第90話:先手
キャスターク攻略戦、始まります。
この世界の戦争において、攻める側は、守る側に比べて、有利なことが多い。
なぜなら、「先手」を取れるからだ。
無線等の、高速連絡手段のないこの世界の戦争では、あらかじめ考えてあった「戦術」の出たとこ勝負だ。
そういう意味で、守る側というのは、敵に先手を譲る――つまり、相手の戦術の展開を許すということになる。
大軍相手でも、少数の奇襲が通用するのは、奇襲をする側が「先手」を取っているからだし、戦術に限らず、1対1の剣士の戦いでも、先手を取った方が戦いを有利に進められる。
だからこそ剣士の世界では、「先の先」やら、「後の先」やら、意味の分からない概念が存在するのだ。
ユピテル軍がこれまで連戦連勝であったのも、常にラーゼンが攻め続け、先手を取って自分の戦術を押し付けてきたからと言っても過言ではない。
今回の作戦――『キャスターク攻略作戦』も、これまでと同じく、ユピテル軍が先手を取り、攻めに移る――そんな作戦に思われていた。
しかし――。
「・・・まずいな」
「どうされました?」
俺の呟きに、随行したフランツが疑問を浮かべる。
「いや・・・、もう既に、軍が出ている」
「ほう、想定よりも早いですな・・・」
俺とフランツが来ているのは、都市『キャスターク』の西側に位置する山の中腹。
100人だとバレる危険もあるが、たった2人――しかもかなりの大回りをしてきたので、もしも山の中に見張りがいたとしてもバレてはいないだろう。
丁度、俺のいる位置からは、都市『キャスターク』の出入り口――都市門が見える。
確認できる限りでは都市門は空いており・・・中から大量の兵士が出ているところだった。
「・・・今なら、やつらに属性魔法をお見舞いしてやることもできますが」
「やめとこう。たった2人でどうにかなる数じゃない。作戦が開始した後で、この山岳からの攻撃が警戒されたら元も子もないからな」
「・・・そうですね」
俺とフランツは、門から出てくる止まない兵士の数に多少戦慄しながら偵察を終え、引き返した。
俺たちの部隊は、本軍よりも先行して陣を出ている。
山の中に潜伏しつつ、部隊を駐屯させ、俺とフランツの2人で『キャスターク』の様子を見に来たのだ。
斥候役はもはや慣れたものである。
敵軍の予想より早い動きは、これまで見られなかったものだ。
いや、これまでカルティア軍が常に守勢であったから、そう思うだけか。
俺が従軍してからは基本的にこちらが先手を取り続けていたからな。
今回に限っては、向こうも引くに引けない決戦だ。流石に動きも早いか・・・。
しかし、やけに敵の兵たちの様子が静かだ。
落ち着いているというかなんというか・・・策でもあるのだろうか。
気のせいかもしれないが・・・。
少しの不安を覚えながら、俺とフランツは足早に駐屯地へと戻った。
なにか・・・嫌な予感がする。
● ● ラーゼン視点 ● ●
ユピテル軍本陣――。
「アルトリウス隊より報告! 既に敵軍は出陣しているとのこと!」
食事をとっていたラーゼンの元へ報告が入った。
「ほう・・・早いな」
意外そうにラーゼンは眼鏡をクイっと上げる。
「・・・どう思う?」
ラーゼンは横にいる人物に尋ねる。
もちろん、伝令役に尋ねたのではない。
「どうでしょう。もしかすると、彼らにとっては先にとっておいたほうが有利になる地形などがあるのかもしれません」
答えたのは、黒い長髪の男――迅王ゼノン。
ユピテル軍の副司令官にして、軍師のような側面も持つ男である。
「地形に関しては、向こうに一日の長がある。やってみないとわからないな」
しかし、大軍を引き連れて出陣したということは、やはり会戦を行うということか。
だが―――平野の面積はそれほど広くはない。
場所など限られると思われるが・・・。
なにか、策か・・・新兵器でもあるのだろうか。
それにしては出してくるのが遅すぎるが・・・。
「どうしますか?」
ゼノンの問いに、ラーゼンは答えた。
「我々も出る・・・折角出てきてくれたのに、退くわけにもいくまい」
会戦において――ユピテル軍は世界最強だ。
負ける道理はない。
「全軍、出陣する」
静かに、ラーゼンは命じた。
● ● ● ●
山岳の合間。
2つの巨大な軍団が、距離を置いて見合っていた。
かたや、8万のユピテル軍。
統一された紅いマントが鮮やかに戦場に棚引いている。
ここまで、連戦連勝にして、ようやく最後の戦いということで、異様な士気の高さを誇っている。
かたや、またしても予想よりも多い12万のカルティア統一戦線。
こちらは統一感のない雑多な装備。
しかし、その巨躯と赤みがかった肌は、ユピテル人と見間違えるはずもない。
カルティア軍も、最後の最後、刺し違えてでも侵略者を倒そうと、士気は充分である。
数の上では、ユピテル軍は不利を負っているが、それはいつもの事。
兵の質と、戦略によって、2倍の兵力すらものともしなかった精鋭たちだ。
これにアルトリウス隊の奇襲も加われば、負ける要素は感じられない。
「・・・いつまでも見合っていることもない。仕掛けるぞ」
受けに回るのは、ラーゼンの趣味ではない。
ラーゼンは総司令官として号令をかけた。
「全軍・・・突撃!」
ブ―――ッ!
ラッパの音が鳴り響いた。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
● ● ● ●
キャスタークの会戦は、単純な殴り合いの様相を醸し出していた。
8万のユピテル軍対12万のカルティア軍。
数の不利は、練度で補い、概ね拮抗した戦いだ。
聞きなれた兵士たちの雄たけびと叫び声。
打ち込まれる魔法と、それを防ぐ魔法。
立ち起こる土煙と、血潮の音。
ときたまラーゼンの元まで攻撃は来るものの、全て傍らのゼノンが防いでいる。
だが・・・。
―――おかしい。
ラーゼンは思う。
本来ならば、既に突貫しているはずのアルトリウス隊の姿が見えない。
彼らの奇襲を持ってこそ、ユピテル軍の真価は発揮されるのだ。
単純な殴り合いであればあるほど、アルトリウス隊の側面攻撃の威力が増す。
このままだと、双方兵を無駄に死なせるだけだ。
――なにかあったのか?
彼に限ってタイミングを誤るはずはない。
やはり敵と出くわして山林戦にでもつれ込んだのか・・・。
「・・・」
ラーゼンは迷っていた。
アルトリウス隊を信じるか、否か。
根拠のない、長年の経験からくる嫌な予感が脳裏をよぎる。
多少士気を下げてでも撤退に動いた方がいいのではないか。
――そんな迷いの時間が、ユピテル軍にとって大きな痛手となった。
「―――て、敵襲! 右翼後方!」
声が響いた。
―――右翼後方!?
声のする方向――振り向くと、確かに土煙と共に見える姿がある。
あれは・・・。
「・・・『剛腕』の魔道騎兵隊・・・っ」
白い甲冑をした騎馬隊だ。
それほどの数ではない。
精々100か、200。
その程度の騎馬隊だが・・・突如として現れた側面の敵――しかも機動力と突破力のある騎馬隊。
それが、山岳を抜けて勢いよくユピテル軍の側面から突入してきたのだ。
ユピテル軍は対応できていない。
キャスタークを囲む2つの山。
その東側の山から、馬を駆って下ってきたのだ。
―――まさか、馬で山を越えるとはっ!
騎馬隊は機動力に優れる。
魔剣士の最大加速には及ばないが、それでも一般の兵よりは突貫力も突破力もある。
側面を突く部隊としては充分な威力を発揮する。
しかも奴らは『魔導騎兵』。
白い装甲を見に付けた騎兵は魔法を弾くのだ。
たかが、100騎の突貫。されど100騎の突貫だ。
この戦術が有効であることを、ラーゼンは誰よりも理解している。
なにせそれは・・・これまでユピテル軍が全戦全勝を重ねてきた戦術なのだから・・・。
「意趣返しか・・・」
こちらの戦術を完璧に理解し、ユピテル軍におけるアルトリウス隊の役割を、魔道騎兵隊で代用したのだ。
そして、こちらの戦術が理解されているということは、読まれているということでもある。
もしかするとアルトリウス隊の奇襲も読まれ、何か対応されているのかもしれない。
あの部隊を止めれるほどの駒があるとは思えないが・・・。
「・・・どうしますか? シルヴァディを戻らせますか?」
ラーゼンにゼノンが尋ねた。
『剛腕』を相手どるには、実力のある人間でなくてはならないだろう。
「いや・・・お前がいけ」
ラーゼンは決断した。
「・・よろしいので?」
「ああ、ここが・・・勝負だ」
ラーゼン自身の戦闘能力は皆無。
それは誰もが分かっている。
だからこそ戦場に出る際は、ゼノンが常に傍についていたのだ。
だが、ラーゼンとて勝負の分け目で手札を切れぬほどの愚か者ではない。
「では、すぐに片付けてまいりましょう」
ゼノンは頷き、矢のように走っていった。
そんな部下の後姿をみながら、ラーゼンは思う。
「ふん・・・いつ以来だろうな」
戦場で傍にゼノンもシルヴァディもいないというのは。
不安はある。
魔法の流れ弾ですら、ラーゼンは避けることも守ることもできない。
兵がラーゼンに切迫したとして、それをかいくぐることは、ラーゼンにはできない。
だが・・・それくらいの覚悟は、ラーゼンにはある。
命を懸けずして、ついてくる兵はいない。
リスクを背負わずに得られるものなどない。
覚悟もなしに、世界は変えられない。
「・・・シルヴァディに伝令を回せ」
ラーゼンは指示を出した。
それが吉と出るか凶とでるか・・・。
戦況は上手く説明できた自信がないので、端的に起こった現象だけ述べると、
・会戦が始まったが、別動隊のアルトリウス隊が出てこない。どうしたのか。
・側面から敵の別動隊が現れた。こちらの戦術のパクリだ! やばい!
という感じです。
読んで下さりありがとうございました。




