死の回避、フタを開けてみれば…
その日は突然やってきた。
知らせを持ってきたのは前回とは違い、アルフレッド様だった。前回は確かお父様の部下の方が急いできてくれたはずだったけど。
「ルーシー嬢、落ち着いて聞いてください。今王都中でとある病が流行しているのは知っていますね?……今日公爵様が、王宮で倒れられました。その病にかかった恐れがある者が案内される施設で療養することになります」
心臓が、嫌な音を立てる。
思わず青ざめ、ぶるぶると震える私をアルフレッド様が必死で抱きしめ宥めてくれた。
「落ち着いてください、ルーシー嬢。最初の患者からすぐに王家が原因を特定し、すでに薬の開発が急がれています。きっと大丈夫です。落ち着いて」
前回は、この3日後にお父様は亡くなったのだ。
薬の完成は、さらにその10日後だった。
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「え……!?本当に?もう薬が開発された……?」
「はい!もう大丈夫ですよ、ルーシー嬢。何も心配はいりません」
打って変わって明るい表情のアルフレッド様が我が家を訪れたのはなんとその2日後。
ちょっと待って?薬が出来るのがあまりにも早い……!!!
「お父様は?お父様に薬は無事効いたんですか?」
「あ、いえ……薬はまだ全ての患者にいきわたる程の量が確保できず、随時調製されている状態で……まずは症状の重い患者からということで、公爵はまだ順番を待っている段階で……」
「なんですって?」
お父様は1度目、誰よりも重症で1人だけ助からなかったのよ!?
「落ち着いて、大丈夫です。今日正式に疫病ではないことが判明しました。公爵はごくごく軽症ですんでいます。薬の順番はまだですが、面会はすぐにできるようになると思います」
――ごくごく軽症?面会はすぐにできる?
「面会許可が下りたら一緒に会いに行きましょう?ね?」
信じられない。本当に?だって、1度目は……。
呆然としながらも、心配そうに私を見つめるアルフレッド様に向かってゆっくりと頷いた。
どうやらお母様だけは先に、今日からもう面会が許されるらしく、急いでお父様の所へ向かった。
疫病じゃないことは判明し、薬もできたとは言えすぐに全ての面会が許されなかったのは一応の様子見という意味合いが大きいらしい。念のためってこと。
1度目は、入院患者に面会できるようになるまでも随分時間がかかった。理由はもちろんお父様の死によって、どの程度の病なのかの判断が難しくなったことにあったのだけど。
これは……お父様の死は回避できたと思って良いの……?
あまりにもあっけない展開にどうにも現実味が湧かない。
それでも。
――お父様が、死なずに済んだ……
――でも、本当に?もう何も問題ない?……
ここ最近ずっと張りつめていた気持ちと不安と今のぐちゃぐちゃな感情が全部ごちゃまぜになって、まるで糸が切れたみたいに力が抜ける。
次いで、涙が溢れて止まらなくなった。
「ルーシー嬢?」
「ご、ごめんなさい、ははは……大したことないって分かったら、なんだか……」
「大丈夫ですよ……怖かったですね。もう大丈夫、公爵様は大丈夫ですよ」
だらんと力の抜けた私の手をそっと握ってアルフレッド様がすごく優しくそう繰り返すもんだから、うっかり子供みたいにわあわあと泣いてしまった。落ち着いてからすごく恥ずかしくなった。……もう、全部アルフレッド様のせいだわ!
そう言って八つ当たりすると、彼はとろりと嬉しそうに笑って「それは光栄です」と言った。
もう!なんなのよ?
「お父様!」
「ルーシー!来てくれたんだね!会いたかったよ!」
お父様との面会が許されたのはそれからさらに2日経ってのこと。
他にも同じ施設に入院している患者に面会に来ている人たちがたくさんいるようだ。
「いや~びっくりしたよ!?ちょっと熱っぽいな~と思ったらうっかり倒れちゃって?あれよあれよとここに入院だ!ルリナが来てくれるまでほんっとに寂しかった!熱もすぐに下がって全然元気なのに帰してもらえないし……あれ?アルフレッド君、君も来たの?なんで?」
「ちょっと公爵様!私も心配したんですよ!」
「ええ~?ありがとう?ところでちょっとルーシーとの距離が近くない?」
お父様が予想以上にめちゃくちゃ元気で思わず固まってしまった。
ちなみにまだ薬は飲んでいないらしい。
――え!?まだ薬は飲んでいない!?それでこんなにも元気なの!?嘘でしょ!?
「ところで、ここのご飯すごく味が薄いんだよ……早く家に帰りたい」
お父様はそう言って少し不貞腐れたような顔を作って見せて、お母様はそんなお父様の側で「あらあら」と笑っている。
アルフレッド様は入院のストレスをぶつけられるようにちょっかいをかけられていて、あまりにも平和なその光景になんだか拍子抜けだ。
それから2日後、お父様は何の問題もなく屋敷に戻ってきた。少しだけ心配していたけれど、その後も容態が悪くなるなんてこともなかった。
それどころか、あまりにも軽症だからもう問題ない、ということでまさかの薬を飲むこともなかった。嘘でしょ?ふたを開けてみれば、お父様は誰よりも軽症だったのだ。
もちろん、他にも死者はいない。薬の完成が早かったことで重症化した患者もいなかった。
殿下は約束通り、ハイサ病と思われる患者が現れるとすぐに王宮医師を誘導し、原因をその日の内に特定させることに成功した。そのまま王家の命令としてすぐに薬を開発。
もちろん、最終的に誰よりも早く開発したのは1度目と同じくユギース子爵だった。こんなにも早かったのは……どうやらマリエ様が作っていたギュリ草を使った薬をベースに開発を行ったから。マリエ様も、あの後本当に薬を作ってくれていた……。
その後は我が家で育てていたギュリ草も僅かながら役立ててほしいとユギース家に渡した。
お父様がこんなにも軽症だったのは、日ごろの健康づくりの賜物ではないかと医師に褒められていた。
終わってみれば、「こんな対策で」と思っていたその全てが少しずつ実を結んでいた。
それでも――。
「さすがに、おかしいような気がするわ……」
お父様が助かったのはもちろん嬉しいけれど、あまりにもあっけなさすぎる結末である。1度目の悲しみは何だったのかとすら思ってしまうわ?
「ルーシー!」
屋敷に帰ってきたお父様が笑顔で私を呼ぶ。
……まあ、いっか!今はお父様が変わらず笑顔で生きていてくれることだけで十分だわ!
「にゃあん……」
「ミミリン!お前も僕に会えなくて寂しかったか!?ごめんなあ~よしよしよし!!」
こうしてお父様の死は回避され、ハイサ病の初めての流行は過ぎた。
おかしいと感じた小さな違和感の正体が突然わかるのは、随分先の話――……。
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余談であるが。
それからしばらく、お父様は念のため体を安静にする生活をした。
たくさん食べ、よく眠り、体を休める。
さすがに病み上がりだからとアルフレッド様との運動も休み。
その結果……ものすごく太ることになる。
「ルーシー!アルフレッド君がものすごくスパルタだよ~!!!!」
「お父様!頑張って!」
「ルーシィいいいぃ……!」
半べそのお父様には申し訳ないけど、実はアルフレッド様に徹底的にやってほしいとお願いしたのは私だ!だって、あまりにもお父様が太っちゃったから!
病み上がりの行動の全てが少しずつお父様の実になってしまったのだけど、無事元気になった!おめでとう!とばかりに料理人が喜んで豪華な食事を連日出しすぎたのが1番の原因……!
「ほら!お義父様!ルーシー嬢もああ言っていますから頑張りましょう!」
「お義父様って呼ぶなあああぁ!!!!」
今日も平和で何よりだ!




