「またな」
今日はリロイ殿下をはじめ、ミラフーリス王国から来ている外交官や使節団の皆様が帰国される日。
私は昨日約束した通り、リロイ殿下のお見送りに来ていた。
王城の城門の前にミラフーリスの紋章を付けた数台の馬車が並んで待機していて、なかなかの光景である。
外交官の皆様はグライト王国の大臣達と最後の話をしながら、護衛や侍女たちが慌ただしく荷物を運びこんでいる。
リロイ殿下はジャック殿下と一緒に私が来るのを待っていたようだ。
……側には、ミリアさんもいた。私を見つけるなり、その顔がさっと強張る。けれど今日はジャック殿下の陰に隠れるようなこともなく、私の方へ1歩近づいて。
そっと頭を下げたのだった。
「――ルーシー様、先日は、大変申し訳ございませんでした」
思わず目をぱちくりとさせてしまう。
ミリアさんの向こうにいるジャック殿下に視線を向けると、殿下も少し気まずそうな顔をしている。
なんだ。殿下、ちゃんと話が出来たのね。……良かった。
「いいえ、何も問題ありません。ミリアさん、お顔を上げてください」
そう声を掛けると、ミリアさんは顔を上げてほっとしたようにはにかんだ。
か、可愛い~~!やっぱり可愛いわね!?ミリアさん!!カフェで私に「意地悪された!」って言いだしたときは本当にどうしようかと思ったけど、本当に可愛い!とりあえず、謝ってくれたってことは私が彼女に負の感情を持っているという誤解は解けたと思って良いのよね???
2人で殿下方の方へ近づいて行くと、リロイ殿下に呆れたようにため息をつかれた。なんで?
『ルーシー、お前、お人好しってよく言われねえ?』
『??あまり言われたことはありませんけれど……』
『……まあいいけど』
どうやら私が来るまでの時間に、リロイ殿下にも謝罪があったらしい。
『リロイ殿下!そろそろ出発いたします』
使節団の1人が声を掛ける。
分かった、と返事をしたリロイ殿下は私の方に近づいて、両手をそっと握った。
『ルーシー、本当にありがとな。昨日も言ったけど、ルーシーがいてくれたおかげで楽しかった』
今日のリロイ殿下は正装だ。まだまだ体格は私と同じくらいで小柄だけれど、やっぱりきちんとした格好でいると美少年がしっかり男の人に見える。
そんな綺麗な王子様がくしゃりと満面の笑みで私を見つめるから、さすがに少し照れてしまった。
『あ!またドキッとしただろ?』
『してません!』
『ちょっとくらいすればいいのに』
『もう!……殿下、私もこの数日すごく楽しかったです。本当にありがとうございました』
色々あったけどね??ミリアさんとか……アルフレッド様とか……。
でも、そんな色々を差し引いても、本当に楽しかった。リロイ殿下は裏表がない。隣国の王族に対してこんなことを思うのは不敬かもしれないけど、一緒にいてすごく楽なのだ。うん、楽しかった。
せっかくお礼を伝えたのに、なぜか殿下は吹き出した。
『あー、もう駄目。いや、ルーシーを笑ったんじゃねえから怒るなって。……なあ、そろそろ喧嘩中の婚約者候補とやらのこと許してやったら?』
殿下の言葉にハッとする。
――まさか!?
ばっと後ろを振り向いて周囲を見渡すけれど、私にはよく分からない。
まさか、アルフレッド様……またなの!?さすがにアウト!!思わずちらっとミリアさんを見ると、よく分からないようでキョトンと首を傾げている。もう!今度こそバレても知らないわよ!!
リロイ殿下はクスクスと笑いながら、ぐいっと私の手を引いた。あまりの勢いにバランスを崩し、殿下の方によろめく。
「わっ……!」
『ルーシー、またな』
そしてそのまま私をぎゅっと腕の中に閉じ込めたかと思うと……素早い動きで私の頬にキスをした。
き、キス、した!?!?
「な、な……!」
『ははは、変な顔!じゃあな!』
視界の端に映るジャック殿下も目を丸くしている。
こ、こんな不意打ちってありなの!?破廉恥だわ!!!
顔にどんどん熱が集まっていくのを感じる私を嬉しそうに笑って、リロイ殿下はさっさと馬車に乗り込んだ。
『次会うときには、グライト王国語ぺらぺらになっとくからさ!!』
そんな風に言い残して。馬車はあっという間に走り去っていった。
******
さて屋敷に帰ろうかというところでジャック殿下に捕まった。
「ずっと話がしたかったんだ。――どうしてアルフレッド・バルフォアを婚約者候補にした?」
思わずため息をつく。
「あいつは危険な男だと言ったじゃないか」
「でも、バルフォア家は没落寸前になどなっていないわ。1度目とは違うのだから、大丈夫じゃない?」
そう、本当ならとっくにバルフォア家は没落寸前の窮地に立たされているはずだ。そうならなかったのは、もはや1度目とは違う現実を歩んでいるからに他ならない。何かが少しずつ掛け違って、全部変わっていっている。
もう1度目の事情は「事実」であるとは限らない。
「君は分かっていない。バルフォア家の没落騒ぎは彼のせいじゃないかと言っただろう。1度目と違うならそれはミリアが私の婚約者候補になったからだ」
「……ミリアさんが手に入らなかったから、没落させるような危険な真似をする意味がなくなったと?」
殿下は真剣な目をしているけれど、私はアルフレッド様の人となりを知っている。
……そりゃ、ミリアさんが気になって尾行するなんて、1歩間違えば危険な男そのものかもしれないけど!
それでも。
「ねえ、何か違う事情があると思う。アルフレッド様はそんな人じゃないわ。いくらミリアさんのことが好きだからって、そんな手段をとれるような人じゃない」
そう、アルフレッド様はそんな人じゃない。彼のことは、今は殿下よりよっぽど私の方が知っている。
だから、これだけは自信を持って言える。
「アルフレッド様はいい人よ」
「……」
殿下は、それ以上何も言わなかった。
――――――――――――――
――所変わって、とある日のとある閑話。
あの日、カフェを飛び出したミリアを宥めすかすことに何とか成功したジャック。
後日、彼は例のカフェをお忍びで訪れた。
「先日は、私の連れが大変失礼しました」
大きな声で騒ぎ(ミリアが)、注文したケーキも完食せずに店を飛び出した不作法をお詫びに来たのである。
もちろん店主は驚いた。
「いいえ!気にしないでください。いやあ、貴族の方だろうなあとは思っていたけど、わざわざご丁寧にありがとうございます。平民の間ではあんなのよくあることですから、気にしないでください」
そう言ってにっこり笑った店主の朗らかな笑顔に、ジャックはとても好感を抱いた。
そうして、このことをきっかけに彼はこの店を大変気に入り、度々お忍びで通うようになる。元々隣国の王子を連れてくるほどには、菓子やケーキ自体も美味しいと評判の店だった。それだけでも通うには十分な理由だ。
やがて店主と、店を手伝うその息子と大変打ち解けていく。息子とは年が近いこともあり、そのうちに友人になった。貴族とバレているのは承知のうえで、平民の友人に接するように砕けた態度でいてほしいとお願いもした。もちろん王族であることは秘密にしている。もしもその事実を親子が知れば卒倒しただろう。
――この友情が予想以上に長く続くことになることも、気さくな平民の友人によって大事な事実に気づかされることも、ジャックはまだ知らない。
次回は絶望のアルフレッド!です!




