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帝光学園シリーズ 

引きこもり令嬢と一軍男子 ~side 怜司~

作者: 森の木

引きこもり令嬢と一軍男子の一軍男子目線です。

 

令嬢視点

引きこもり令嬢と一軍男子

https://book1.adouzi.eu.org/n2540lg/

 ◇ 怜司サイド ◇


 目の前が真っ赤に染まる感覚があった。

 彼女が殴られそうになったときに、もう意識はなかった。勝手に手が出ていた。

 もともとあらゆる習い事をしていて、格闘技もそれに含まれる。

 だから、格闘技をしていない人に対して手を出すのはご法度だなんて、そんなことは頭にはもうなかった。


 彼女が泣きそうな顔をしている、そして自分の知らないところで泣いているのを知ってしまったから。

 こいつらのせいで彼女がどれだけ苦しめられてるのか。痛みで償えばいい。


 彼女がどれだけ苦しい思いをしたのか、わかっているのだろうか。

 殴られたって痛みは一瞬のこと。

 でも心につけた傷は、一生残ることさえある。絶対に許さない。





「怜司、転校してまだ一か月だろう。なぜ相手を殴ったんだ」


 事件のあと、両親が呼び出された。

 両親は忙しく、迎えにきたのは家令だったが、自宅に帰れば両親がいた。事情は聞かされているであろう。


「俺は悪くない」


「殴ったのは事実だろう」


「俺は一人だ、あいつらは複数だった。それにあいつら、陰で悪口三昧。誰もかばいやしない」


「……言い分は理解できる。」


「しかも、無抵抗なやつに対してだぞ……最低な奴らだよ」


「で、暴力で解決か……それは相手と変わらないじゃないか」


「………」


 怜司は押し黙った。

 それは大人だからだ。子どもは陰湿だってことを大人は知らない。

 学校は小さな社会で、理不尽の塊だ。怜司は海外の学校に通ったことがあるから、それはわかる。


 短期間ではあったが、海外は人種で差別されたり、体の大きさでいじめられたりもっと理不尽なことがあった。

 だが、それでも本気で殴り合いをしたことはなかった。


「守りたいものがある、それはいい」


 父親はゆっくりと続ける。怜司は顔を上げた。


「怜司、賢くなりなさい。これでは、相手に隙を与えることになる。もし、これで相手が大けがをして一生のケガがあったらどうする?

 お前は、将来グループに兄や姉と一緒に担う責任がある。それはわかっているよな」


 怜司はうなずいた。


「あらゆる手札を増やせ。暴力はその一つでしかないんだ。どちらかというと最終手段に近い。

 どれだけ手札を増やせるかだ。もっと学びなさい。大切な人を守れるくらいにな。」


 父親を尊敬してはいたが、怜司は改めて尊敬しなおした。

 自分には力がない。

 しょせん、同級生の世界では、どんなに勉強や運動ができても限界がある。

 あいつは、人より感じるものが多すぎる。それは決して弱点ではない。


「もし、俺がもっと強くなれたら。俺のお願い聞いてくれますか?」


「婚約か? まだ小学生だろう、本気だったのか?」


「まあ、それくらい負担があったほうがやりがいがあります」


「ははは、強がりだな。こちらとしても問題はない。あちらの側も何かと彼女を心配しているからな。

 彼女を傍で守ってくれる人がいたらと相談された」


「将来的にそれなりの人と結婚させられるとは聞いてるから、だったら自分にとって居心地が悪くない人がいいんです」


「自由恋愛が今の時代多いのにか?」


「それは俺達には当てはまらないと、兄たちが言ってます」


「確かにな」


 いくら自由恋愛が主になっている時代とはいえ、結果的に進学し、それなりの階級の人としか関われない。

 となると、お互いに釣り合う同士かは幼いときから把握するものだ。


 怜司にとっては、絵玲奈はあらゆることで好みだった。

 一目みたときから、こいつ気に入ったと思った。

 もちろん顔形、声、しぐさ、そして、才能。

 圧倒的に欠けているところは、自分にもある。

 それくらい彼女との出会いは、怜司にとって鮮烈だった。


 



それは、怜司が七歳の頃の話だ。

 ASOメディアが主催するパーティーで、絵玲奈と怜司は出会った。


 白いワンピースを着ていたが、照明の光を受けて、彼女の輪郭が少し淡く光って見えた。


 怜司にとっては初めての家族以外での大きなパーティーで緊張していた。

 しかし、時間が経てば大人同士の会話が多く飽きてしまった。


 同年代の子どももいたが、特に興味をそそられる人もいなく、ソファで兄の傍らジュースを飲んでいた。

 そこに不意に現れたのが絵玲奈だった。第一印象は、まさに人形のような神々しさ。


 白いワンピース、日本人離れした骨格と顔立ち。

 ただ、まだどこかアンバランスで、成長すればすごみが増すだろうと思わせた。

 何より目を奪われたのは、その行動。暇になったのか、手にはタブレット――お絵描きをしていた。


 傍には有名画家の父親がいて、時折何かを描いてみせては、絵玲奈は目を輝かせていた。


 絵玲奈の父は、若い時に海外へ武者修行し大きな賞を得て、海外から日本に紹介された。

 以後、その絵は国際イベントにも採用され、いまや日本を代表する画家となっている。


 母は裕福な家庭で育ち、美大在学中に気まぐれで描いた漫画が大ヒット。

 デビュー作は完結して何年も過ぎてもグッズが売れ続けるモンスターコンテンツだ。


 二人が結婚した際は各紙トップニュース。

 だがメディア露出は少なく、こういった式典や雑誌に時折姿を見せる程度。


 今回はASOの設立八十周年という大きな式典。だからこそ姿を見せたのだろう。

 父に挨拶に来たのは、有名作家。出す作品すべてが映画化されヒットを連発する人物だ。


 彼らが話し込んでいても、絵玲奈はタブレットに絵を描いている。

 その様子を見ていると、不意に目が合った。

 急に目が合って、怜司は目を離せなかった――いや、離したくなかった。

 もう頭が真っ白。雷に打たれたような衝撃。


 そして、その子はにこっと笑った。

 心が溶けるようで、顔が熱くてしかたなかった。

 それからの記憶はふわふわしているが、絵玲奈は最近、あらゆるものを七色にするのにはまっていて、何でも七色に塗ってはデフォルメのキャラクターに仕上げていた。

 色彩の配合や順番を変えては試す。タブレットの中は、見たことのない世界だった。


「また、会えるといいね」


 ばいばい、と手を振って去っていく後ろ姿を、兄に声をかけられるまで見送っていた。





「これ、なんだ? カメレオン」


「ううん、トカゲ」


 奇抜なトカゲのイラスト。

 それから何度かパーティーで話す機会が増え、子ども同士が気が合うと両親が判断したのか、小さな身内のホームパーティーでも会うようになった。


「私の描いたの、へん…かな?」


「絵玲奈以上にうまいやつ、見たことない。同級生でもここまでいない」


「本当? 怜司くんだけだよ、そんなふうに褒めてくれるの……」


「は? おかしいだろ」


 怜司はメディアに関するものを小さい頃から見ているし、動画投稿サイトやそのほかのSNSの流行も追っている。

 九歳児のレベルではないのは明白だ。


「お父さんも、お母さんも私みたいな絵は描かないから。何も言ってくれないし。クラスの子も、変だって」


「クラスのやつ、目が悪いのか」


「……最近、タブレット壊されちゃって。あと、この前突き飛ばされて。そんなに変な絵だったのかな……」


 最初は無視程度。だが今は、物を壊され、悪口もあるという。

 それでも絵玲奈は、自分が悪いからと先生や両親に言えないでいた。


「へえ、俺……そいつらに感想、聞きたいな」


 腹の奥に、マグマのような黒いものがあふれてきた。

 こんなにかわいらしい存在を、よくぞんざいに扱えるものだ。

 そしてこの才能は素晴らしい。凡人にわかるはずもない――いや、わかられては困る。


 絵玲奈の素晴らしさをわかろうともしない愚か者に、教えてやる必要はない。

 帰宅して、両親に絵玲奈の学校へ転校したいと伝えた。


 両親は驚いたが、私立からわざわざ公立へ行きたいというなら何かあるのだろうと承諾。

 中学は再び私立に入ることを条件にした。

 その一週間後、怜司は都内の公立小学校へ編入した。


 その時はまだ、自分が何を変えようとしているのか、わかっていなかった。







「ブス、お前きもいんだよ」


「……やめ、て……」


 転校して数日。怜司は、その現場をおさえた。


 この学校は転校生が多く、季節外でも珍しくない。怜司もすんなりクラスになじんだ。

 クラス中心グループのリーダーに気に入られ、休み時間も一緒に過ごすことになる。


 しかし、絵玲奈はいつも一人。休み時間も一人で絵を描いている。

 パーティーで見る彼女とは別物で、暗く、ずっと下を見て、声も出さない、視線も合わせない。

 怜司が転校してきたことさえ、どこか他人事のようで、声もかけてこなかった。


「あの子に関わらないほうがいいよ」


 女子リーダーが言う。彼女は男子リーダーに気があるらしい。

 だが今は、興味が怜司に移っているのも見て取れた。


「なんで?」


 怜司は目を細め、冷えた視線を向ける。

 だが、その意味を察することはない。


「だってクラスの男子に嫌われてるし、みんな言ってるよ」


 “みんな”。誰の、何人のことを言っている。

 怜司はクラスを観察しながら、絵玲奈を視界から外さないようにした。


 放課後。クラスメイトが数人、絵玲奈を連れ出す。怜司はそのあとをつけた。


「お前、なんでこっちを見ないんだよ。いっつもおどおどして。むかつく……」


 どん、と突き飛ばす男子リーダー。よろける絵玲奈。

 周りの女子は笑い、見下ろす。


「ご、ごめんなさい……」


「あんたみたいな不細工、学校に来ないほうがいいんだよ。みんな迷惑してるの」


「嫌われてるってわからないの?」


「クラスにいるだけでもぞっとする」


 数人で罵倒を浴びせる。怜司はゆっくり近づいた。


「あ、麻生くん。こいつしめようぜ」


 男子リーダーが怜司に気づいて笑う。


「何やってるんだ?」


「こいつブスなくせに、いい気になってるからさ。みんなで注意してるんだよ。調子に乗ってるだろ?」


「はあ、こいつがブス、なの?」


 鼻で笑うと、同意だと勘違いして、男は調子づく。


「麻生君もそうだって……こっちみんなよ」


 怜司を見て、絵玲奈はショックを隠しきれない。

 恥ずかしい場面を見られたようで、苦しさと悲しさが表情に浮かぶ。

 それが癇に障ったのか、男子リーダーが殴りかかろうとして――


 素早く怜司が動いた。一方的な乱戦が始まった。


 結果、騒ぎを聞きつけた先生に取り押さえられ、怜司は一週間の謹慎となる。

 怜司の両親に事情が連絡され、同日中に自宅で事情聴取となった。


 怜司は何度でもやるつもりだった。

 いくら父に注意されようとも、もう彼女をあんな場所に一人で置けない。


 怜司の両親から、絵玲奈の両親経由で「絵玲奈も部屋から出てこなくなった」と聞かされ、怜司は彼女の自宅に向かった。


 両親のアトリエ兼・事務所・自宅が入る低層マンション。建物はすべて彼らの所有らしい。

 お手伝いさんに通され、絵玲奈の部屋の前でノックする。


「絵玲奈……」


 がたがた、と物音。

 扉が少し開き、真っ赤な目の絵玲奈が現れた。ずっと泣いていたのだろう。怖かったに違いない。


「悪かったな……怖かっただろ」


「ううん」


 理性を失った自分を、彼女の前に晒した。

 本能の暴力で彼女を守ったつもりが、恐怖を与えたのではないか――それが一番怖い。

 嫌われることを想像するだけで、足がすくむ。


「わたしこそ、迷惑かけちゃって……ごめん」


「迷惑なわけ、ないだろ。俺たち、友達、なんだから」


「え。ともだち……」


「そう、ともだち」


 その言葉で、絵玲奈の瞳が光を取り戻す。まぶしくて、怜司は目を細めた。


「そ、そうだ。どうせ俺、学校休まなきゃならないし。ゲーム持ってきた、やろう」


「え、ゲーム!?」


 ホームパーティーで何度か一緒に遊んだ。絵玲奈はとにかく強い。

 格闘・パズル・レース・シューティング。どれも容赦がない。

 この日もお茶とお菓子が並ぶリビングで、長い時間を過ごした。結果は、全敗。


 どうせ、あのクラスメイトも、構ってほしくてゲーム勝負を挑み、歯が立たず逆上したのだろう。

 悔しさを相手にぶつけるのは弱さだ。まして集団で追い詰めるなどもってのほか。


「くそ……なんでそんなに強いんだよ」


「うーん、海外の人とよく対戦してる、からかな……」


「親戚にプロゲーマーいるんだったか」


「うん、よく教えてもらって。ゲームのコツ? みたいなの。あとは、繰り返すかな」


「絵玲奈は、ハマったらずっと同じことやり続けるからな」


「だって、面白いんだもん」


 興味があるものには何時間でも休まず没頭する。

 この集中力には頭が下がる。


「なあ、あんな学校、行かなくてよくないか」


「え……」


「親戚がやってる学校で、事情話したら編入試験受けていいって。だから、絵玲奈もそっち行こうぜ」


「でも、勉強が……」


「大丈夫。俺が教えるし、家庭教師も頼める。どうせもう学校へ行くつもりないし、編入試験まで勉強やろう」


 ――それから二人は学校へは行かず、ゲームをし、家庭教師をつけ、勉強した。

 半年後、無事に編入試験をパスし、帝光学園の初等部へ。


 クラス分けは別々。怜司は上位クラスに回され、旧友たちのいる日常へ戻る。

 一方、絵玲奈は一般クラスだが、仲の良い女子グループができ、問題なくなじんでいった。






「何、怜司くん」


 中等部。制服が変わる。

 絵玲奈は身長が伸び、手足が長い。同じスイミングスクールでは、彼女が泳ぐたびに周囲の男がざわつくようになった。


 男たちの視線が変わる。だから放課後、呼び出した。

 最近は眼鏡、髪はざっくり三つ編み。地味だ、というのが学校での評価。怜司はそれがいいと思っている。


「あのさ、今度ひま?」


「え、うーん……特に用事はなかったかな」


「じゃあ、兄貴に映画のチケットもらったから、行こう。前に話したやつ、あるって」


「わ、わたしと? でも……ほかの人と行ったほうが……」


 編入してからしばらくは、クラスになじむよう、遠くから見守っていた。

 仲良くしているのを見て、廊下ですれ違いざまに声をかけた。

 けれど、周囲の視線に耐えきれず、絵玲奈は逃げた。

 そのうち、怜司のクラスメイトの女子が彼女に注意をするようになり、近づくのをやめた。


 だが、絵玲奈と話せないのはストレスだ。

 編入試験に向けて一緒にいた時間の反動で、彼女の“成分”が足りない。

 顔が見たい。一緒にいたい。


 家に帰れば、メッセージアプリで話すのが日課。

 それでも足りない。男たちの視線が変わったと気づいてから、焦燥でイライラが募っていた。


「なんで、俺がほかのやつと行かないといけないんだよ」


「私と行っても意味、ないよ……」


「意味とか、そんなの必要?」


 ずい、と距離を詰める。

 いつもおどおどし、申し訳なさそうに見上げる目。

 身長は今は同じくらいだが、いずれ自分はもっと伸びるだろう。


「えっと……怜司くん?」


 腹の奥が熱い。怒りではない、衝動。

 手首をとり、そのまま唇をぶつける。


「え、え、え、……!!!!」


 ――怒りでも焦りでもない熱が、ようやく形を持った。


 唇を離すと、絵玲奈は顔を真っ赤にして固まった。

 そして、どん、と突き飛ばし、その場を立ち去った。


「あいつ……」


 自然と口角が上がる。

 この気持ちに名前をつけるなら――

 もともとあった執着の意味を、ようやく自覚した。


 帰宅して、親には“彼女を守りたいから傍にいたい”と匂わせる会話を重ねる。

 パーティーで彼女の両親にも同様に。


 それが重なり、両家は暗黙の了解で見守る体制になった。

 週末に連れ出しても反対されない。式典にも一緒に参加できる。


 絵玲奈のトカゲのデッサンを見て、商品化レベルだといくつか案を出し、両親へ掛け合った。

 瞬く間にグッズが発売され、仕事の依頼が増えた。


 高等部に上がる頃には、仕事で学校へ通いづらくなる。

 放課後は差し入れを持って彼女の自宅へ。

 両親公認で、部屋の掃除をし、食事を運び、彼女の生活を支える。


 公私ともに、ずぶずぶに依存させる。

 部屋から出なくていい――それでいいと思った。

 彼女の描く世界は、日常の枠に収まらない。

 世界に発信すれば、理解も共感も広がる。


 だが、それは“作品”の話だ。

 “現実の”絵玲奈の良さは、俺だけが知っていればいい。


「なあ、絵玲奈。今度ほしいもの、言えよ」


「うーん、そんなのないよ。時間がほしい」


 作業に没頭して、こちらを見ない。


「じゃあ、指輪な。婚約指輪。ないならこれにするから」


「………」


 集中して聞こえないらしい。つまり返事がない、ということは了承した。ということにしよう。

 八月、十八歳になる彼女の誕生日に、指輪を買いに行く――そう決めた

この後のふたり…


高校卒業後、

仕事にまい進する絵玲奈のサポートをして、怜司は大学生活を要領よくこなし

二十歳のときに親に交渉してマンションに引っ越し強制同棲開始。


怜司が大学卒業後、すぐ結婚します。

家族だけの小さな結婚式ですが、ドレスアップした絵玲奈の写真をつねにデスクに置くとかおかないとか。ずっと公私ともにすっと一緒ですが、あまり喧嘩もなくずっとこのままで続くでしょう。子どもができても、育休産休フル活用して怜司が主夫業してそうですね。絵玲奈はずっと家に引きこもってるか、家族で外出するくらいだと思われます。

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