第98話:終わりにして始まり
今回でカルティア編が終わります。
次回の更新はお休みです。
俺が目を覚ましたのは、キャスターク攻略作戦から5日後だ。
そのときには概ね全てが終わっていた。
結論から言うと、キャスタークは落ちた。
キャスターク攻略作戦において、カルティア軍は『双刃乱舞』ギャンブランを傭兵として雇い、強気に攻めることによって、最後の逆転を図った。
まず、自分たちが先に陣地を敷くことにより、これまで多大な戦果を挙げてきた別動隊――つまり俺の隊の襲撃してくる位置をいくつか割り出し、ギャンブランに対処を任せた。
そして、攻勢の策として、今までユピテル軍が行っていた「少数の機動兵力による側面攻撃」を『剛腕』率いる魔導騎兵によって実行させたようだ。
これに対しラーゼンは迅王ゼノンを、自分の元から放し、『剛腕』に対処。
側面攻撃の被害を最低限に抑えたうえで、そのままゼノンを自分の傍に置かず、最前線の攻勢の起点に置き、シルヴァディとゼノンの二人で一気に敵の本軍を叩いた。
流石に地力が違ったのか、すぐにカルティアの主力軍は劣勢に陥る。
優勢となった時点で、ラーゼンは前線をゼノンに任せ、シルヴァディに俺の隊の捜索命令を出した。
シルヴァディは、途中でフランツ達に出会い、情報を入手し単身山の中で俺たちを追い、土壇場で駆け付けた、ということだ。
あの後、流石に3人目のギャンブランは出てこなかったらしい。
双子かなにかだったのかもしれない。
今回の戦いで、ラーゼンがゼノンとシルヴァディの2人を攻勢に回し続けたのは、少し意外だった。
ラーゼンはオスカーと同じく、戦闘に関しては無力と聞いている。
一般兵どころか、子犬にも勝てないと言うほどだ。
今回は殆どの時間、ラーゼンの傍にゼノンやシルヴァディはいなかったわけで、ラーゼンが死ぬ確率だって低くはなかっただろう。
それでも、自分を危険に晒してでも勝機を逃さない判断力と、なんだかんだ最後まで無事で済んだ生存力は、やっぱり彼が色々と「持っている」人間なんだなぁとしみじみ感じさせた。
敵軍の司令官、セルベント・キャスタは、落ち延びようとしていたところを捕えられたらしい。
現在は、既にユピテル軍のものとなった都市『キャスターク』の参謀府で拘留中だとか。
俺が目覚めたのもそんな『キャスターク』の参謀府のベッドだ。
これでも一応将軍と同等の地位なので、豪勢に個室を与えられている。
俺が目覚めたときに傍にいたのが、シンシアとシルヴァディの2人だった。
「よし、じゃあアルトリウスも目覚めたし、俺は行くとするわ」
俺が目覚めてすぐ、シルヴァディが言った。
「え、どこ行くんですか?」
「残った都市の攻略だよ。今回は間期をおかずに、一気に攻め落とすことになった」
どうやら、まだいくつか残っている敵勢力の都市を落とす作戦が決行されるようだ。
「僕たちは行かなくてもいいんですか?」
「そのケガのお前を動かせるわけないだろ。お前あってこそのアルトリウス隊だ」
「・・・そうですか、わかりました。師匠も気を付けてくださいね。またギャンブランみたいに、ヤバいやつがいるかもしれませんから」
「おうよ」
そう言って、シルヴァディは背を向けたが、去り際、意外なことが起こった。
「・・・行ってらっしゃい、です」
そう言ったのは、俺のベッドのすぐ横の椅子に座っていたシンシアだ。
思わず俺は目を丸くした。
あのシンシアが、シルヴァディに向けて言葉を発したのだ。
いや、そもそもこの部屋にこの2人が2人きりで居たということ自体、俺からしたら驚きだったのだが・・・。
「・・・ああ」
少し気恥ずかしそうに、シルヴァディは去っていった。
横を見ると、シンシアも少し顔を赤くしている・・・ような気がする。
「・・・なんか、仲良くなった?」
「別に、そんなことはありません」
残ったシンシアに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
「でも・・・私もわかったんです。どれだけ認められなくても・・・あの人は父親なんだなって」
詳しくは教えてくれなかったが、どうやらギャンブランを倒した帰り道、気絶した俺を運んでいる間に、何か2人で話したようだ。
「そっか」
ゼノンの言う通り、ひょっとしたら、俺が何かをするまでもなかったのかもしれない。
彼らは腐っても親子なのだから・・・。
それから――俺の傷が完全に癒えるころには、全ての都市がユピテルの勢力下に置かれることになった。
概ね4年。
俺にとっては1年と少し。
カルティア戦役は、終わった。
● ● ● ●
戦勝パーティーが開かれた。
これまでのささやかな宴ではなく、大多数の兵士が参加する大規模な宴会だ。
とはいえ、全兵士が参加するわけにもいかないので、3日間にわけて、3分の1ずつの兵士が参加する。
俺たちの隊が参加したのは、2日目だ。
俺自体は全日参加する権利を貰ったのだが、まあ隊員と一緒の方がいい。
俺は他の将軍とか、部隊以外の兵士と仲がいいわけでもないからな。
もちろん、1万人の兵士など、建物の中には入り切らないので、都市の郊外に出て、火を焚き、酒を飲み、踊り、歌う、どんちゃん騒ぎだ。
前世のキャンプファイヤーを思い出す光景だった。
知ってるやつだけじゃなく、案外知らない兵士とも飲み明かした。
勿論俺の飲み物は相変わらずぶどうジュースだが。
話す内容はもちろんカルティア戦役でのことだ。
あのときの戦いはつらかったとか、あの戦術は良かったとか、アルトリウス閣下の魔法はすごかったとか、自分も下級貴族の出身なので、頑張りますとか。
いつもの通り、酔っ払いたちに混ざると、テンションの違いに多少場違い感を感じてしまうので、少し席を外し、例の如く涼みにいく。
宴の中心の火から少し離れるたところで、シルヴァディの姿を見かけた。
「――ししょ・・・」
声をかけようとして、隣にシンシアがいることに気づき、そそくさとその場を退散した。
親子水入らずの時間を邪魔しちゃ悪いからな。
暫く一人でぶどうジュースをちびちびと飲んでいたところ、不意に知っている顔が声をかけてきた。
「アルトリウス、飲まないのか?」
黒い長髪の男、ゼノンだ。
「酒は成人してからって決めているんですよ」
「そうか」
ゼノンが俺の隣に腰かけた。
「シルヴァディとシンシアは・・・もう心配しなくてよさそうだな」
ゼノンも彼ら2人を見かけたらしい。
「そうですね」
「お前が何かしたのか?」
「・・・いえ。僕はなにも。多分、自分達で気持ちに区切りをつけたんですよ」
「そうか・・・」
ゼノンが自分のコップに酒を注ぐ。
この人、さっきから随分飲んでるけど、全く酔っているように見えない。
「しかし・・・アルトリウス。まさかお前がもうこの域に達するとは思わなかったよ」
「この域?」
「・・・剣の話だ。片割れとはいえギャンブランは間違いなく猛者だ。それを倒せたということは、そういうことだ」
確かに、あのとき――ギャンブランとの戦い以来、やけに体の動きが軽い。
五感も鋭くなっている気がする。
これが、第四段階――達人と呼ばれる人間の感覚なのだろうか。
「どうして僕は急に強くなったんでしょうか」
「・・・別におかしいことではない。お前の剣は既に完成しつつあった。限界を超えた戦いの中で、剣士が急激に成長するのはよくある話だ。しかも相手が『八傑』ならば、なおさらな」
「・・・」
確かに、ギャンブランは強敵だった。
前までの俺では、絶対に勝てなかった。
あのとき、俺の剣は完成したのだろうか。
わからない。
でもそう言う問題じゃない気がする。
俺は選んだんだ。
何よりも強くなり、全てを守る道を。
きっと、終わりのない・・・果てのない険しい道のりだ。
前世の俺にはどうあがいても歩けなかった苦しい道のりだ。
でも、アルトリウスなら。
今の俺なら、越えられる。
越えて見せる。
「・・・そう悩むな。お前は天剣シルヴァディの弟子なのだろう」
難しい顔をしていたのか、ゼノンが言った。
「弟子とは師匠を越えるために存在するものだ。お前はその一歩を踏み出したんだ。誇りに思え」
「師匠を越えるために・・・」
シルヴァディを越えるって・・・それ国の最高戦力を越えろってことですよね。
「それ、誰が言ったんですか?」
「・・・かつて会った傲慢な男だよ」
「そうですか」
傲慢、か。
確かにその通りだ。
俺の望みも、きっと傲慢なのだろう。
でも、そうだな。
シルヴァディを越える強さ。
守られてばかりじゃない。
彼の後ろでなく、彼の隣で、彼の前で戦えるほどの強さだ。
それくらいじゃないと、俺の願いは叶えられないような、そんな気がする。
限界は決めないって、決めたんだ。
「・・・そういえば、ゼノン副司令って、どうして長らく弟子を取らなかったんですか? ひょっとして自分を越えれそうな弟子がみつからなかったから、とか?」
丁度弟子の話題が出たし、気になったので聞いてみた。
シンシアは才能豊かな少女だし、もしかしたらゼノンより強くなる可能性もある。
むしろ、1撃を入れるというのが、ゼノンを越えれるかどうかの指標だったとか?
「・・・いや、別にそういうわけじゃない。私は・・・・単に弟子を取る気がなかっただけだよ」
どこか少し遠い目をしながらゼノンは答えた。
「そうですか」
失言だったかな。
なにか深い理由とかがあったのかもしれない。
そんな俺を尻目に、ゼノンは酒を口へ運ぶ。
「まぁいざ取ってみると、悪くはないとは思う。アルトリウスも一撃入れたら弟子にしよう。今ならできるんじゃないか?」
「・・・僕は天剣シルヴァディの弟子ですよ」
確かに今の俺なら一撃入れることもできるかもしれない。
でも、別にゼノンの弟子になるつもりはない。
俺はシルヴァディとの師弟関係を大切にしているんだ。
「ふふ、そうだな」
ゼノンは珍しく笑った。
宴はつつがなく終了した。
途中から酔っぱらったバクスターやジャンに絡まれ、さらには、どこから仕入れたのか、シンシアに想い人について問い詰められ、他の隊員や、全く関係のない兵士まで巻き込んでどんちゃん騒ぎ。最後はなぜかフランツと抱き合いながら眠っていた。
これで俺も酒を飲んでいれば最高だったのだが、まぁ悪くない宴だった。
口の軽い金髪親父は後でしばく。もちろん返り討ちだ。
こうして、俺にとってもカルティア戦役は終わった。
しかし、戦いは終わらない。
むしろ、ここからが始まりだ。
これから始まるであろう戦いは、より醜く、泥沼で、不毛な―――だが避けては通れない戦いだ。
―――生き残る。そして、守って見せる。
もはやユピテルとなったカルティアの空を眺めながら、俺はそんな決意をした。
ようやくカルティア編が終わりました。
正確にはもう少しカルティアにはいますが、カルティアでの戦いは終わりです。
細かい部分で説明が足りない部分は諸所見られたかもしれませんが、読み返して流石にヤバそうだったらどこかで修正します。
シンシアの内面の変化は間話で入れようと思っています。
読んで下さり、ありがとうございました。




