第97話:雨の止むとき
ギャンとブランが生まれたのは、ユースティティア王国の辺境だ。
ユースティティア王国は中央集権国家であり、王都から離れれば離れるほど治安は荒れ、統治は行き届かない。
彼らが生まれた場所も、殆ど廃墟同然の家屋の立ち並ぶスラム街だった。
双子として生まれた彼らは、親にとっては邪魔者同然だった。
倍の食い扶持を消費するからだ。
彼らが8歳になったとき、両親は彼らを捨てた。
ゴミ同然。
ギャンとブランを待っていたのはそんな扱いだった。
8歳の子どもが2人で生きていける世界ではない。
だが、彼らは生き残った。
とある貴族に買われたのだ。
その命ごと。
だが、彼らは決して幸運ではなかった。
彼らが買われたのは、「奴隷」として。
ユピテル共和国とは違い、王国での「奴隷」の扱いは酷い。
しかも、買った貴族は酷く偏った性的趣向を持っていた。
すなわち、男娼として彼らを利用したのだ。
まるで物のように扱われ、使用人からも煙たがられた。
生き地獄だった。
1人だったらきっと耐えられなかった。
ギャンとブランはお互い寄り添い、苦しみを分かち合った。
信じられるのは自分たちだけだ。
5年ほど経って、突然、彼らの前に「リード」と名乗る少年が現れた。
オレンジ色の髪に、赤いローブを羽織る少年だ。
少年は言った。
「今夜逃げ出せば、君たちはその地獄から救われ、力を振るう側になることができる」
少年の言葉に、2人は迷わなかった。
「屋敷の外に出たらひたすら南に向かうといい。そのうち、2本の剣を持つ男に出会う。その人を頼るんだ」
2人は頷いた。
不思議なことに、少年の言う通りにことが進んだ。
2本の剣を持つ男――当時の『双刃乱舞』ナタクは2人が訪ねると、弟子として彼らを引き取った。
彼らは才能豊かだった。
瞬く間に双刃を巧みに扱い、無属性魔法を身に付けた。ナタクは彼らに自分の全てを教えた。
そんな力をつけた彼らが最初にしたこと。
それは復讐だ。
彼らはスラムに戻った。
そして、自分たちを捨てた親を殺した。
彼らは屋敷に戻った。
そして、自分たちを買った貴族と、使用人を全て殺した。
返り血まみれで帰った2人を、師であるナタクは責めた。
そんなことの為に剣を教えたわけではないと、彼はそう言った。
そして、2人は、ナタクを殺した―――。
当時既に『八傑』として名を馳せていたナタクも、成長した2人を相手にしては分が悪かった。
そうして―――力に溺れた2人の剣士――『双刃乱舞』ギャンブランは生まれた。
● ● アルトリウス視点 ● ●
―――2人目!?
赤紫色の髪に、青白い肌。
転がっている死体と全く同じ姿に―――そして先ほどまでと全く同じの迫力―――よもやこれほどの殺気、幻とも思えない。偽物のはずもない。
「やけに遅いから来てみれば・・・てめえらがやったのかぁ?」
全く同じ声色で、男が言った。
彼の視線の先には、地面に転がっているギャンブランの死体だ。
「・・・だとしたら?」
緊張の中、俺は剣の柄に手をかけながら答える。
まずい。
流石にもう1戦するだけの体力も魔力もない。
立っているだけでやっとだ。
男の目が見開かれた。
「刈り殺す――ッ!」
「――っ!」
地面が揺れた。
速い――っ。
先ほどのギャンブランと全く同じ速さ、全く同じ動き。
力を振り絞れ。
守れ。
ここまできて、死なせるわけにも、死ぬわけにもいかない。
剣を抜いた。
「アァアアアァ!」
衝撃が――走る。
間一髪で、俺の剣は奴の剣を止めた。
「――ほう、止めたかぁ。やっぱりてめえが弟を・・・」
――弟?
『兄貴』
『まだ手がある』
奴――ギャンブランはそう言っていた。
兄―――。
双子か何かか?
とにかく、今のでコイツもさっきのギャンブランと何ら遜色ない実力を持っていることが嫌でもわかる。
だが、見える。
さっきまでの俺の動きはまぐれじゃない。
2本目が抜かれた。
見えるが―――魔力のない今、速さでは俺が劣る。
「ぐふぅ!」
「隊長!」
二太刀目を避けようとしたところで、奴の蹴りが腹に入る。
吹き飛ばされる。
傷口が開く。
激痛だ。
「・・・大丈夫だ」
俺は立ち上がる。
目前の男。
双刃の男を視界から外さない。
「てめえは殺す。絶対に殺す。四肢を刈り取り、腹を砕き、臓器を絞り―――この世の苦しみという苦しみの全てを味合わせたうえで殺す! そこの女―――シルヴァディの娘も殺す! 確定だ!」
2人目の双刃乱舞が慟哭する。
明確な殺意。
もしかしたらシンシアは殺さないんじゃないかという希望すら打ち砕く、純粋な殺気。
「はぁ・・・はぁ・・・シンシア、逃げろ・・・何とか時間を稼ぐから」
「――拒否します」
シンシアも剣を抜いた。
彼女とて魔力が切れ、余力はないだろうに。
「・・・そう、か」
「最後は剣士として散ると決めていますので」
――最後か。
もうこれで終わりなのか?
ようやく気付いたのに。
俺にも越えられると。
ようやく決意したのに。
全てを救えると。
この世界で、苦しまずに済むために。
アルトリウス・ウイン・バリアシオンとして、為すべきことがわかったのに。
「いや、終わらせない。終わらせてたまるか・・・」
双刃乱舞の足が、一歩ずつ迫ってくる。
足掻いてやる。
一太刀でも耐え、一太刀でも―――。
そんな時だった。
「―――っ!」
ギャンブランの顔が驚愕に包まれた。
「?」
警戒するシンシアだったが・・・俺にもわかった。
来てくれたんだ、あの人が。
猛然と。
一直線に。
とてつもない速度で。
彼は俺達の前に現れた。
黄金の髪に、黄金の剣。
猛禽類のように獰猛な目つきに、濃密に放たれる殺気。
だけどどこか安心感のある―――この世で俺が最も信頼する男。
「―――待たせたな」
天剣シルヴァディが、双刃の男の前に立ちはだかった。
● ● ● ●
「シルヴァディ―――てめえ・・・」
表情を一変させる双刃乱舞ギャンブランだったが、シルヴァディは欠片も顔を変化させない。
どこか余裕すら見せるたたずまいで、横目で俺の方を見る。
「・・・アルトリウス、お前―――」
「・・・師匠」
「そうか。越えたんだな、壁を・・・」
「・・・はい、多分」
「そうか。じゃあまずは最初の稽古だ。手本を見せてやる」
シルヴァディはそう言ってギャンブランに向き直った。
「でも、師匠―――」
「アルトリウス、大丈夫だ。あとは・・・任せろ」
「・・・はい」
シルヴァディは事実しか言わない。
そんな彼が任せろと言ったのだ。
本軍はどうなったのか。俺の部隊は無事か。コイツに勝てるのか。聞きたいことはあったが、彼は任せろと言った。ならば何の心配もいらない。
ゆっくりと、シルヴァディは歩き出した。
敵の――双刃の男の方へと。
「・・・ふう」
安心してしまったのか、俺はその場にへたり込むよう倒れた。
「あ、ちょっと隊長」
シンシアに支えてもらい、何とか体を起こす。
ここで気絶はしたくない。
なにせこの戦いは世界の頂点・・・八傑同士の戦いなのだ。
シルヴァディは言った。
『手本を見せてやる』と。
かつて、シルヴァディとグズリーが戦っていたとき、俺は自分のことに必死だったし、たとえ見ても見えなかった。
でも、今ならわかる。
「・・・シンシアも、よく見ておいたほうがいい」
「?」
「あれが・・・君の父の―――君が認めない剣の―――力だ」
「・・・はい」
シンシアは深く頷いた。
俺とシンシアが見守る中、シルヴァディは飄々と――しかし明確な殺意を持って口を開いた。
「よう、久しぶりだなギャンブラン。どうしてそっちにもお前が転がっているのか知らないが・・・なるほど、2人で八傑をやっていたわけだ」
「うるせぇよ・・・」
ギャンブランは充血するほど目を見開き、シルヴァディを睨んでいる。
「来いよ。格の違いを教えてやる」
「―――刈り殺すっ!」
戦いが始まった。
● ● ● ●
――濃密な戦いだった。
だが、決着はすぐだった。
時間にして10分くらいだろうか。
ギャンブランは目にもとまらぬ速さで、双剣を振り、回し、蹴り、縦横無尽に駆けまわっていた。
だが、そのこと如くを、シルヴァディは全て返して見せた。
まるで格が違うとでもばかりにすべての技を、それを上回る剣で返していた。
ねじ伏せるようにその剣は確実にギャンブランの剣を砕き、腕を断ち、足を薙いだ。
気づいた時には、既にギャンブランの手に剣はなく、それどころか、四肢は全てどこかに吹き飛んでいた。
当然、立っているはずもなく、彼は地に伏していた。
「・・・何か言い残すことは?」
「―――死ね、よ・・・糞がぁ」
「そうか」
黄金の剣閃が、双刃乱舞と言われた男の首を穿った。
あっけなく―――。
あまりにもあっけなく、戦いは終わった。
同じ土俵の人間の戦いとは思えない決着。
赤子の手をひねるように、双刃乱舞は天剣に負けた。
勝負にはなっていた。
だが、実力が違った。
多分、そういうことだ。
気づくと雨は止んでいた。
差し込む日の光と共に、張り詰めていた緊張が一気に解けた。
「・・・悪いシンシア、俺もう限界――」
「え、ちょっと! 隊長!」
俺の意識はそこで落ちた。
アルトリウスがギリギリ勝ったのが弟のブランで、シルヴァディにボコられたのが兄のギャンです。
2人は同じくらいの強さです。
読んで下さりありがとうございました。




