドは1度、ジャックとミリアの会話を少しだけ耳にしていた。
「ミリア、あまり男子生徒と距離が近いのはよくない。君は私の婚約者候補なんだ、もう少しだけ気を付けてくれないか?」
「そんな……私、そんなつもりないのに……また誰かがジャック様に何か言ったのね?」
「違うよ、私がそんな君をあまり見ていたくないだけだ」
「まあ、ジャック様……焼きもちを妬いてらっしゃるの?大丈夫!ミリアはジャック様だけのものよ?」
「ミリア……」
その時のジャックのなんとも言えない顔がアルフレッドの脳裏に浮かぶ。
(殿下も大変だな……)
アルフレッドの天使を手放し、あの令嬢を選んだことはいまだに信じられないことだ。しかし、そうでなければアルフレッドの今の幸せは存在しない。神に感謝する日々。ジャックにも感謝するべきか?と迷う日々。結局別にいいかと思いなおして馬鹿な奴だなと心底思う日々……。
とりあえず、なんでもいいから自分の選んだ令嬢の手綱はしっかり握っておいてほしいと切に願う。
アルフレッドはいつだって心配している。
(もう2度と、ルーシー嬢が悲しむことがないように……)
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それでは学園編もサクサクテンポよく!少しでも読んでくださる方に楽しんでもらえますように!(*^◯^*)




