第94話:扉の開く音
本日は2話更新!
1話目。
―――扉。
ある武人が、強さを極めようというとき、どれほど努力しようと、どれほど才能があろうと、ある地点で『壁』にぶち当たる。
どれだけ厳しい鍛錬を重ねようと、どれだけ自分を追い詰めようと、その壁に『扉』はついていない。
押しても引いてもびくともせず、それ以上強くなることはできない。
ただ――ほんの稀にその『壁』に、重く大きな『扉』が現れる事がある。
何をすれば扉が現れるのか、そして、その扉がいったい何をすれば開くのか―――それを知る者はいない。
ただ、一つだけ言えることがある。
その扉を開いた者は、他の存在を超越した――遥か高みに上ることができるということだ。
そして、誰かがその扉を開いたとき―――ごく一部の―――真の高みに達している者たちは、それを敏感に感じ取ることがある。
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ユースティティア王国―――王城テラスにて。
「・・・どうしましたのフィエロ、ボーっとして」
1人の少女が言った。
桃色のやけに目立つ長髪に、高貴な純白の服装をする少女は、これまた白い机に並べられた白いカップを机に置きつつ、傍らに佇む者を怪訝に見つめている。
「・・・いえ、ちょっと気になることがありまして」
答えるのは、1人の男。
中年に差し掛かる少し前といったところか。
薄紫色の短髪に、制服とも軍服ともとれるような執事服、そして腰に携えた1本の銀色の柄をした剣が特徴的だ。
「気になること? ・・・南西に何かありますの?」
男がぼーっと見つめていたのは、このユースティティア王国の王城からは南西に見える位置―――といってもそちらにあるのは軒並み山だ。
もっとも、山を越えた先には―――。
「その・・・なにか向こうの方から力を感じまして」
「・・・力?」
少女は疑問を浮かべる。
元々少女の護衛のこの男は少し口足らずな部分があるが、今日はいつにもまして酷く語彙が貧弱だ。
「・・・いえ、こちらの話です。陛下はお気になさらず」
「はあ?」
一層増して不機嫌になる主君のことなど気にせず、男―――フィエロは物思いに更ける。
山を越えた先は―――カルティアだ。
―――まさか、シルヴァディか? いや、しかしこれは・・・新しい・・・何かか。
「―――ねえ、いったいなんですの?」
「・・・いえ、多分気のせいです」
『聖錬剣覇』フィエロは、一瞬の思考の後、お転婆な自身の主君に急かされ、すぐさまそのようなことは忘れた。
もしもその力の発生が気のせいでないのなら、どうせいずれ会うことになるからだ。
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ユピテル共和国――魔女の館にて。
「ちょっと、師匠聞いているんですか?」
一瞬、何かに気を取られていてような師ユリシーズに、ヒナは責めるように言った。
「―――え、ああ、ヒナちゃん。ごめんごめん、なんでしたっけ?」
「もう、しっかりして下さい。師匠の方から、炎属性と風属性の複合魔法についての話を振ってきたんじゃないですか」
才能豊かな赤毛の少女は、不機嫌そうにユリシーズの方をにらみつける。
「あー、そうね。そうでしたね」
「・・・本当にどうしたんですか?」
「別に・・・なんでもないですよ?」
そう。
本当になんでもないのだ。
ただ、遥か遠く―――西の方でかすかに力を感じただけ。
何度かユリシーズには経験のある体験だ。
「・・・ヒナちゃんの好きな人って、今カルティアにいるんでしたっけ?」
「―――ち、ちょっと! 何言ってるんですか急に! た、確かに、好きっていうか、愛してるっていうか、そんな人ならカルティアですけど!」
「そっか~」
相変わらず、真っ赤に照れる愛弟子は可愛いなあと思いつつ、しかし―――。
「まさか、ね」
小さく、ユリシーズは呟いた。
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ユースティティア王国の辺境『深淵の谷』にて。
「・・・・ほう。強い光・・・であるな」
誰もよりつかない、光すら届かない谷底のとある場所に、一軒の小屋が建っていた。
気が付いたように言葉を発するのは、そんな小屋の中で佇む一人の騎士だ。
全身が白い甲冑に覆われた、大柄の騎士である。
「・・・こんなところまできて・・・言うことがそれ?」
そんな騎士に呆れたような顔をして答えるのは、不健康そうな顔をした黒髪の少女だ。
騎士の正面、水晶玉のようなものを机に置いて御座するこの少女は、この尋常でない場所にある小屋の主でもある。
「しかし、そなたとて感じたであろう。シルヴァディ以来であるぞこれは」
「・・そう」
もちろん少女とてわかっている。
遥か西―――大陸の向こう側で、何か力を感じたのだ。
「いやぁ、しかし当時は驚いたものであるな。何か力を感じたと思ったら、間もなく天剣パストーレが死んだ。今となってはもはや懐かしい話だが・・・」
「・・・世間話なら、帰って」
騎士は思い出すように言うが、ぴしゃりと少女に言われてしまう。
「・・・そうであるな。ではさっさと始めて貰おう。そなたの占いはよく当たる」
「ええ」
騎士―――『白騎士』モーリスに対して、少女は面倒くさそうに頷いた。
そして少女は目の前にある水晶玉に両手を触れる。
瞬間――水晶玉は紫色の不気味な光を放ちだした。
その光と共に、少女はどこか神々しさを感じるようなオーラを纏っているようにも思える。
「・・・我―――『闇狗』ウルが問う。モーリスよ、そなたは何が知りたい?」
先ほどまで気だるげで、不健康そうだった彼女の言葉は、力強く、なおかつ不気味にも聞こえた。
対面する騎士は、特にそれに臆することもなく答えた。
「吾輩は―――」
問いの内容と、その返答が意味を持つのは、もう少し先の話になる。
● ● ● ●
ユピテル共和国――首都ヤヌス郊外。
2人の男が剣を合わせていた。
片や、眼帯をはめ、青い刀身の剣を使う男。
ユピテル人の剣にしては長めの長剣を、男は軽々と自分の体の一部のように扱う。
一度でも剣を学んだことのある者なら、彼が相当に練達した達人であることは一目でわかるだろう。
もう一方の男は、すでに70は過ぎたであろう老人であるが、その動きは年齢に見合わぬほど華麗である。
老人の使う得物は、まさに異様。
背中に差す6本の短剣に加えて、腰に差す2本の剣だ。
彼はそれら計8本の剣を、あの手この手で入れ替え、投げ、刺し、縦横無尽に荒野を駆けまわる。
彼もまた、熟達した達人であることは間違いないだろう。
互いに一歩も引かぬ男たちだったが、唐突に、何かに気づいたように動きを止めた。
「・・・・!?」
「ほう・・・」
青い剣の男は驚くように。
老人は感心するかのように、共に北西のほうを眺めている。
「これは、久しぶりの感覚じゃのぉ・・・アズラフィール」
老人は、もう終わりとばかりに剣をしまい、対面する眼帯の男に話しかけた。
「・・・そうですな」
眼帯の男―――アズラフィールも、青い剣―――『青龍剣』を鞘に戻す。
元々、偶然首都で再会した2人だ。
折角会ったのだからと、アズラフィールが手合わせを願ったのだが、予想外の横やりが入ったものである。
もっとも、横やりなどなくとも決着は見えていたが――。
「しかしこの方角は・・・カルティアじゃな。心当たりはないのかアズラフィールよ」
8本の剣を使う老人は、口元の髭を撫でながらしげしげと未だに北西を眺めている。
「そうですな・・・有望な若手がいるのは知っていますが・・・流石に早すぎますね。彼らはまだ十代なので」
「ほう、その若さでここまで達したのは、『軍神』以来じゃのぉ」
「そうですな。軍神ジェミニは、生まれたときから開いていた、と聞いております」
「うむ、確かに・・・あ奴は・・・ちと規格外であったからの」
アズラフィールが達人に上り詰めたとき、既に軍神ジェミニは伝説とも呼べるべき存在であった。
目の前の老人―――魔法を斬るという男『魔断剣ゾラ』は数少ない半世紀も昔から強者の位置にいる者だ。
「さて・・・ワシはもう行く。『青龍剣』よ、またやろうではないか」
「はい。機会があれば胸をお借りさせていただきます」
「うむ」
老人は頷いて去ろうとしたのだが、不意に気づいたように振り返った。
「・・・そうじゃ、『青龍剣』よ。これは助言じゃが・・・ユピテルからは暫く離れた方がいい。近いうちに、荒れるぞ」
「・・・・」
意味を捉えかねていたアズラフィールをよそに、老躯は、年齢を感じさせない足取りで去っていった。
その老人の足取りは東へ向いていた。
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アウローラ地方――『龍ヶ池』ほとりの屋敷にて。
ベッドから、1人の男が体を起こした。
白髪に、浅黒い肌。
高貴な出で立ち。
湧き出る風格。
金色の眼。
すれ違えば誰もが二度見するであろう、そんな男―――。
世界最強と呼ばれる男―――軍神ジェミニは、凶暴な笑みを浮かべていた。
「―――軍神様、どうなさいました?」
彼の隣で眠そうに起き上がる裸の女性は、かつてアウローラ総督府で受付嬢をしていた女性だ。
「・・・来た」
「来た? 何がですか?」
寝ぼけているというのもあるが、彼女にはジェミニの言っていることなど理解できない。
理解できるはずもない。
「・・・やけに若いな・・・。しかし・・・なるほど、『予言』の日も近いか・・・」
「?」
当然、ジェミニは彼女に言ったのではない。
彼の視線は既にここになく――はるか遠くの地へと向いている。
今までに見たことのないような質の笑みを見せるジェミニに、困惑する受付嬢。
ただ1人、全く表情を変えないのは、部屋の隅にちょこんと座る、灰色の髪の少女だけだった。
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世界中の「強者」と呼ばれる面々が、薄々と「何か」を感じている中、当事者―――近い位置にいる彼も、遠目に見える山の方で何かが芽吹いたことを察していた。
黒髪に、長身。
黒いロングコートを棚引かせる切れ長の目の男―――迅王ゼノンは、一瞬、そちらの方に目を向ける。
「よそみかよ!」
そんなゼノンに向けて、下卑たような叫び声と共に、大剣が振り降ろされていいた。
大柄な体躯に、好戦的な性格―――カルティア軍随一の猛将『剛腕』ボルザードだ。
そんな『剛腕』の大ぶりな大剣は、全くもってゼノンに当たる気配もない。
『剛腕』の乗っていた魔導騎馬も、既に無力化済み。
単純な1対1の戦いにおいて、世界最速とも呼ばれるゼノンに、蛮族の剣などが当たるはずもない。
「・・・シンシア――いや、アルトリウスか」
『剛腕』の大剣を流しながら、ゼノンは呟く。
ゼノンからして、アルトリウスの潜在能力は、もっと先のところにあると思っていた。
何かこの戦いの最中に、才能が開花するきっかけでもあったのかもしれない。
―――私も・・・この程度の相手にいつまでも時間をかけるわけにもいかないな。
ただでさえ、自らの主君、ラーゼンは、丸腰に近い状況だ。
もしもラーゼンが討たれるようなことがあれば、このカルティア戦役だけではなく―――すべてが終わる。
「おらぁ! すばしっこいやつだがな! 逃げてばっかりか!?」
『剛腕』は剣を振りかぶる。
ゼノンからしたら醜い―――基礎も合理も信念もなにもない脆弱な剣だ。
「安心しろ・・・一瞬で決めてやる」
ゼノンは剣を鞘に納めた。
「―――何を!?」
『剛腕』はゼノンの謎の行動に、顔をしかめるも、剣の手を休めることもない。
だが――。
「―――居合術―――『迅雷』」
そんな呟きは、全てが終わった後に聞こえてきた。
迅王ゼノン、最速にして最強の奥義、居合術―――『迅雷』。
速さの極致とまで言われたゼノンの唯一にして絶対の中段の居合。
彼がいざというとき中段の切り払いをしてしまうのも、この奥義の名残でもある。
雷の落ちるよりも速いと呼ばれた神速の居合切りを目視できるものはおらず、まさに必殺。
この時も、ゼノンが振り返るころには、既に『剛腕』の体は真っ二つに寸断されていた後である。
このカルティア戦役において、序盤からここまでカルティア軍の先鋒を務め続けてきた『剛腕』は、あっけなく、人の群れの中に消えていった。
所詮は騎馬部隊があってこその男だったのだろう。
―――さて、早く戻らなければ。
アルトリウスのことも気になるが、とにかくゼノンはラーゼンの盾である。
こんなところで時間を取られている暇は―――。
そんな思考をしたとき、ゼノンの頬に冷たいものが当たることを感じた。
「・・・雨か」
ぽつ、ぽつ、と小降りであった雨だったが、次第にその量と大きさは増しているように見えた。
「これは・・・荒れるな」
走りながら、ゼノンはそう呟いた。
「扉」は「強者への壁を越える」という現象の比喩をしているだけで、それほど深い意味はありません。
現段階で構想している今後出てきそうな強キャラは概ね今回登場しています。
あと1人、出そうと思っている強キャラはいますが、あまり設定が凝り固まっていいないので、下手に書くことはやめておきました。
読んで下さりありがとうございました。




