第92話:VS『双刃乱舞』①
いつの間にか総合500P!
感謝です!
『双刃乱舞』。
ギャンブランと言ったか。
以前シルヴァディに教えて貰った記憶がある。
カルティアの近くにいるかもしれない実力者にして、『八傑』に名を連ねるほどの男。
この世で最も強いと呼ばれる8人のうちの一人。
まぎれもない強者。
俺とは次元の違う・・・シルヴァディや、ゼノン、グズリーなどと同等の位置にいる剣士――。
なぜ、今――こんな時に現れたのか。
どうして本軍でなく、俺たちの部隊を狙ったのか。
そんなことを考えている余裕はない。
敵として、今そんな奴が目の前にいる。
立ちすくんでしまうほどの殺気に、強者の風格。
シルヴァディのいうところの「第四段階」に達している者。
俺もここ1年で研鑽を積んできたつもりだが、それでも、未だにその域には程遠いと思っている。
『烈空』なんて二つ名もついたが、呼び方が変わっただけだ。
俺の強さが変わったわけじゃない。
つまり、こいつは、絶対的な格上―――。
「ほらぁ! なぁに考えてんだぁ!?」
「―――っ!」
ギャンブランの剣撃が走る。
防戦―――。
攻め込むはずの神速流が、相手の剣を躱すために、相手の剣から逃れるために、その速度を発揮している。
コンマ1秒でも動きを止めたら、一瞬でも油断したら、確実に狩られる。
俺の最大速度の動きに、まるで片手間のように奴――ギャンブランの片刃の剣が追い付いてくる。
「くっ・・・『流閃』!」
「水燕流も使うのかぁ! 奴の弟子というのは本当のようだなぁ!」
最近ようやく物になったと思っていた『流閃』も、その一言で容易に返される。
自信は一瞬で打ち砕かれていく。
雷撃魔法も爆炎魔法も、何の意味もなさない。
そんな魔法を発動させているような暇もなければ、発動したところでこいつには当たりもしないし、当たったところで無傷で終わる未来が容易に想像できる。
単純に・・・強い。
辛うじて、神撃流であることはわかるが、速さも、重さも、俺とは比べ物にならない完成度だ。
俺の剣が、技が、これまで必死に磨いてきた全てが、この男の前では無と帰す。
動きを読んでも意味のないほどの速さと重さの差。
覆しがたい膂力の差。
「・・・はあ・・・はあ・・・」
なんとか足を踏ん張り、剣を構える。
――だがまだだ。
こいつの剣は、視認できている。
俺だって長い間、このレベルの剣を見てきたのだ。
もちろん、反応できているかと言われれば微妙だが、それでもこいつの剣よりはゼノンの剣よりも遅い。
俺がまだ生き残っているのがなによりの証拠だろう。
まだだ。
もう少し粘らなければならない。
こいつと戦闘を開始してから、体感はすでに何時間も経っているが、どうせ実際は数十秒も経っていない。
今逃したら、部隊を追うことなど容易だろう。
シルヴァディかゼノンが来るまでなんとか持たせないと・・・。
そんな俺を眺めながら、『双刃乱舞』はつまらなさそうに呟いた。
「・・・はぁん? もう終わりかぁ? リードの奴が気を付けろっつーから期待していたのに・・・案外大したことないな」
まるで遊んでいたとでもいうようだ。
事実そうかもしれない。
こいつはまだ、2本ある剣のうち、1本しか抜いていない。
「・・・終わりじゃ・・・ない!」
地面を蹴った。
もちろん、俺にできうる限りの最大速度だ。
最も得意な上段からの構えのまま、一気に距離を詰める。
だが、そんな俺の剣は、奴に容易に躱される。
「クカカカカカカ! 苦しいよなぁ、苦しいよなぁ? 折角の才能も、折角の努力も、何の役にも立たないもんなぁ!」
男は笑っていた。
俺を蹴り飛ばしておいて、笑っていた。
口角をねじり上げ、俺のことを見下ろし、嘲笑っていた。
「でもなぁ! それが現実! それが実力! それが強さ!」
狂気にも思えるその男の様は、俺には恐怖をもたらした。
得体のしれない強さに対する恐怖。
そして・・・。
「特にこれ以上相手してても、大したもんはないみてぇだし・・・さっさと殺すか。用があるのはてめえじゃねえからなぁ!」
男――ギャンブランの剣が振り上げられた。
―――死。
いつ振りにか、感じる死の恐怖。
この世界に来てから何度もあり・・・そして、いつしか鈍感になっていた死への恐怖だ。
「――くっ――」
挑んだ時点で、こうなることはわかっていた。
覚悟もしたつもりだった。
それでも感じる・・・恐怖・・・。
「じゃあな、天剣の弟子――」
剣が振られた―――その時―――。
――キン!
剣が受けられる音と共に、黄金の髪が舞った。
シルヴァディ?
――否。
戦場に似つかわしくない白い皮鎧に、絹のように細かい金色のサイドテール。
「・・・シン・・・シア?」
黄金の髪の少女―――シンシア・エルドランドが、俺の前にいた。
「―――ちっ!」
ギャンブランは剣を払い、数歩後退した。
そして注意深くこちら――というよりはシンシアのことを凝視している。
「・・・生きていますか?」
その間に金髪の美少女、シンシアは横目で、俺の方を確認した。
額には汗が浮かんでいるように見える。
「・・・おかげさまで。ありがとう」
俺も立ち上がり、剣を構える。
「でも、どうして来たんだ? 撤退命令を出しただろう」
「そんなの・・・無理です。隊長に死なれたら困ります。その・・・まだ隊長には勝ち逃げされたままですから」
立ち合いでの勝率はシンシアの方が高いはずだが・・・最近の勝率の話か?
それとも、最初の立ち合いのことを言っていたのか?
わからなかったが、まぁ今はそれどころじゃない。
シンシアの冷や汗は、首筋にまで垂れている。
眼前にたたずむ、1人の男を捉えて。
「・・・よく、こんなの1人で相手にしようと思いましたね」
シンシアも毎日ゼノンと稽古をしているからわかるのだろう。
相手にしている男の強さ――格の違いを・・・。
いや、フランツ達ですらわかったのだから、強者というのは誰でもわかるものかもしれない。
「『双刃乱舞』ギャンブラン・・・八傑の1人だ」
短く俺はそう答えた。
「・・・八傑―――あの人と同じ・・・」
シンシアの顔が引き締まる。
流石に緊張している面持ちだ。
「・・・君は逃げろ。俺がなんとか時間を稼ぐ」
「今さっき死にかけていた人が何を言っているんですか。私もやります。それ以前に・・・逃がしてくれるとは思えませんが」
正面――なにやらジィーっとシンシアを見つめていたギャンブランの瞳は、どこか憎々し気なものに変化している。
「・・・そうだぁ。逃がさねぇよ、てめえは・・・てめえだけはなぁ!」
先ほどまでの狂気に満ちた笑顔ではなく、憎しみに満ちた表情だ。
逃がさないというのは俺ではなく、シンシアのことだろう。
「どこか面影がある。その金色の髪も・・・間違いねぇ。てめえ、シルヴァディの娘だろぉ?」
「!?」
「シルヴァディの娘は連れ帰ることにしてんだぁ・・・奴をおびき寄せるためになぁ!」
―――まさか、初めからシンシアが狙いだったということか。
たしかシルヴァディは言った。
以前『双刃乱舞』とは戦ったことがあると。
なにか因縁のようなものがあるのかもしれない。
・・・シルヴァディを倒すために・・・人質かなにかに使うのかもしれない。
「シンシア! 逃げろ!」
「隊長!?」
俺は前に出た。
シンシアが狙われているというのなら、なおさら、彼女を渡すわけにはいかない。
「邪魔だよてめえ!」
抜き身の刃が眼前に迫る。
「――ッ!」
見える。
見えているのだから―――。
加速。
更に加速。
足を――腕を――走らせる。
敵の刃には―――左腕を突き立てた。
バギャアァアン!
高い音と、すさまじい衝撃が俺の左腕に浸透する。
中の骨は逝ったかもしれないが・・・見かけ上は、ギャンブランの剣は俺の左腕によって止められている。
そう、左腕に仕込んだ鋼鉄の篭手に――。
「ここだああぁぁぁああ!」
奴の剣が止まった。
今しかない。
右腕に魔力を持っていく。
渾身の威力と渾身の加速だ。
剣閃を―――。
「―――うっ」
剣を振りかけた瞬間、腹部に激しい痛みを感じた。
「ちっ! 抜かせやがってよぉ!」
そこにあったのは、2本目―――。
いつの間にか抜かれていたギャンブランの2本目の剣が、俺の腹部を裂いていた。
「ぶふっ!」
口の中に血の味が広がる。
俺はその場に崩れ落ちた。
「隊長!」
「次はてめえだよ! 天剣の娘ェ!!」
ギャンブランは、倒れる俺には目もくれず、シンシアにめがけて迫っていく。
「―――くっ!」
シンシアも覚悟を決めたのか、剣を振るう。
―――駄目だ。
そいつには勝てない。
逃げなきゃ。
剣の音が聞こえる。
打ち合えているのか?
くそ、動け、たかが腹を切られてくらいで・・・。
治癒魔法を全力でかける。
見かけだけでも血が止まればそれでいい。
繋がるだけでいい。
とにかく、今――今動かないと・・・・!
俺は立ち上がった。
読んで下さりありがとうございました。




