第95話:雨の中の激闘
本日は2話更新!
2話目です!
走った。
方角はなんとなくだ。
多分、ユピテル軍とは逆の方だろう。
途中で小雨が―――いや気づいたら大雨だったが、そのおかげで土がぬかるみ、足跡が見えた。
人を抱えているからか、やけに足跡の溝も深い。
真っすぐにその足跡を追いかける。
―――いた。
シンシアを抱える、赤紫色の髪の男。
以前ならあまり見えなかったような距離だが、何故か鮮明に確認できる。
山を抜けるか抜けないか。
木々が少なくなったあたり。
ここなら木の合間に空も見える。
残念なことに天気はいいとは言えないが。
「・・・てめえ、生きてやがったのかぁ」
距離を詰める前に、赤紫の髪の男―――『双刃乱舞』ギャンブランが立ち止まった。
憎々し気にこちらをみている。
恐ろし気な殺意がビンビン出ているのが分かる。
先ほどまではそれだけで足がすくんでいたほどの殺意だ。
だが、不思議と怖くはなかった。
「・・・てめえ、何があったぁ? まさかさっきのは・・・」
ギャンブランは顔をしかめる。
なにか俺が変わったように見えるのだろうか。
いや、そうかもしれない。
おかしいのだ。
こんなにケガをしているのに。
大量に血を流したはずなのに、体が軽いのだ。
「まあいい・・・」
ドサリ。
ギャンブランはシンシアを下した。
「―――刈り殺すっ!」
男の体躯が動いた。
「―――っ!?」
おかしい。
先ほどまで神経を集中させてようやく見えていた彼の動きが、鮮明に視界で捉えられる。
キン!
高い音が鳴った。
俺はその場から一歩も動かずに、彼の剣を受けている。
「てめえ・・・やっぱり・・・」
ギャンブランはどこか苦々しい顔をしている。
表情とは裏腹に、間髪入れず彼の左腕は、抜いていないもう1本の剣を引き抜いている。
「―――オオッ!」
慌てて剣を返し、体をひねる。
ぎちぎち、と嫌な音が体を走るが、痛みはない。
アドレナリンが出ているのだろうか。
彼の2本目は、俺の体にかすりもせずに宙を斬った。
「ちっ!」
ギャンブランは大きく距離を取った。
「まるで別人だなぁ・・・さっきまではただの雑魚だったのによぉ。いったい何しやがったんだぁ?」
「・・・・」
俺は答えない。
俺も、おかしいとは思っている。
器がどうとか、扉がどうとか・・・そんなことを誰かに言われた気がする。
「・・・答えないかぁ。大方自分でもわかってないんだろうが・・・こっち側に来たのは確かのようだなぁ」
こっち側・・・。
今の俺は強くなっているのだろうか。
わからない。
だがなんだろう。
視界や思考が全てクリアだ。
痒い所に手が届いている感じだ。
「ふん、まぁいい、だが調子に乗るなよぉ。達しただけじゃぁ俺には勝てねぇ」
「――!?」
ギャンブランのギアが1段上がった。
加速か、身体強化か―――とにかく、先ほどまでとは違う―――本気の速度だ。
「―――てめえに、この世界の深さを教えてやるッ!」
叫びながらの回転斬り。
先ほど見た――奴の奥義。
なるほど、確かに今見ても、速い。
2本の剣による絶え間ない回転。
さっきなら、剣で防御して、何メートルも弾き飛ばされていたような、そんな技。
「―――オオオオ!!」
魔力はわずかだが、ここにきてこれまでの経験が生きてくる。
無駄遣いをなくす。
1年間心掛けてきたことが、根付いているのだ。
身体強化。
加速。
わき目もないほどの密度の、奴の剣を見る。
目視する。
見えているならば―――、
「ラアァァアアァアッ!」
ねじ込む。
剣の隙間に、俺の剣を無理やりねじ込む。
「―――っ! 甘ぇ!」
男の一瞬のぎょっとした顔が見えたような気もしたが、奴の剣はすぐに変わる。
「『双突』!」
俺のねじ込んだ剣は空中にいなされ、飛んでくるのは頭と、腹、両方を同時に狙った突き。
「くっ!」
身をよじらせて、俺は距離を取る。
やはり、強い。
さっきよりは戦えていると、そう思う。
でも、こいつの方が強い。何枚か上手だ。
経験が違うのだろう。
膂力のある剣に、信頼できるいくつもの奥義――。
まだ、足りない。
「オラオラオラオラァ!」
「―――っ!」
奴の2本の剣が走る。
避ける。
加速する。
まだ、加速できる。
コイツと俺は違う。
コイツの売りは速さじゃない。
コイツは神撃流だ。
俺はなんだ?
俺はこの1年何をしてきた?
もっとだ。
コイツより速く動かないと、剣は当てられない。
考えるな。
剣を振れ。
俺の剣。
完成していないというなら今させろ。
神撃流、神速流、甲剣流、水燕流でもなんでも使う。
考えるな。
出すべき技を、流派を。
見てから動くのではなく―――脳で、脊髄で、神経で―――。
もっとキレを、もっと速く、もっと堅く、もっと柔軟に・・・!
「―――オオオッ!」
剣が舞う。
天から降り注ぐ雨が、やけに遅く感じる。
雨の1粒1粒がどのように落ちているのかが分かる。
俺と、双剣を構える男だけが、その粒の動きを越えている。
ギャンブランはどれほど俺が速く動こうと、決して崩せはしない。
中段も、下段も、上段も、どこに撃ち込んでも弾かれ、2本の剣閃が飛んでくる。
1本で足りなければ2本で、それでも足りなければ蹴りで。
そうだ。
それが神撃流だ。
少しでも速さを緩めれば、俺の首筋に、奴の斬撃が迫る。
既に打ち合い始めて3回は死にかけている。
幾回に及ぶ読み合い。
隙を見せた方が負ける。
―――強い。
「オラオラオラオラァ―――ッ!」
「―――『流閃』ッ!」
「――『双車輪』!」
ギャンブランの連撃を『流閃』で流すも、奴はどんな体勢からでもすぐに回転斬りに移る。
隙が無い。
だが、勝負になっている。
傷は再び開いている。
目の端に、自分の血液が飛ぶのが分かる。
脳が痛覚を遮断しているのか、痛みはないが、いつまで俺が動けるのか、わかったものじゃない。
魔力も少ない。
だが、負けられない。
救うと決めた。
越えてやると決めた。
もっと、速く、もっと先へ。
2本の剣を別々に対応していたらダメだ。
同時に受けろ――奴が1回振る間に、こちらが2回振れば、手数の差は補える。
「―――ハアアアアアア―――!!」
「ちっ! こいつ!」
ギャンブランが唸る。
だが、まだ足りない。
足りない手数は速さで、足りない力は読みで、足りない経験は―――今から埋めてやる。
できるだろうアルトリウス。
こいつを倒すには・・・もっと―――もっと―――。
● ● シンシア視点 ● ●
「―――ん」
―――眠っていた?
シンシアが目覚めたとき感じたのは、激しい頭痛に、吐き気。
魔力が完全に切れたときの症状だ。
記憶の最後にあるのは、魔力が切れて動けなくなったシンシアの代わりに前に出たアルトリウスが斬られた光景。
必死に抵抗した末、頭に激しい痛みを感じたところまでは覚えているが・・・。
「―――生きて、いる? ここは・・・」
脱力し、力の入らない体を何とか起こし、視界が広がった瞬間―――。
予想だにしない光景が、シンシアの目を奪った。
いや、目だけではない。
耳も、肌も――全ての細胞が感じている。
圧倒的な力の奔流の―――そのぶつかり合いだ。
シンシアから程ない場所がその中心だった。
魔力なのか、それともただの衝撃なのかわからないほどの力の波と、突き刺さるような雨を斬る剣の圧力。
叫ぶような枯れた声と、剣が克ち合う金属音。
それらを出しているのは2人の剣士だ。
1人は、赤紫色の髪に、青白い肌に、2本の片刃の剣を持つ男。
『双刃乱舞』と名乗る八傑。
突如、シンシア達の部隊を襲い、そして記憶にある限り圧倒し続けた、世界最強の剣士の一角。
そんな最悪の敵と相対しているのは、1人の少年だった。
焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の目。
最近少し伸びたが、それでもまだ小さい背丈に、歳の割りには落ち着いた顔つきの、シンシアの上司。
さっきまで、シンシアと同じく、男に蹂躙されていたはずの、少年。
その少年―――アルトリウスが、戦っていた。
装備していたはずの皮鎧はすでに跡形もなく、半裸の上半身には目を背けたくなるような傷が広がっている。
応急処置の後は見られるが、既に傷口は開き、血が滴り落ちている。見るからに満身創痍だ。
だが、そんなアルトリウスが、戦っている。
そして―――戦えている。
そう、戦えているのだ。
――まさか?
もちろん目は疑った。
だが、間違いなくアルトリウスだった。
先ほどまでシンシアとアルトリウスが手も足も出なかった相手と、互角に―――いやそれ以上に戦えているのだ。
ぎりぎりシンシアが目視できる速さ――――父や師が出すようなスピードで、アルトリウスが動いているのだ。
ついさっきまで、シンシアと大差ない速さであったはずのアルトリウスが、だ。
この短時間で成長した?
いや、だとしたらそれは、そんな言葉では生ぬるいほどの進化。
例えるならば、「飛躍」。
そういってもいいほどの実力の向上だ。
しかも徐々にアルトリウスは―――さらに速くなっている気がする。
先ほどまで愉快に笑っていた格上の男が、額に汗を浮かべている。
「――隊長・・・」
いったいどうしてこの短時間で彼がそれほどの強さを手に入れたのか。
何が彼をそこまで奮い立たせるのか。
シンシアにはわからない。
ただ、今魔力の切れた自分が助けに向かっても、足手まといにしかならないことはわかる。
彼女には見守ることしかできない。
―――決着は間もなくついた。
読んで下さり、ありがとうございました。




